アジア・アフリカ言語文化研究所 要覧1997

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目次


概要

歴史と性格

 アジア・アフリカ言語文化研究所は、人文科学・社会科学系では、我が国ではじめての共同利用研究所です。共同利用研究所の使命は、全国の研究期間に所属する専門の研究者のために設備や資料を提供し、研究交流の機会を作り、それによって研究の進展を促すことです。 戦後の復興が進むなかで、日本の運命がアジア・アフリカ諸国と深くかかわりあっていることが認識されはじめました。このような背景のもとに、1961(昭和36)年に日本学術会議がアジア・アフリカ言語文化研究所を設置するように勧告しました。その後、各方面の理解と協力を得て、1964(昭和39)年4月1日、本研究所は東京外国語大学附置の共同利用研究所として発足しました。本研究所の設置目的は、次のようにまとめられています。
1)アジア・アフリカの諸言語の研究、およびそれらを通じて、アジア・アフリカ諸地域の歴史・社会・文化を直接研究すること。
2)それらの言語による資料の利用を容易にするための辞典を作ること。
3)それらの言語修得を助けるため、言語研修を実施すること。
以来、30年以上を経過して、本研究所を取り巻く諸事情は大きく変わりました。学界では、人文・社会科学の分野で、言語学・歴史学・人類学などのような、すでに確立している学問体系に依存した個別的な研究分野をのり越えた新しい学問・理論構築への要請が高まってきました。それは近年における国際化、地域の枠組みの流動化、民族・宗教問題の激化、都市化現象の進展などの急激な世界情勢の変化、および、狭い地域的枠組みにとらわれない広域な視野からの研究の必要性に対する認識の深まりなどと関連しています。他方、最近における情報処理技術の発達のなかで、文字のみならず音声や画像の処理が可能になり、さらに、これらを個別の情報としてではなく一つの情報ネットワークに統合化する研究が急速に進展してきています。

    このような学問的・社会的要請は、アジア・アフリカ地域の社会情勢の変化、科学技術の発達に対応して、本研究所は1991(平成3)年度に、研究体制の抜本的見直しをおこない、従来の16小部門・1客員部門(外国人)を、4大研究部門・1客員部門(外国人)に再編成しました。4大研究部門では、言語を媒介として成立している文化を総合的に研究する学問である「言語文化学」理論の構築、広域的なフィールドワークや共同研究の実施、情報の統合的処理のための理論と方法の開発などを目指しています。また、東京外国語大学に1992年度に新たに設置された大学院地域文化研究科博士後期課程を全面的にバックアップするために、多くの教官が参加し、教育活動にも力を注ぎ始めています。1995年度からは、卓越した研究拠点(COE)の形成に係わる「中核的研究機関支援プログラム」が発足したのに伴い、本研究所はその対象機関に指名され、従来にもまして、アジア・アフリカ地域の言語文化研究において先導的役割を果たすことになりました。
 さらに冷戦構造崩壊後の流動する世界情勢と情報ネットワーク化のめざましい技術革新にすみやかに対応するため、1997年度より附属「情報資源利用研究センター」を設置し、共同利用研究所としてのさらなる発展をめざしています。
以上の活動を充実させ、我が国における言語文化研究の発展に貢献することが、本研究所の責務であり、所員一同の願いでもあります。

