線路は続くよタンザニア編
タンザニア鉄道の旅 その4
盲人の笛吹き
真昼の日差しが照りつける緑のサバンナの中を列車は走り続ける。時折小さな駅に止まる。駅舎には大きなアルファベットで駅名が書いてある。今度はイティギという駅に止まった。小さな駅舎とその横の大きな木が木陰をつくっている風景は他の駅と変わらないが、ここでは耳慣れない音色が聞こえてきた。金属製の笛が奏る繊細でか弱い音だ。強い日差しの照りつけるサバンナの風景にはどこかそぐわない。突然あることを思い出した。
「もしかしたらあの盲人の笛吹きでは?」
私はデッキの方へ走っていった。
今回タンザニアに来る前に『タンガニイカ湖畔』(伊谷純一郎他著)という本を読んだ。その後記にこのタンザニア鉄道の一節があり、そこに
「笛を吹いているのは、紺のズボンとあせたブルーのシャツを着て、白いズック靴をはいた盲人だ。」
というくだりがあるのだ。「中世の楽曲を思わせる単純な調べ」という表現が印象的で記憶の片隅に残っていた。
デッキから見ると確かに盲人が銀色の細いたて笛を吹いていた。アフリカらしくない、クラシック音楽を思わせるような静かな曲だった。やっぱりそうだったのかと感心して眺めていたが、よく考えてみると奇妙だった。あの本は73年の発行だが、笛の音は「もう何年も前から」流れてくると書いてあった。ということは
30年近くこの盲人は笛を吹き続けてきたのだろうか。
あるいはこの笛が盲人から盲人の手に渡り続けてきたのだろうか。
軽い混乱を覚えながら、財布からお金を取りだした。笛を吹く盲人にどうやってコインを渡していいか分からなかったので、隣で一緒に見ていたおじさんに渡してもらう。
「ヘイ、このママが20シリングやるからもっと笛を吹いてくれって。ほら、受け取れよ。」
盲人はコインを受け取ると笛を続けた。再び列車が動き出した。盲人の姿がゆっくり遠ざかっていく。たて笛の音も風の中に消えていった。
Copyright 1997AA-ken
harukos@aa.tufs.ac.jp