線路は続くよタンザニア編

タンザニア鉄道の旅




流れ行く風景の中で




 相変わらず列車の中は蒸し暑い。通路に立って窓から顔を出すと風が心地いい。そうしてずっと外の景色を眺め続けている。所々にバオバブやマンゴーの木が美しい姿をあらわしている。マンゴーの木はこんもりと丸く大きく、いくつも並んでいると絵のようにかわいらしい。トウモロコシ畑、キャッサバ畑、豆畑が見える。思い出したように小さな集落があらわれる。牛の群と少年の姿が景色の中を流れていく。

 走り続ける車や列車に乗って窓の外を眺めていると、自然にいろいろな考えが浮かんでは消え、外の景色と共にとめどない思考が頭の中を流れていく。目の前には広大な平原がどこまでも続いている。朝からずっとこの緑の平原が続いている。するとタンザニアの広さが実感として迫ってくる。国土は日本の2.5倍。人口2800万人。その8割以上が農民だ。この大地が人々を養っているのだと実感する。

 日本で聞くアフリカのニュースはいつも暗く悲惨なものばかりだ。内戦、飢饉、貧困、政治腐敗。しかしアフリカにはこの大地があり、ニュースにならない圧倒的多数の人々が日々の暮らしを営んでいるのだ。雨さえ降れば大地は恵みに溢れ、人々が飢えることはない。

 もちろん飢えないことと幸福な暮らしとは別物だ。町では道端で子供達が物売りをしてその日の食いぶちを稼いでいる。警察署では窃盗を働いた若者達が捕らえられては引きずり回されている。お金が欲しいのは日本人もタンザニア人も変わらない。そこに幸福があるのだという幻想もまた変わらない。それが幻想だということを私たちはもう一度身を持って知ることができるだろうか。大地の上に根づく本当の幸福を探しあてることができるだろうか。

 列車とともに気だるい午後の時間が流れていく。沼地にアカシアの木が点在する風景。

「僕はこの景色が好きなんだ。」

隣のコンパートメントの元カナダ大使の息子カハニが窓の外を眺めながら言った。タボラの森林局に勤めている彼は土地や植生のことに詳しい。

 やがてミオンボ林と呼ばれる疎開林が続くようになる。

「この辺では煙草の葉を栽培しているんだ。タンザニアの生産量の80%がここで栽培されているんだよ。
 ほら、あの小さな小屋で葉を乾燥させるんだ。」

また所々、高い木の上に丸太を横にして吊るしてあるのが見える。何か分かるかい、蜜バチの巣だよと教えてくれる。彼との会話はスワヒリ語で始めてもいつも途中から英語になる。次に止まった駅では子供達が

"Asali, asali!(はちみつ)"

と言いながらコニャギ(タンザニア製コニャック)のビンに入ったはちみつを売り歩いていた。

 カハニとの出会いは大げさに言えば運命的なものだったかも知れない。彼は私がビクトリア湖周辺の言語調査に行くのだと言うと、ウケレウェ島に行くように勧めた。ビクトリア湖南方に浮かぶ島だ。彼はそのウケレウェ島の出身で、かつてそこを支配した首長筋の末裔だった。結局私はこの出会いに身を任せてムワンザからウケレウェ島に渡り、ウケレウェ語の調査をすることになる。


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