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研究セミナー >> 2006年度感想・報告 >> 渡部良子
2006(平成18)年度 後期
渡部良子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所非常勤研究員)

「私の博士論文」

 「博士論文執筆の体験を語る」すでに研究セミナーのレギュラーカリキュラムとなった報告が、今回は私に回ってきた。博論が完成するまでの過程は専門分野・地域により様々である。今セミナーには現代思想・人類学・近代史などを専門とする受講生が集まっており、中世史の、文献学・史料論的な性格が強い私の博論研究について具体的に報告してもあまり参考にはならないと少し悩んだ。しかし、博論は若手研究者にとって最初の長期的かつスケールの大きな研究プロジェクトであり、完成までには様々な試行錯誤があるという点は、どの分野でも変わらない。そこで、自分がどのようにして博士論文のテーマを選び、あれこれと方法に悩みつつ研究を進めていったかという過程を、問題点や反省点も含め話すことにした。

 資料としては、自分の博論の構成と各章の持つ意義の簡単な紹介、博士入学から博論提出までの過程を簡単にまとめた年表をレジュメにして配布した。年表は最終的な論文の構成がいつどのように出来ていったかという点を中心にまとめ、この年表に沿って、それぞれの時期に自分の研究がどのような問題を抱えていたか、それを乗り越えるためにどのようなことが役に立ったか、ということを語った。

 私の研究が当初抱えていた難題はというと、研究対象の史料類型(ペルシア語書記術・書簡術指南書)をどのように分析してゆけばよいのか、という方法論の問題だった。その史料類型について先行研究が示す分析・評価に不満を感じていたのだが、では自分が新しい評価を、どのような切り口で提示してゆけばよいのかという「問題の立て方」がはっきりするまでは、かなり試行錯誤が必要だったのである。なかなかはっきりしなかった自分の方向性は、やはり学会発表や雑誌論文の執筆を積み上げてゆくことで段々と明らかになっていった。また、他分野の研究や方法論の援用が、新しい視点をつかむ上で非常に有効だった。従来のイスラーム史・イラン史の枠内ではうまく分析しきれぬ部分が、ヨーロッパ史や日本史の同種のテーマと比較すると急にクリアに見える、ということもあった。

 博論を終え振り返ると、博論はひとつの大きな区切りではあったが、同時に多くの課題が残る研究の一道程と感じられる、ということも指摘した。研究の過程で多方面に亘る疑問や課題が出てくるが、すべてをクリアするわけにはゆかず、どこかで問題を限定しなければならない。博論を書き、またそこから発展してゆく次の研究に取り組んで欲しいと述べて話を終えた。

 私の体験談がどれほど参考になったかは分からないが、一事例のつもりで示した論文作成過程のタイムテーブルや、論文の構成をどのように、いつごろ固めるかといった問題に強い関心を持つ受講生がいたことが印象に残った。博論提出の平均年限が急速に繰り上がっている今、博論研究にはますます能率と方法が求められている。論文執筆のシステマティックな方法に関しては参考書もあるしネットでも情報を集められるが、どのように研究を進めてゆくかという生の体験に接する機会は、まだ人文科学の分野では乏しいのではないかと思う。博論を書いた者が自分の体験を反省点や失敗談も含めこれから書く人に伝えることの大切さを実感するとともに、このセミナーがその貴重な機会になっていることを、改めて認識した。

 

 

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