FIELD PLUS No.8
12/36

10Field+ 2012 07 no.8後、この碑文は契丹「大字」によって記された「大遼大横帳蘭陵郡夫人建静安寺碑」であると認定され、博物館へ移送されたが、すでに多くの文字は破損していた。 1990年代以降、碑文・墓誌の出土数は急増する。中には過去の発見と関連のある興味深い事例もある。2000年には、赤峰市の元保山区から契丹大字で書かれた「耶律昌允墓誌銘」が発見された。墓主の妻は「静安寺碑」を建てた人物であり、この発見により、静安寺の位置も寧城県ではなく、元保山区の小五家子回族自治郷だったことが証明されたのである。契丹文字資料の贋物 近年、由来の不明な契丹碑文・墓誌、拓本が年々増えている。古物売買の自由化や収集者の増加に伴って、契丹文字が書かれたコイン・版画・絹画・金属札・印鑑・食器・鏡・活字・書籍及び碑文など様々な贋物が氾濫している。それらの材料は、銅・銀・金・皮・布・絹・石など様々で、内容としては、年号・日付・官職名・人名・地名・辞書・詩・墓誌銘などがある。本来混在しないはずの契丹大字・小字の2種類の文字を混ぜて作ったものもある。 そうした贋物が契丹文字研究にもたらす悪影響は無視できない。上のジャンルのうち、小さな器物に書かれた文字は、本物であっても字数も少ないので、研究への大きな影響は契丹文字資料が発見されてから90年になろうとしている。近年も資料の出土が続いていて、契丹語・契丹文字の研究への貢献は測り知れない。しかし、信憑性に問題のある「出土品」も現れ出した。契丹文字資料の発見 契丹人の手による契丹文字資料は、遼の滅亡200年後に漢文で編修された『遼史』よりも内容が信頼できることがある。異民族が簡単には読めない文字で書かれていることから、「契丹秘史」とも呼ぶべき、契丹の秘められた歴史が刻まれていると考えられているのである。 内モンゴル自治区には、遼の三皇帝が埋葬されている慶陵が現存する。1922年、ベルギー人の宣教師ケルヴィンが慶陵から興宗皇帝と仁懿皇后の哀冊(墓誌銘)を発見し、それを書き写したものを公表した。これが初めて発見された遼代の契丹小字である。 その後契丹小字とは異なる種類の契丹文字が発見された。例えば内モンゴル自治区寧城県のとある小学校の中に、児童らの遊ぶすべり台と化していた大きな石があったが、これが実は契丹文字碑文であった。この碑文の文字について1935年に日本人の山下泰蔵氏が「慶陵の文字と異なる契丹文字」と指摘しているが、当時関心を持つ者はいなかった。16年契丹文字資料の発見と「贋物」契丹研究者の悩み呉 英喆ご えいてつ / 内蒙古大学蒙古学学院、AA 研外国人研究員本物:「大遼国許王墓誌銘」(1105年)、1975年遼寧省阜新モンゴル族自治県から発見、現在阜新市博物館に所蔵されている。『契丹小字研究』(清格爾泰他、中国社会科学出版社、1985年)から引用。偽物:『契丹文字珍稀符牌考釈図説』(裴元博・陳伝江、安徽美術出版社、2011年)から引用。ない。また、現存しないはずの「辞書」や「史書」などとして出回っている資料も問題があるが、紙質や内容をよく検討すれば、容易に贋物だと判別できる。 一方、何といっても判別が難しいのは碑文・墓誌である。まず、石の品質・色及びサイズを観察する。本物なら、長年地下に埋められていたので石面が磨滅するなど、完全ではない。そして、本物は砂岩製のものもあり、壊れやすく、注意しないで持つと碑面を傷めてしまうこともある。サイズや重さも本物を見分けるポイントだ。例えば、縦横が50センチ以下の石は余り信用できない。本物は誌蓋(墓石の蓋)だけで何百キロのものもある。それを運ぶのに20人がかりだ。このような、大きく重い墓誌の贋物は作りにくいだろう。 次に、模様・形および文字の書き方などを観察する。複雑な模様が刻まれたものは大体本物だろう(例えば八卦や天文図など)。本物は正方形あるいはほぼ正方形が多いため、長方形のものは余り信用できない。文字が浅く彫られており、その筆画が流麗なのは本物。現代人では、どうしても昔の人のように立派に彫ることは出来ないだろう。 内容面からみると、すでに発表された資料を直接書き写していたり、字形が間違っているものなどは全部贋物。契丹語学の立場からは、例えば、モンゴル語的な「母音調和」に合わないもの、「性・数・格」の規則と全然合わないもの、文の構造がおかしく全く読めないものはほとんど贋物といえる。 最後に、歴史的な考察も真贋の判定で重要な役割を果たす。例えば、墓誌に記録されている人物の情報が同時代の歴史文献の記録と合うかどうか、墓誌の内容が本物の契丹碑文と関係するかどうか、墓誌に現れる日付が契丹の暦と合うかどうかなどである。 契丹文字碑文・墓誌の発見により、従来の漢文を史料・資料とした研究に加え、「契丹語による」研究が可能になった。最近、新出資料がさらに増えて、研究者にはありがたいが、一方では悪質な贋物も「発見」されるようになって困っている。贋物の判定法をこれ以上詳しく書くと、贋物作りを進化させてしまうかもしれないので、この辺りで筆を置こう。中国の学者によるトレースと訳。

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る