FIELD PLUS No.8
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16Field+ 2012 07 no.8言語学のフィールドワーク アリュートル語という、話者数およそ100人ほどの言語を研究している。アリュートル語を話す人々の多くが住むのはシベリア東端にあるカムチャッカ半島北部の村だ。言語学のフィールドワークとは、対象とする言語の話し手に聞き取り調査な知識を描き、記録に残す永山ゆかり ながやま ゆかり/北海道大学、AA研共同研究員アリュートルの人々は、かつてはトナカイ飼育や海獣狩猟、漁撈、採集を主な生業としていた。若い世代は固有の言語も伝統的な生業に関する知識も受け継いでいない。研究者による記録がこれら若い世代に利用されるためには、研究者は何ができるのか。トナカイ皮製矢入れのスケッチ。毛皮の刺繍やモザイク模様それぞれに独自の名称がある。M.プリッチナさん作トナカイ皮製矢入れの写真(2003年、オッソラ)。この後、博物館に買いとられたらしい。植物のスケッチと名称。採集後すぐにスケッチしてアリュートル語名を書き、後からロシア語名と学名を追加した。写真は図左上の食用植物。根を食用にする(図左下参照)。日本にはないので和名はない。デンプン質が多く、煮ると芋のような食感。描く2どをすることで、研究者が自分の拠点に話し手を招待することもあるが、多くの場合は研究者が話し手のコミュニティに出かけていく。行き先は日本の都市部並か、あるいはそれ以上のインフラが整った都会であったり、電気も水道もない村であったりとさまざまで、「フィールドワーク」だからといって必ずキャンプをするわけでもない。 アリュートル語の調査を始めてから10年ほどは、学生かポスドクという気楽な身分であったこともあり、なるべくアクセスの悪い「辺境」の村を訪れるようにしていた。シベリアでロシア人や外国人にとってアクセスが悪いということは、その土地に暮らす人にとっては外来者が訪れにくいということでもあり、村の人口に対する先住民族の割合が多く、言語や文化が比較的よく保持されている。直線距離ではさほど遠くないが、目的の村へ行く公共の交通機関はおろか、道路もない。欠航続きの飛行機を待ち、夏には漁船をヒッチハイクし、冬にはスノーモービルに乗り、日本を出国してから3週間目にようやく現地入りしたというのがこれまでの最長記録だ。言語学者とスケッチ 言語学者の研究対象はもちろん言語の構造で、フィールドワークで収集するのは言語の資料、つまり音や文法の資料やテキスト資料である。 しかしその言語が話されている土地で継続して調査をしている研究者が言語学者以外にいない場合は、言語学者は言語調査だけをしていればよいというわけにはいかず、文化的な知識も記録する必要がある。 私が研究しているシベリアのアリュートル語という言語もそんな少数言語のひとつだ。デジタルカメラがなかった頃は、動植物や、伝統的な衣類、道具、料理などさまざまなモノは、もちろんフィルムカメラでテント内部の名称の聞き書きメモ。入口から見てストーブの位置、寝場所等、すべて決まっている。ウィーウェンカ村旧コリヤーク自治管区(ロシア/カムチャッカ地方)イリプィリ村ロシア

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