FIELD PLUS No.8
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9Field+ 2012 07 no.8 契丹国の場合、皇帝・皇后の墓誌(この場合「哀冊」の表記が使われる)が出土しており、また皇帝に准ずる地位の人物やその妃や皇帝の兄弟や子などの皇親の事例も少なからずあるので、各墓誌の寸法および身分を比較すると、表1のような傾向が看取できる。 ただし、戦役時に建国者の太祖に拾われて猶子となった韓知古の血統は、その後皇族と同じ待遇を受けることになるのだが、知古の子息でこの韓氏一族繁栄の祖とも言うべき韓匡嗣の墓誌が出土しており、その大きさは一辺約120cmあって、表1の様相から見れば皇后に次ぐクラスに相当する。『遼史』ほか各種史料には、彼とその一門の権勢ぶりが伝えられているが、彼の墓誌の大きさはその記述を裏付けている。 このほかに、夫妻合葬で双方の墓誌がある場合、表1に示すⅠ~Ⅳまでの範疇では、夫の墓誌に比べて妻の墓誌は若干ながら寸法が小さくなるように作られている例が多く見受けられる。他方、Ⅴでは妻が公主である場合は、墓誌が公主のみである例(陳国公主墓誌)や、夫と公主の墓誌の寸法が拮抗している例(蕭興言墓誌と永寧郡公主墓誌)という様相も見受けられる。もちろん、これには夫妻の死去の時期差やそれに伴う埋葬の経緯も関係している可能性もあるから、今後詳細かつ慎重な検討が必要であることは言うまでもない。契丹文字墓誌の形態と出自との関係 前段でも述べたように、現時点において、契丹文字墓誌は契丹人皇族と国舅族および皇族扱いを受けた韓知古の血統の墓からしか出土していないことは、契丹文字墓誌と被葬者の出自には密接な関係があることを示唆していよう。 契丹文字墓誌も使用する文字(大字・小字)や、その形態もさまざまであるから、簡単にその形態等に着目して整理してみると表2の通りである。 まず、「A 漢文墓誌・契丹文字墓誌ともに蓋と碑身の二石ずつのセットの例」としては、表1におけるⅠ皇帝・Ⅱ皇后・Ⅲ皇太叔と妃のクラスにのみ見られる。また、「B 蓋の表に契丹文か漢文の題記があり、蓋の裏は契丹文、碑身には漢文の墓誌がある例」としては、Ⅳ皇親・有功の皇族と妃などのクラスに見え、さらに彼らの近親者か子孫とおぼしき耶律習涅、耶律智先の例がある。そして、「C 配偶者のいずれかが契丹文字の墓誌である事例」は3例のみが知られる。わずかな例による分析なので明確な傾向は判断しにくいが、この場合は3例とも配偶関係のうち皇族の耶律氏側の墓誌が契丹文字で国舅族の蕭氏側の墓誌が漢文である、という共通点が今のところ見いだせる。最後に「D 契丹文字の墓誌のみの場合の例」については、現時点で明確な傾向は指摘しにくい。 以上のことから、まず契丹国時代の墓誌については、大きさと被葬者の身分・生前の地位には相関関係があり、さらに契丹文字墓誌が副葬されること、被葬者の出自には一定の相関関係があることについては、ほぼ確実であろう。殊に、表2におけるAの形態は皇帝・皇后等のごく一部にのみ限られており、極めて格式が高い。さらにBの形態も相対的に地位の高い人物の例に多くみられる点には注意をしなければならない。契丹国の墓誌研究の今後の課題 以上、契丹国時代の墓誌の寸法、および契丹文墓誌の有無・形態以外にも、墓誌の蓋・碑身の装飾や墓誌文の内容構成、行配分・刻字の精緻さなど、分析の手掛かりとなることが見込まれる要素がさらにある。例外的な事例も当然存在するが、複数の項目から墓誌の形状やその完成度合を評価すると、その背景にある製作過程や出自・身分的な事情等も判明する可能性がある。 よって、今後は刻されている文字だけでなく、これらの要素にも着目した分析が可能となるよう、「遺物としての墓誌」という観察視点が重要であり、そのためには今後は各種のデータの総合的な集成が課題となってこよう。 さらにもうひとつ忘れてはならないのは、契丹国の墓誌の過半以上を占めている漢人の墓誌である。こちらの資料集成と分析も極めて重要な大きな課題である。現時点での予備的な調査で得た印象としては、宰相やそれに準ずるクラスの職位の者の墓誌はやはり相対的に墓誌の寸法が大きいなどの傾向があり、本書で論じたような契丹人の墓誌の傾向と同様であるように見受けられる。 それから、皇族扱いを受けた韓知古の血統であっても耶律姓を名乗ることがなく、他の漢人と同様の待遇にとどまっていた別の血統もある。こうした事例間の比較は、多民族的社会であった契丹国の社会の様相を考察する上で、貴重な知見をもたらしてくれるのではないだろうか。旧巴林右旗博物館での慶陵陪葬墓出土の契丹文字墓誌の保管状況。現在は新館で展示している。皇族と同待遇を受けていた韓氏一族墓地の遠景。ここから多くの契丹文字墓誌が見つかっているが、その契機は盗掘によるものである。契丹文字の墓誌を多く収蔵・展示している遼上京博物館。貴重な文物が多く収められており、展示方法も工夫されている。表2ABCDカテゴリーの様相漢文墓誌・契丹文字墓誌ともに蓋・碑身の二石ずつのセットの例蓋の表に契丹文か漢文の題記があり、蓋の裏は契丹文、碑身には漢文の墓誌がある例配偶者のいずれかが契丹文字の墓誌である事例契丹文字墓誌のみの場合の例被葬者の出自の傾向表1のⅠ皇帝・Ⅱ皇后・Ⅲ皇太叔と妃のクラスにのみ見られる表1のⅣ皇親・有功の皇族と妃などのクラスの例、およびその子孫・親族などこれらのカテゴリーについては、現時点で明確な傾向は指摘しにくい事例道宗皇帝哀冊、道宗宣懿皇后哀冊、義和仁寿皇太叔祖・同妃耶律仁先、耶律宗教、耶律習涅(于越=最高位の名誉職官・魯不古の子孫か?)、耶律智先(耶律仁先の弟だが、要職経験なし)耶律昌允(契丹大字) と妻蕭氏(漢文)、蕭興言(漢文) と妻の永寧郡公主墓誌(契丹大字)、耶律(韓) 敵烈(契丹小字) と妻の蕭烏魯本(漢文)

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