FIELD PLUS No.8
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26Field+ 2012 07 no.8 2011年秋、立て続けにチベット映画が日本にやってきた。最初はアジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映されたソンタルジャ監督による「陽に灼けた道」。そして国際的な賞をいくつも受賞しているペマツェテン(以下、ペマ)監督による「オールド・ドッグ」。こちらは東京フィルメックス国際映画祭で上映され、最優秀作品賞を受賞した。筆者も、映像から伝わってくる静かだが力強いメッセージに感銘を受けた。たまたまこの両作品の日本語字幕監修に携わったことから、映画祭のために来日したペマ監督とプロデューサーのサンジェジャンツォ(以下、サンジェ)氏と数日間にわたり交流をすることができた。 「オールド・ドッグ」初回上映後におこなわれた監督とプロデューサーを囲む宴席で、急遽翌々日にアジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)にお招きしてペマ監督作品の上映会を開催することが決まった。「ペマツェテン監督作品緊急上映会」と銘打ち、ばたばたと準備をはじめた。たった1日しか宣伝しなかったにもかかわらず、40名を超える方々にお越しいただき、監督とともに映画を鑑賞するという幸運に恵まれた。ここにご紹介するインタビューは、当日監督の初期の作品を2本上映した後に1時間半のトークショーをおこなった際の記録である。 チベットの映画制作の状況については、日本ではほとんど知られていないが、近年若い世代を中心に、映画制作が盛んになってきており、低予算で制作された映画が動画サイトなどを通じて数多く公開されているほか、各地で開催されるインディペンデント映画祭などにも出品されている。これはチベット文化圏のさまざまなところで起こっている流れであり、海外に亡命したチベット人たちによる映像作品も増加している。また、ブータンでも映画制作が極めて盛んになってきている。中でも国際的な注目を集めているのがプロデューサーのサンジェ氏率いる映画制作集団「北京ヒマラヤ映像文化有限公司」である。先に紹介したソンタルジャ監督もペマ監督も、実は同じ制作集団のメンバーであり、ソンタルジャはペマ監督の映画ではいつも撮影と美術監督を担当している。 ペマ監督らのグループは、チベット文化の記録・保存という視点を中心に据えているという点に特徴がある。筆者はチベット文化圏の言語や文化の研究者として個人的な関心があるだけでなく、所属するAA研言語ダイナミクス科学研究プロジェクト(LingDy)の研究テーマの1つが言語や文化の記録・保存でもあり、チベット人自身がこうした活動にどのように取り組んでいるのか関心のあるところでもあるので、そのあたりも含めてお話を伺った。――今日は映画祭の合間をぬってAA研までお越しいただき、ありがとうございました。今日上映させていただいた「草原」と「静かなるマニ石」は、いずれもチベットの村の中に入り込んだような気持ちで鑑賞しました。監督が映画に最初に触れたのはいつのことだったのでしょう?【ペマ】小学校に上がる前から映画を見るのが大好きで、村でよく見ていましたね。中学は県庁所在地にある学校に行きまして、その時は2、3百本の映画を見ました。それから高校や大学、どこへ行っても映画を見続けました。自分の趣味でしたので。しかし、高校の時でも、大学の時も映画を専門的に勉強しようとは思いもしませんでした。その機会もなければ、環境もありませんでした。――映画制作に携わることになったきっかけは?【ペマ】後で西北民族大学の大学院に通っている時にトレース基金というチベット文化を支援する団体が、映画制作の人材育成に援助をしているという話を耳にしたのです。私も映画学校へ行って勉強したいという思いが湧きまして、申請書を書きました。結局、北京へ行って映画学校で5年ほど勉強しました。これが1つのきっかけです。近年、文学や映画など芸術の世界で活躍する若いチベット人の姿を目にすることが増えてきた。長い歴史と伝統をもつチベット文化の底力を感じると同時に、そこから新しいものが次々と産み出されていることに驚きを禁じ得ない。インタビュー静かなる闘い――熱を帯びるチベットの映画制作の現場からペマツェテン、サンジェジャンツォ ともに北京ヒマラヤ映像文化有限公司聞き手・構成──星 泉(AA研)第12回東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞し、記念のスピーチを行うペマ監督。(撮影:星泉)作品の上映を終えて銀座を散策するサンジェ氏。(撮影:星泉)(写真は、特に記した以外はいずれもペマツェテン監督提供)

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