こちらにはひと月に一度,AA研スタッフや共同研究員がフィールド調査の際に撮った写真を載せています。
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世界で最も有名な仏教寺院の一つであるアンコールワットには,世界中から参拝客や観光客が押し寄せ,きわめて遺憾なことに,おびただしい数の落書きにさらされてきた。インターネット上に散見する画像を見るだけでも,ラテン文字(西欧諸語およびベトナム語),クメール文字,漢字,タイ文字,タミル文字など様々な文字や絵の落書きが見られる。写真に見えるビルマ文字の落書きもすでにインターネット上で紹介されているものである。
この落書きはアンコールワット第2回廊の柱の1本に刻まれたものである。緬暦1288年(西暦1926年)カソン月(西暦5月頃)黒分1日(満月の次の日)土曜日の日付と,バッタンバン(カンボジア西部の都市)在住の男性Lon Konna(2行目後半,区切り線 || までの部分)と妻と姪,別の男性と妻と2人の子供,計7名の名が記されている。最初の人名はビルマ語あるいはシャン語的な前半要素(声調記号 : をその証拠と考える)と,由来のはっきりしない後半要素の組み合わせであり,ビルマ語であることが明らかな残りの人名と異なっていて興味深い。
よく見ると,この落書きは墨書きの漢文落書きの上から刻まれている。冒頭に見える「庚戌年」は,墨の消え具合からみて1850年かそれ以前であろうか。古いものに上書きされたビルマ文字の落書きは「読めぬ言語の落書きなど知ったことか」と言っているかのようだ。どちらの落書きもこの類稀な文化遺産を損なう所業であることに変わりはないのだが,名を刻むのは文化財に文字通り傷を付けるという点でもう一段たちが悪いと思えてならない。
2008年11月21日
カンボジア,シェムリアップ県アンコール・ワット遺跡
澤田英夫 撮影
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