13Field+ 2012 07 no.8岩石学 さまざまな便利な記録機器類が小型で高機能となってきたこのごろ。しかし、フィールドワークには現場で手と頭を使って「描く」という行為は欠かせない。そのフィールドでの手の内を、霊長類学、言語学、岩石学の専門家からみせていただくことにしよう。 タンザニアの森で60頭あまりのチンパンジーの群れを追い、観察を続けるなかで描く行為とは? チンパンジーの場合、「彼」や「彼女」のことをまわりに聞くことも直接話すこともできないので、最初のうちは、身体的特徴など個体の特徴を記す識別用のノートをつくっていたという。個体識別ができて初めて、彼らの個性がみえてくる。そして、それぞれの個体間の関係性もみえてくるのだろう。 世界中で近代化、工業化がひたすらすすみ、生業、暮らしのスタイルも大きく変化し、またマジョリティの人びとが話す言語が大きな影響力、政治力をもつ現代。たとえばかつてトナカイ放牧を行っていた人びとの社会において、当時使用していた民具、食物、生活の場に関する語彙をスケッチとともに描くという行為は、人びとの言葉と文化を理解し、後世に伝え残す重要な意味をもつ。その作業は、自らの文化を記録されることを望む、地元の人びととの共同作業である。 とくに注意しなければ一見同じ色にみえ、すべて同じモノに見えてしまいかねない「石」。しかしその縞模様や形に注目しだしたとたんに、その石が生まれた歴史、環境、その石が出会ってきた生物など、一連の記録が岩石そのものに刻み描かれているのが見えてくる。そうした目で観察できる岩石が経験した出来事の前後関係を、フィールドワーカーは現場で、頭のなかで描き直して解釈する。偶然に人間の目に触れられた岩石ひとつひとつの観察と描く作業の積み重ねは、じつは地球の歴史を描くという壮大な作業にむすびついているのである。〈椎野若菜 記〉
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