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『アジア文化とヨーロッパ文化の狭間で:19世紀末オスマン朝演劇ポスター展』 |
19世紀末オスマン朝演劇ポスター展へようこそ
本展覧会は、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所が所蔵する当時の演
劇のポスターおよびプログラム合計170点のうちの一部を展示したものである。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのイスタンブルでは、コスモポリタンな演劇文化
が花ひらいた。このことを詳細に伝える資料が、当時の演劇ポスターおよびプログラ
ムである。これらの資料には、演劇の上演年月日、劇場、劇団、演目、配役など、演
劇興行そのものに関する情報はもとより、「いまだかつてない」などといった宣伝文
句や商品の広告など、当時の世相を反映する情報ももりこまれている。このような情
報を丹念に読みすすめていくことによって、たんにイスタンブルにおける演劇文化の
みならず、当時のヨーロッパにおける主要な劇場都市としてのイスタンブルの性格を
明かにすることができるのである。
より具体的にこれらの演劇ポスターおよびプログラムにおける資料的価値を述べる
とすれば、さしあたって以下の五点が指摘されるだろう。
第一に、ポスターおよびプログラムには、アラビア文字を用いたオスマン語のみな
らず、アルメニア文字、キリル文字、ヘブライ文字、さらにはフランス語が記されて
いることから、当時の観客が用いていた文字あるいは言語の多様性が再確認される。
第二に、そのなかでもとりわけアルメニア系の俳優や監督が重要な役割を果たした
ことである。イスタンブルの近代演劇の隆盛は、アルメニア系の人びとの活躍によっ
てささえられていたことを忘れてはならない。
第三に、上演された演目の内容が、モンテクリスト伯やアルセーヌ・ルパンのよう
ないわゆる舶来物と、オスマン世界を舞台としたオスマン物とにわけることができ、
特に舶来物は、当時のヨーロッパの劇場で上演されていた作品との同時代性が確認さ
れる。つまりイスタンブルは、ロンドン、パリ、ベルリン、プラハなどとならんで、
ヨーロッパの主要な演劇都市だったのである。
この点に関連して第四に、「パリのダンサー」「イタリアじこみのコント」「プラ
ハ帰りの女優」といったふれこみから、上演された作品だけにとどまらず、ヨーロッ
パ諸都市の演劇界で活躍しているフランス人やイタリア人の役者たちが、イスタンブ
ルの舞台にもたっていたことが確認される。つまり、イスタンブル演劇界は作品の観
点からも、役者の観点からも、「ヨーロッパとの連続性、一体性」というよりはむし
ろ、「ヨーロッパ演劇界の一翼」を担っていたといえるのではないだろうか。
第五に、ポスターおよびプログラムには、演劇に関する情報以外に、当時のイスタ
ンブルに軒を並べていた舶来品店などの広告が記載されていることである。「フラン
ス製のお洋服」、「最新の殿方の靴」、「ご婦人のためのドレスやコートの店」など
などパリやロンドンのニューモードが、イスタンブルに流入していたことが確認され
る。同時にアメリカのシンガー社のミシンもイスタンブルを市場のひとつとしていた
ことが理解される。加えて、演劇興行が深夜におよぶこともあるため、「宿泊は当宿
屋へ」といった広告もある。つまり、演劇の流行はイスタンブル都市民のライフスタ
イルや経済活動にまで変化をもたらしたのであった。
以上の五点からも、本コレクションは、イスタンブルにおける演劇事情はもとより
、イスタンブルにおける当時の社会的経済的情況をものがたる貴重な歴史史料である
ことはいうまでもない。これだけのまとまったコレクションは、トルコ人演劇研究家
メティン・アンド氏のコレクション以外に世界でも例をみないのではないだろうか。
このようなコスモポリタンなオスマン演劇ポスター展をどうぞお楽しみ下さい。
注記:これらのポスターおよびプログラムには、イスラーム世界における公式の暦で
あるヒジュラ暦の他に、オスマン財務暦が用いられている場合もある。さらに、フラ
ンス語やアルメニア文字、ヘブライ文字、キリル文字表記の部分には西暦が記されて
いる資料もある。これらの年月日についての特定は、ひとつひとつの資料について昼
間の公演か、あるいは夜の公演かによって個別の考察が加えられなければならない。
本博物館では繁雑さをさけるために、基本的にはオスマン語表記による年月日を優先
させ、それを補うために随時、他の文字による表記を参照し、曜日は割愛した。その
ため、オスマン語表記による年月日が他の文字でポスター内に記述された年月日と異
なる場合もある。ポスターおよびプログラムには「ヒジュラ暦」、「財務暦」という
ことばは記されていないがここでは補って表記し、資料に記載されていない年月日の
部分は( )で表わすこととした。
なお、西暦、ヒジュラ暦、オスマン財務暦の対照には、Faik Resit Unat, Hicri T
arihleri Miladi Tarihe Cevirme Kilavuzu, Ankara, 1984(5th ed.), 175p. および
ed.Yucel Dagli&Hamit Pehlivanli, Gazi Ahmed Muhtar Pasa Takvimu's-Sinin,
Ankara, 1993, 603p.を参照した。
暦の表記と同様に、演劇の内容に関しても、現段階ではオスマン語表記を優先させ
たため、記載の内容がフランス語をはじめとするその他の表記と異なる場合もある。
なお、ポスターおよびプログラムの整理にはMetin And, Tanzimat ve Istibdat Done
minde Turk Tiyatrosu (1839-1908), Ankara, 1972, 465p; Mesrutiyet Doneminde
Turk Tiyatrosu 1908-1923, Ankara, 1971, 317p; Tanzimat ve Mesrutiyet
Tiyatrosu, Tanzimat'tan Cumhuriyet'e Turkiye Ansiklopedisi, Istanbul, 1985,
pp.1608-1628. およびAlemdar Yalcin, II Mesrutiyet'te Tiyatro Edebiyati Tari
hi, Ankara, 1985, 430p.などを参考に用いた。
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