近代以前の中国周辺地域は、中華文明を長く理想型と見なし、それを積極的に取り込むことにより、自らの文化の正統性を確保してきた。しかし、近代以降は、この地域の諸国家では国境が確定され、国家建設のために西欧近代をモデルとしたイデオロギー(共産主義を含めて)を求心力として国民を各国の中心へ引きつけるという動きが見られた。ところが、近年では、これらの国々は、急速な経済発展を遂げて政治経済的に自信をつけ初めており、いわば「一枚岩の国民」を作り上げるイデオロギーにこだわる必要もなくなり、民主化、対外交流、多様性の容認等といった現象が見られるようになった。他方、中国も対外閉鎖路線から開放政策へと転換を図ることで、経済発展の道を歩み始めており、地方の主体性を容認して、対外交流を積極的に押し進めるようになってきた。このような中国側及び周辺諸国側双方の変化は、両地域の経済及び文化の側面での相互交流を促進し、両地域の伝統文化の変容、民俗文化の再創造といったプロセスが進行しつつある。さらに、このことは、中国国内の周辺部とそれに歴史文化的につながりのある周辺諸地域との間の新たなネットワーク形成、経済・文化圏形成にも繋がってきており、かつての周辺地域を新たな中心とする、中心周縁関係が生み出されつつある。
以上のことから、本共同研究では、昨今の経済発展の中での各地域における民俗文化の再編成・再創造のプロセスを明らかにし、従来の国家の枠組みを解体・再構成するような社会・文化の創造の可能性に関して新しい視点を提起していくことを目的としている。本研究は三年計画を予定しているが、初年度では、特に、香港と台湾を中心にとりあげ、他の諸地域及び中国本土との比較を試みる。香港は中国返還を数ヶ月後にひかえ、国際的「ネットワーク都市」が中国の一領土として組み込まれることにより、これまでの人・物・カネ等の中継地または情報発信地としての機能が中央に取り込まれていくのか、もしくは香港の求心力がかえって増大して華南及びベトナムなどを含んだ新たな経済圏・文化圏を構築するのかが注目される。また、台湾は、近年の政治の民主化に伴い、「台湾意識」が高揚しつつあり、「中国離れ」が著しい。むしろ、民主政治の成功、経済の発展等に裏打ちされた「台湾文化」の構築が叫ばれている。このような「脱中華」の動きは、中国の周縁地域に位置する様々な少数民族にも大きな影響を与えることは疑いない。
二年度と三年度は、対象地域を広げ、雲南及び中国の東南アジア国境地域、チベット、中国西北部、モンゴル、韓国、ベトナムなど、もしくはかつて歴史的に中国と朝貢関係にあった東南アジア諸地域等へ重点を移していきたい。 |