FIELD PLUS No.8
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19Field+ 2012 07 no.8間的な幅や周期を持って堆積するような環境だったかということが、堆積物の縞々を観察することで明らかになるのです。 堆積の順序にばかり注目するわけではありません。堆積物がどのように「乱されているか」に注目することもあります。乱すものは様々です。例えば水の流れ。波打ち際の浅い海底を覗き込むと、海底面は決して真っ平らではありませんね。小さな砂丘の連なりのようなパターンができていることがよくあります。水の流れがある場合は堆積物が水平に積もるとは限らないのです。よく観察できる組織として斜交層理と呼ばれるものがあります(写真3)。また、海底の砂の中に生息する生き物が層を乱していることもあります。巣穴と思われる組織がきれいに残っていたり(写真4)、逆に砂の層が掻き乱されて堆積組織が失われていることがあります。また、軟らかい層の上に急激に堆積物が重なることによって写真5のような特徴的な組織ができることがあると考えられています。このような乱れた組織は、周囲の整然とした堆積組織の中にあるからこそ判別できます。私達の眼には堆積組織と乱された組織の両方が同時に入ってくるのですが、岩石が経験したそれらの出来事の前後関係を、頭の中で描き直して解釈するのです。波乱万丈 堆積物が固結して岩石になる前に、海中で土砂崩れのように移動して再び堆積しなおすこともあります。写真1、2は実はそのような風景です。どさっと大量に動く大小の粒子は、大きなもの(レキ)は海底を転がり落ち、中くらいの粒子(砂)は一度海水中に巻き上げられてから沈み、細かい粒子(泥)はかなり長時間海水中を漂ってから徐々に底に沈むでしょう。そのような海底の土砂崩れが流れ込むのは海底の中でも深い場所ですから、繰り返しそのようなことが起こりやすく、砂や泥が交互に積み重なる「互層」という形で我々の目に入ります。ある程度の厚みを持った砂の層、泥の層が繰り返していたら、そのような二次的な堆積物と判断できます。時には、砂や泥の粒子が半ば固結してから地すべりが起きたように見える部分もあります。写真6などは、ちょうどマットレスぐらいの柔らかさのものがぐにゃっと曲がってちぎれた跡のように見えますね。  固結した後も、岩石はさまざまな試練に見舞われます。例えば耐えられないほど大きな力が急激に加われば、割れてクラック(亀裂)や断層ができます(写真7)。大きな断層が地震につながることはご存知の通りです。大小の断層やクラックの組織は、岩石にどのような力が加わっていたかを示すので、地震の研究においては不可欠のものです。一度できたクラックや断層の間に新しく鉱物が沈殿して脈ができていることもあります。脈のでき方を観察すると当時の環境が分かるので、脈の形だけでなく、脈の中の細かい組織に注目したいこともあります(写真8)。クラックができたり脈ができたりということが何度か繰り返された痕跡を残す岩石もあります。分解して組み立てる だんだん複雑になって来ましたね。一度堆積した後、再度移動して堆積し直して、生き物に巣をつくられた後、大きな力が加わって割れてずれて、隙間を鉱物が埋めて脈ができ、また別の方向に割れてずれて脈ができ、しかも脈が何回も開いたり閉じたりした、というような岩石が観察できるということです。実のところ、もっと複雑な岩石がこの地球上にはたくさんあります。例えば地下深くの高温高圧下に長い間置かれた岩石は、変成岩と呼ばれる岩石になります。さらに高温の環境に置かれた岩石は、融けてマグマになってしまい、再び固結した時には火成岩と呼ばれます。変成岩や火成岩が風化して砕けて堆積するとまた堆積岩になります。私達が今見ている岩石は、それらの様々な経験を全て同時に示している(ことがある)のです。だから、全部がごちゃごちゃになって灰色でわけが分からないと感じます。地質学では、その様々な経験を示す組織をひとつひとつ分解し、順を追って組み立てることで、この大地がどのようにできて来たのかを明らかにしていきます。そのために、ごちゃごちゃの中のひとつずつの組織に注目し、抽出するのです。 もう面倒くさいから写真に撮っちゃいましょうよ! ……ええ、もちろん今の時代ですから、写真を撮るのは当然です。でも、現地でごちゃごちゃに見えた岩石の露頭は、写真に撮ってもやはりごちゃごちゃでわけがわからないままです。ひとつの組織を抽出するためには、色や模様だけではなく、岩石の細かいデコボコや表面の滑らかさ、光沢の具合など、写真ではよく分からない様々な手がかりを活用する必要があるのです。ですから、露頭でノートに描いておくことはフィールド調査をする人にとっては必要不可欠な作業なのです。フィールドで何か考えていても、帰って来てしばらく放った露頭写真を見ただけでは、何を撮ったのか思い出せない、というのはよくあることです。 そういう意味では、フィールド調査の時だけではなく、ラボで試料を分析したり、ノートやPCに向かって計算したりアイディアを練っている時も、すべてが描き出す作業かもしれません。鉱物の組織を観察するのに偏光顕微鏡や電子顕微鏡を使います。電子線を試料にぶつけて飛び出してくる特性X線を測る、というような装置もあります。ヒトの肉眼だけでは見えないものを、様々な分析装置に描き出してもらいます。私たちはそれを読み、時にそれらを使って新たなイメージを描いて、地球の歴史を探っています。写真6 硬い岩石でも、バラバラな砂の粒子でもなく、マットレスくらいの硬さのものが曲がって取り残されたような構造(室戸)。半固結の状態で流動した痕跡と思われる。白い点線でなぞったものと同じ構造がもうひとつ見えることに注意(写っている人の右足付近)。左下は筆者のフィールドノートから。写真7 断層(城ヶ島)。クラックの両側の地層をたどると、どちら側がどちら向きにどのくらい動いたかが分かり、どのような力が岩石に加わっていたかを復元することができる。写真8 交差する脈(長瀞)。クラックの内部を白い鉱物と緑色の鉱物が埋めている。白い鉱物と緑色の鉱物がどのようにできたかが分かれば、クラック(と脈)ができた条件も分かる。

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