Grammatological Informatics based on Corpora of Asian Scripts/アジア書字コーパスに基づく文字情報学
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 ■サンタル語データベース化
 ■Santali Database
 ■峰岸真琴

概要 文字の生成と変容から、サンタル人の言語と文字観と、文化、社会の動態についての研究を行っています.
 
目的 ジャールカンド州の言語問題のうち、サンタル人の文字文化の動態研究を進めることを目標としています.そのための基礎的資料として、P.O. Bodding (1868-1936) によるサンタル語辞典の電子化とオンライン利用のための研究を行います.サンタル人、ムンダ人ら、インド土着の民族社会には、ヨーロッパのキリスト教宣教師が関心を寄せ、布教とともに、現地の言語および固有文化の研究を行ってきました.その代表的なものが、P. O. Bodding のSantal Dictionary ですが、これは単なる辞書ではなく、膨大な文化的記述の集大成ということができます.この辞書の記述にはローマ字が使われています.

本プロジェクトでは、これまで本研究所が進めてきた同辞典のデジタル化を完成することを目標としています.外来者による調査研究は、宣教師によるものであろうと、現代の研究者によるものであろうと、現地社会への成果還元を十分考慮したものでなければなりません.調査結果は、調査者の業績である前に、まず現地社会の財産であるべきです.本プロジェクトによる言語資源としての出版物および調査結果のデジタル化は、これまでのサンタル語およびサンタル文化の研究を集大成するだけでなく、その成果を現地社会へ還元することにより、発展する現地社会への文化的貢献を目指すものです.

 

内容 サンタル語とサンタル人について -- 民族動態と文字:
 サンタル語 (Santali, Santal Language) は、インドの4つの言語グループ(インド・アーリア、ドラヴィダ、オーストロアジア、チベット・ビルマ)のうち、人口にして3番目のオーストロアジア(オーストリックとも呼ばれる)語族における最大の言語で、ムンダ語(ムンダリ語)とともに、同語族の主要言語です.サンタル語の使用人口は600万人ともいわれ、インド国内における最大の「少数民族語」です.
 オーストロアジア語族は、後で南アジア地域に移住してきたインド・アーリア語族やドラヴィダ語族よりも古くからこの地に暮らしていたとされ、インドの「アーディーバーシー」(原住民族)といわれています.インドの基層文化におけるその重要性はよく指摘されますが、その研究は必ずしも十分とはいえません.
インド独立によって、サンタル人の居住地域はビハール州、西ベンガル州、オリッサ州上記の4州(それぞれヒンディー語、ベンガル語、オリヤー語が州の公用語)に分断されたため、サンタル人のコミュニティーも、各州の言語境界に分断される結果となりました.もともと固有の文字をもたなかったため、サンタル語を文字に表すために、その居住地域によって、デーヴァナーガリー、ベンガル、オリヤー文字を用いたサンタル語表記が行われることになりました.さらに、本研究でデジタル化を進めているローマ字表記も、主としてキリスト教の宣教師によって工夫され、クリスチャンとなったサンタル人にも用いられています.
 その上、民族のアイデンティティーの危機を感じた一人のサンタル人が、神の啓示を受けて、オルチキ文字(Ol Chiki とは、「書き文字」の意味)を用いるようになった結果、サンタル語の文字表記は、5種類の文字を使って行われることになったのです.

2000年11月:「ジャールカンド州」の成立
このような複雑な文字文化の形成過程そのものが、十分研究に値するものですが、政治的な変化がこれに拍車をかけることになりました.長い間サンタル人、ムンダ人等のコミュニティーが要求してきた自治州が、2000年11月にビハール州の南半分に半自治権を与えるという形で、ジャールカンド (Jharkhand) 州として実現したのです.

言語政策としての無文字社会から文字社会への変化の動態研究:
将来の完全独立州を視野に、現在州の整備が進行しています.この州の将来には不確定な要素がたくさんありますが、その一つは言語問題です.もともと少数民族のコミュニティーが主体であった旧ビハール州の南部では、公的にはヒンディー語が使われてきましたが、独立した州となれば、その教育を何語で行うかが問題になります.この地域の主要語であるサンタル語やムンダ語の地位向上も期待されるところです.行政、教育を行うには、言語政策による文字、語彙、文法、教科書などの整備が必要で、それがどう行われるかには州の将来ばかりでなく、隣接州の住民の利害も関わる問題です.
現在、サンタル語の表記をこれからどうするかについての議論が行われています.各地の住民の利害関係もあって、話し合いはまとまっていませんが、目下の合意事項としては、サンタル人自身の発案による「オルチキ文字」は、民族のアイデンティティーの象徴として、各地の文字と併記するようにしようという話が進んでいます.

世界のどの地域においても、ある民族が独立を約束され、新たな文字文化を形成してゆく過程をリアルタイムで研究できる機会は極めて希であるといえます.本プロジェクトでは今後とも、ジャールカンド州の言語政策に関わる機関のひとつである、州都ラーンチーにあるラーンチー大学部族地域言語学科との共同研究を進めていく予定です.これまでのサンタル語に関する音韻、語彙、文法調査の結果をデジタル化した形で提供することが、同州の発展につながることが期待されます.

オルチキ文字の開発研究へ
本プロジェクトは、サンタル語の独自文字であるオルチキ文字のデジタル化へと発展する予定ですが、上記言語資料をデジタル化したデータを用いて、文字システムの検証を行い、将来的にはネットワークでのオルチキ文字の利用を可能にすることを目標としています. これをネットワークを通じて公開することにより、オンラインによるサンタル語、サンタル文化の検索利用と、そのオルチキ文字を始めとする他の文字体系による表示を可能にする予定です.
Ol Chiki (オルチキ)文字とは
Ol はサンタル語で「書く」Chiki は「字」に当たり、「書き文字」という意味です.オルチキ文字は、発音する時の口の形その他を象徴化したもので、音素文字であるところがインドで一般的な音節文字とは異なっています. 単語は左から右に横書きで、分かち書きされます. 西ベンガル州などでは、この文字を使ってパンフレット、定期雑誌などが出版されています. インドの少数民族の中では、ローマ字書きはキリスト教と結びついているので、嫌われる場合があります. 2000年11月に、ジャールカンド州が成立しました.今後サンタル語が州の言語になる可能性もありますが、その場合,デーヴァナーガリーが公用の文字になるか、オルチキ文字がなるかは微妙なところです.

2001年度の研究成果
サンタル語の辞典 Santal Dictionary のデータ入力.全5巻、3406ページに及ぶ辞典の翻字による入力はほぼ終了しました.2001年11月現在、本文全文の検索がほとんど可能となりました.

 

2002年度の研究経過
・インド調査により、サンタル人によるTrueType Font の開発状況と、文字と方言による文字の発音の異同についての調査を行いました.

・現在Bodding の辞典については校正(2校)が進行中です.試験的に以下のサイトで公開していますが、校正作業は継続中ですので、検索結果を利用する際は、本文との異同をご確認ください.

 
リンク P.O. Bodding's Santal Dictionary
 
この研究に関連して、1998〜2000年度: COE 研究高度化推進経費「アジア・アフリカ言語文化に関する電子辞典の構築」の支援を受けました.
 
最終更新日:2004/3/5
e-mail:mmine@aa.tufs.ac.jp

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