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組織

組織図(画像)はこちら

(1997年4月1日現在)
区分教授助教授講師助手その他の職員合計
定員(6)19180627(6)70
()は外国人客員数を外数で示す

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研究組織構成

部門名研究分野研究内容所属研究者
言語文化基礎 言語文化理論、文化記号学、文化・社会動態 言語文化の構築を図るためにアジア・アフリカの言語文化を比較・分析し、歴史学、文化人類学、言語学など関連諸研究分野の成果を統合して理論化する。 松下、水島、家島、新免、真島、峰岸、田辺
言語文化情報 言語文化工学、映像音声学、言語情報処理、文化情報処理、情報開発(外国人研究員 アジア・アフリカの言語文化情報の分析・処理と新しい情報処理システムの構築、及び情報処理した言語文化情報の提供、共同利用・公開のための手法を開発する。 加賀屋、中嶋、中見、バースカララーオ、小田、高島、深澤、菊澤、本田、Sudhir Chandra(外国人研究員)
広域言語分野第一 東北アジア、東アジア、中央ユーラシア、東南アジア・オセアニア、南アジア(北部)、南アジア(南部)の各言語文化圏 東は沿海州より西はフィンランドあるいはインド亜大陸までを対象とする。人、物、情報の移動、流動化・多様化に対応し、学際的研究をおこない、フィールドワークの成果を広域的な共同研究に集約するとともに、収集した言語文化情報を「言語文化基礎」・「言語文化情報」大部門との連携で分析する。 池端、石井(所長)、新谷、ダニエルス、内藤、宮崎、栗原、根本、三尾、森、澤田、西井、吉澤
広域言語文化第二 西アジア(アラブ)、西アジア(非アラブ)、アフリカ(東部・南部)、アフリカ(西部・中部)の各言語文化圏 西アジア、アフリカ言語文化圏を対象とする。人・物・情報の移動、流動化・多様化に対応し、学際的研究をおこない、フィールドワークの成果を広域的共同研究に集約するとともに、収集した言語文化情報を「言語文化基礎」・「言語文化情報」大部門との連携で分析する。 小川、梶、上岡、中野、黒木、高知尾、羽田、林、星
比較言語文化論
(外国人客員・*COE分)
      言語文化学の確立を図るために、外国人研究者(特にアジア・アフリカ諸国)を客員教授として招へいし、共同研究を推進する。 Moejotro Tjokrowinoto, 
Evelyn Tan Cullmar, 
Vladimir L. Uspensky, 
*A. Sumru Ozsoy
情報資源利用研究センター       アジア・アフリカ言語文化に関する情報資源の蓄積・加工・公開と、それを活用した共同研究手法の開発・国際学術交流を推進する。 池端(センター長/併)
豊島、町田、飯塚、床呂

動態的なアジア・アフリカ言語文化学の構築をめざす研究組織構成図

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職員

所長(併任)石井 溥

研究部

      教授
池端雪浦:フィリピン近・現代史
石井溥:南アジアの人類学
小川了:国際化とインフォーマルエコノミー(アフリカ)
加賀谷良平:音響音声学、アフリカ諸言語
梶茂樹:バンツー諸語、言語人類学
上岡弘二:イラン諸語、イスラムの民間信仰
新谷忠彦:言語哲学
クリスチャン・ダニエルス:16-20世紀中国史における社会、経済および技術
内藤雅雄:インド近・現代史
中嶋幹起:東アジアの諸言語
中野暁雄:アフロ・アジア諸言語およびその民族誌
中見立夫:内陸・東アジアの国際関係史
松下周二:アフリカの言語
水島司:南インド近・現代史
宮崎恒二:オーストロネシア諸社会の研究
ペーリ・バースカララーオ:南アジアの諸言語、音声学
家島彦一:インド洋・地中海の海域史に関する基礎的研究

      助教授
小田淳一:計量文献学
黒木英充:東アラブ近・現代史
栗原浩英:ヴェトナム近・現代史
高島淳:言語情報処理、ヒンドゥー教
高知尾仁:世界表象と象徴性
豊島正之:中世日本語文献学
根本敬:ビルマ近・現代史
羽田亨一:サファビー朝文化史研究
林徹:言語学、チュルク諸語
深澤秀夫:マダガスカルを中心とするインド洋海域世界の社会人類学
真島一郎:西アフリカの人類学
町田和彦:ヒンディー語
三尾裕子:東アジアの人類学
峰岸真琴:オーストロアジア諸言語
森 幹男:インドシナ比較文化史
飯塚正人:イスラム学
菊澤律子:オーストロネシア諸言語
澤田英夫:現代ビルマ語の文法
鈴木涼子:東南アジアのエスニシティ
田辺明生:南アジアの文化と社会
床呂郁哉:東南アジア島◇部の人類学
星  泉:チベット語
本田 洋:韓国・朝鮮の人類学
吉澤誠一郎:中国近現代史

