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当初の状況〜WWWの混沌と可能性

日本においてWWWが爆発的に普及することになったのは 1994年から 1995年の頃であった 思われる。当時は、直接民主制の可能 性をはじめ様々な夢が語られ、 理想社会への道程が縮まったことを歓迎するムード で満たされていた。

輝かしい将来設計の一方で、現実のWWWは、 情報を探索するための時間が大きなネッ クになっていた。 そもそもWWWを情報収集のツールとして利用する場合、 求めてい る情報がWWW上に存在するのかどうか というところから調べねばならないという側面 が あり、それは人文科学分野においてはとりわけ 顕著であった。

その頃より既に一部の人文科学系研究機関ではWWWによる 研究情報の発信がはじまっ てはいたものの、当時は、現在の ような充実した商用検索エンジンがあったわけで もなく、 実質的には役に立つリストがほとんど存在しなかった。 これがどういうこ とかと言えば、たとえば、「A大学文学部 哲学研究室」発行の『○○哲学研究』がも しWebにあれば参照したい、 と思ったなら、まず、なんとかしてA大学のWebページを 探しだし、その中から 文学部を探しだし、さらに哲学研究室を探し出さねばならな い。 そして、ようやく発見した哲学研究室のWebページで 『○○哲学研究』のリス トを発見したとしても、そこには 論文タイトル一覧があるのみで、結局Web上では 実際の論文に辿り着くことはできなかった、というような ケースがほとんどであっ た。いや、そもそも、研究室単位での Webページがあればまだいい方で、ようやく大 学全体の 紹介ページが存在するという程度のところがほとんど であったのだが。

こうしたWWW上でのリソース探しは、当時、「ネットサーフィン」 などと呼ばれてい たのだが、研究を促進するためのリソース としてWWWを用いようというならば、これ ほどまでに延々と時間を かけて「ネットサーフィン」をしなければならない ようで は、WWWの利用が研究にとって効率的であるとはとても 言い難い。これは、 クリフ ォード・ストールが1994年に「Silicon Snake Oil:Second Thoughts on the Information Highway 3」の中で指摘した状況、 すなわち、情報が玉石混交で、 その中から効率的に必要な情報を収集 することが極めて困難になりつつあるという 状況であり、あるいはまた、 佐藤俊樹氏が『ノイマンの夢・近代の欲望』において 指摘した「情報化社会」の矛盾を初期の段階において 既に体現してしまっていたの である。

それでも、それだからといって、人文科学研究にとっての WWWが無価値であるという ことにはならない。むしろ、 CERNのTim Berners-Leeが1989年に 提案した、研究所 内の論文を共有するための広域情報システムとしての WWWの価値は、人文科学のうち でもテキスト研究を主とする 分野にとっては、原理的には自明のものである。さら に、画像や音声等も 取り込めるようになったことによって、その重要性を一層 高めている。

また、その一方で、1997年10月に出た RFC2150においては、インターネットの弱点を 人文科学や芸術が欠けているという点であるとしており、 それらのインターネット における必要性が謳われ、同時に、 それらに携わる人々にインターネットのツール としての有用性が 説かれている。これは、インターネットの側からの人文科学への アプローチと言えるだろう。



Kiyonori Nagasaki 平成13年1月10日