プロフィール
スタンリー・スタロスタ(Stanley Starosta)/帥徳樂教授

 依存文法の一派Lexicase理論の父。また、インド諸語および台湾原住民語の記述研究、西オーストロネシア諸語の比較統語論的研究で知られている。普段はハワイ大学で統語理論とオーストロネシア諸語の授業を担当、学位論文その他について多くの学生を指導されてきた。これまでにこの理論を応用して記述された言語は80たらずにのぼる。学生の指導は厳しく、かつ、丁寧。学期末のレポート提出直前に腕を折った学生が期限延長を乞う電話をして、左腕ならレポート執筆に支障はないはずとつっぱねられた、いう逸話も聞いたことがある。けれども、研究に関することならどんな些細なことにも辛抱づよく耳を傾けてくれる。学生の指導が上手で、私自身も、スタロスタ先生、いや、通称スタンの質問に答えようとあがくうちに、突然視界がひらけるように考えがクリアーになってびっくりした経験がある。自分の厳しい指導の下で論文を書きぬいた学生達を、まるで自分の子供のように、それはそれは大事にする。逆に、指導を受けた卒業生にどれだけ慕われているか、については、スタンがどうして毎年、忙しく世界各地を飛び回って講演をしたり教鞭をとったりしているのか、を見て判断していただくのが妥当であろう。

 Lexicase 理論の概要は、1988年に The Case for Lexicase という本にまとめられ出版された。ここ数年、その後の進歩を取り入れた新しい解説書の執筆をすることを望んでおられたが、AA研でその機会を得、決定以来、来日をとても楽しみにされていた。空港に着いた瞬間、 "I'm here! (ついに来たぞ!)" と叫ばれた、というのは、親友であるリード先生からの報告。けれども宿舎に着いたとたんにコンピューターが壊れてしまった、というのは本人からの報告。移動続きの忙しい中、必要なファィルはすべてきちんとバックアップをとってあった、というのがいかにもスタンらしい。おかげでホストの私は、なぐさめの言葉に気を遣うこともなく事務的に対応するだけですんだ。

 そして、私からの報告は、来日後は、せっせと研究室のコンピューターの整備と執筆をすすめられる傍ら、プロジェクト研究会での研究報告もしていただいた、ということ。実は、このプロジェクト(1)そのものが、1997年に東京に見えたときの講演がきっかけとなって発足したもの。当時、名前は聞いていたけれどはじめてスタンを見た、という研究者から「(想像に反して)やさしそうな人ですね」と言われて鼻が高かった記憶がある。どうしてそれで私の鼻が高くなるのか、今思い出してもおかしいが、スタンがいるとなんとなく安心できるというのは事実だ。人とのつきあいが丁寧で、特に理論への貢献者には細かなことがらひとつひとつについて、きちんと謝辞を述べられる。世界各地のいろいろな言語の専門家が、一年後に公開される新しいWeb版の解説書に自分の名前が載るのを楽しみにしていることだろう。

 中国語とドイツ語を流暢にお話しになり、ご自身の中国語名、帥徳樂(スイ・トクラク)をこよなく愛される。この紹介文だって、本当は中国語名だけで書いてほしかったに違いない。でも、私は中国語は話せないし、私が知っていて紹介できるのはあくまで "Stan" なんだから...と、これは師スタンに相変わらず甘えてしまう私の言い訳である。

1 Transitivity and Actancy Systems in Syntactic Typology (主査菊澤律子、1998-2000)



(『通信』第97号掲載予定)

BACK TO THE PREVIOUS PAGE