     事務部

事務長 肥田久光
事務長補佐 枝 文雄
庶務係
係長 仲 勝司
主任 石鍋誠子
文部事務官 小林 浩
会計係
係長 木村明雄
文部事務官 今坂良明
文部事務官 岡戸彰二
文部事務官 福田華恵
情報システム係
係長 今井健二
主任 丹波弘行
文部事務官 萩原啓一
渉外係
係長 加藤 淳
文部事務官 津田貞子
文部事務官 田部井直美
研修・共同利用係
係長 石橋徳三郎
主任 金井京子
文部事務官 酒井芳夫
図書係
係長 佐藤 剛
主任 須郷知子
主任 西浦数雄
文部事務官 近藤晴彦
文部事務官 吉田恵理
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運営委員

 研究所の日常の業務の運営は、教授・助教授で組織する教授会においておこなわれますが、共同利用研究所としての本来の機能を適切に遂行するため、これとは別に運営委員会が置かれ、研究所の運営の基本方針などの重要な事項について、所長の諮問に応えます。運営委員には研究所の教授・助教授、および所外の学識経験者など、25名以内が委嘱されます。第17期(1997.2−1999.1)の運営委員は現在以下の通りです。

石井米雄 神田外語大学長(京都大学名誉教授)
梅田博之 麗澤大学教授(東京外国語大学名誉教授)
應地利明 京都大学教授
梶 茂樹 所員
久馬一剛 滋賀県立大学教授(京都大学名誉教授)
古賀正則 明治大学教授
斬波義信 国際基督教大学教授
末成道男 東京大学教授
高島 淳 所員
田中二郎 京都大学教授
田中敏雄 東京外国語大学教授
谷  泰 滋賀県立大学教授
土田 滋 順益台湾原住民博物館長
縄田鉄男 東京外国語大学教授
西田龍雄 京都大学名誉教授
間野英二 京都大学教授
橋本 勝 大阪外国語大学教授
林  徹 所員
町田和彦 所員
水島 司 所員
宮岡伯人 京都大学教授
宮崎恒二 所員
宮本正興 大阪外国語大学教授

専門委員

 所長の諮問に応えて、研究所の共同研究に関する専門的事項を審議する専門委員会があり、委員は所外の学識経験者のうちから委嘱されます。1997年度の委員は以下の通りです。

研修委員会
 梅田博之、大江孝男(東京外国語大学名誉教授)、大束百合子(明海大学学長)、小澤重男(東京外国語大学名誉教授)、柴田紀男(天理大学教授)、富盛伸夫(東京外国語大学教授)、縄田鉄男、西田龍雄、橋本 勝、宮本正興

研究活動

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共同研究プロジェクト

→共同研究プロジェクトのページへ

共同研究所である本研究所にとって、所員が中心となって所外の研究者と共同で推進する共同研究プロジェクトは、最も大切な研究業務のひとつです。
これまで数多くのプロジェクトが組織され、約350点に及ぶ出版物を初めとして多様な研究成果をあげています。
また、昨年度からは、限られた予算のなかで、従来の研究分野を越えた斬新な共同研究を推進するため、新たに重点プロジェクトというカテゴリが設けられました。最初の重点プロジェクトとして「東南アジアにおける人の移動と文化の創造」プロジェクトが組織され、国際シンポジウムを行うなど、活発な研究活動が展開されています。
今年度からは、重点プロジェクトに「音韻に関する通言語的研究」プロジェクトが加わるほか、6プロジェクトが新たに開始されます。
 本年度行われるプロジェクトは次のとおりです。

