<イリアンの民話> 前のお話

ヤシの木インコンクブリ

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

  
 昔むかし、あるところにふたりの兄弟がいた。弟のほうはセラマニライという名まえだった。

セラマニライが兄に向かってこう言った「パンダヌスの葉っぱを切ってきてくれ。ぼくは帆を作るんだ」。すると兄が言った「おまえが帆を作ってソレンディヴエリのインコンクブリのところへ船を走らせるなら、葉っぱを切ってきてやろう。インコンクブリと結婚しろよ。そうすればぼくもやっと義理の妹ができることになるから」。「とにかくその葉を切ってきてくれよ。その子とは結婚するかもしれないし、しないかもしれないよ」とセラマニライが言った。

 それから弟は帆を張って、兄が言ったその女をソレンディヴェリから連れてくるために出かけた。弟がそこに着くとソレンディベリの人びとにこうきかれた「おまえはどこへ行くんだね?」 「ぼくはインコンクブリを迎えに来たのだ」。

インコンクブリはほら貝の中にいつも眠っていた。ところが、弟がほら貝を手に取ってみると、そこには別の女がいてこう言った「わたしがインコンクブリよ。これは普通の貝よ」。するとセラマニライはその貝を自分のボートの中へ投げ入れて、このうそつきの女を女房にした。この女はインドヴァヴェリクという名まえだった。弟は自分が結婚したインドヴァヴェリクをインコンクブリが住んでいるほら貝といっしょに自分のうちへ連れ帰った。

 セラマニライの人びとが新しい畑を耕すことになった。そして家人がみな家から出ていってしまうと、インコンクブリが出てきて食事をし、水浴びをした。その髪の毛は金色で、まるで結婚した女の髪の毛のように長かった。風がそよそよと吹きはじめた。インコンクブリは風が大好きでこう言った「風よ、わたしの両親の国でも吹いている風よ。両親は何も知らない。両親はわたしがここへ来て結婚したと思っている。でも、そうではないのよ。わたしはここにいるだけで結婚していないの」

 兄はちょうど歩くことができなかったので、開墾に行かないでうちにいた。だれかの話し声が聞こえたので、立ち上がってみるとそれはインコンクブリだった。兄はその女を見るとこう言った「これはまだ結婚していない女だ。セラマニライはインドヴァヴェリクと結婚した。だが、これこそがインコンクブリなのだ」。兄はまた引っ込んだ。そしてインコンクブリはまたほら貝の中へ入っていった。

 セラマニライとその家族の人たちが森から帰ってくると、兄が弟に向かって呼びかけた「たばこを持ってきてくれ。おまえといっしょにたばこを吸おう」。セラマニライが言った「なんですか、兄さん?なぜぼくを呼ぶんですか?」 しかしインドヴァヴェリクはすぐにことを悟った。「兄さんはセラマニライにインコンクブリのことを話しているんだわ」

 インコンクブリは水浴びをしたとき髪もくしけずった。そのとき髪が一本落ちた。それでインコンクブリがほら貝の中へまた入ってしまってから、兄はその髪を拾い上げてとっておいた。今兄はそれをセラマニライに見せて、こう言った「これはインコンクブリの髪の毛だ。本当のインコンクブリはほら貝の中にいる−−おまえが結婚したのはインドヴァヴェリクでおまえはだまされたのだ」。するとセラマニライが言った「わかりました。ちょっと待ってください。あしたぼくは森へ出かけるようなふりをしてもどってきて、ボートのほろの下に隠れていましょう。そうすればインコンクブリが出てきたら、見て確かめられるでしょうから」。

弟は午前の遅くまで隠れていた。ひとことも言わず黙ってそこに座っていた。午前も遅くなったころ、インコンクブリが出てきて食事をして水浴びをし、家のまわりを回りながらこう言った「風よ、わたしの両親の国でも吹いている風よ」。それは前の日に言った言葉と同じだった。それでセラマニライはとび起きていって、インコンクブリの手をつかんでこう言った「なぜ、君はほら貝の中に隠れているんだい?」 すると女が答えた「なぜ、あなたはわたしを迎えにきたのにインドヴァヴェリクと結婚してしまったの?」 セラマニライが答えた「あのことはもう終わりだ。ぼくはあんな女はもうおいておかない。ぼくは君としか結婚したくないんだ」

 午後になるとセラマニライの家の人びとが森の仕事からもどってきた。みなはインコンクブリに気づいた。セラマニライの兄はたいへん喜んでこう言った「これこそぼくのほんとうの義理の妹だ」。そう言って兄はインコンクブリを抱きしめて口づけし、彼女に耳飾つと貝の輪と銀の指輪を贈った。そしてインドヴァヴェリクは追放された。

 


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