東南アジアにおける人の移動と文化の創造(宮崎恒二)(所員11名、共同研究員48名)

 諸文化の形成に関して、これまでの文明中心的な発想から地域中心的な発想への転換が進んでいるが、かって「文明の十字路」として捉えられた東南アジアの諸地域についても、地域的なネットワークの存在とその役割が強調されつつある。このような発想の転換は、必然的に現在の諸文化の形成過程を人の移動と交流という観点から見直す方向へとわれわれを導き、また、人の移動が様々な形で現在も進行中であることは、今後この地域でどのような文化が形成されるのか、という関心を喚起する。現在の東南アジア諸地域は、一方ではいわゆる民族問題の火種を常に抱えつつ、他方では欧米的価値観との差異化を目指して「国民文化」のみならず「アジア文化」という意識さえ次第に形成されつつある。このような意識の「広域化」と「個別化」を、人の移動による集団の同化と異化という視点から読み解き、これまでの東南アジアの諸文化の形成過程を捉え直すとともに、今後の広域的意識形成の動向についての考察を試みることが本プロジェクトのねらいである。
 本年度(三年計画の二年目)は、前年度に開催された国際シンポジウムにおいて提出されたいくつかの論点、すなわち、非植民地的状況における人の移動と移民文化、移動する民の意識と生活、東南アジアにおける大衆文化などに焦点を絞り、個別事例の報告をもとに討議する。

青木恵理子 青山 亨 飯島明子 池上重広 石川 登 伊藤 真 上杉富之 内堀基光 牛島 巌 小野沢正喜 オマール・ファルーク 川島 緑 加藤 剛 川田牧人 栗田博之 黒田景子 桑原季雄 小池 誠 清水 展 白石さや 杉島敬志 鈴木伸隆 瀬川昌久 関本照夫 染谷臣道 高谷紀夫 高橋美和 田中恭子 坪井善明 土佐桂子 富沢寿勇 中澤正樹 永田淳嗣 中谷文美 弘末雅士 深見純生 福岡正太 古田元夫 三野洋子 宮本 勝 森山幹弘 山下普司 山田幸宏 結城史隆 横山広子 吉田敏浩 吉野 晃 吉原和男

音韻に関する通言語的研究(梶 茂樹)(所員15名、共同研究員13名)

 言語学の本来の研究分野は、音韻、形態、統語、意味であるが、その中でも音韻論は、長らく他の研究分野をリードしてきた。本研究プロジェクトは、音韻論の中でも声調(tone)を中心とする超分節素(suprasegumentals)の研究を行う。
 世界に、声調言語は意外と多い。中国語諸方言やチベット・ビルマ語系諸語、またベトナム語、タイ語などの東南アジア諸語、バンツー系やクワ系などのニジェール・コンゴ諸語、マサイ語やナンディ語などのナイル系諸語、南部アフリカのコイ・サン系諸語、またアフロ・アジアティックの中でもチャディク諸語、さらにはニューカレドニア諸語やアメリカ・インディアン諸語など。また、日本語やインド・ヨーロッパ系のスウェーデン語やセルボ・クロアティア語、パンジャブ語などのピッチ・アクセント諸語の研究も重要である。
 具体的な研究テーマとしては、声調、音調、アクセントなどの用語の整理と同時に、次の様なものが考えられる。
−声調(正確にはピッチ)の生理学的、音響学的特性
−子音の特性と声調との関係
−個々の言語における声調の体系
−声調の語彙的、文法的機能
−声調言語とアクセント言語との違い
−世界の声調言語のタイポロジー
−声調の通時的変化と比較研究
ー声調の発生と消滅

上野善道 大江孝男 加藤昌彦 久保智之 窪園晴夫 坂本恭章 清水克正 早田輝洋 平山久男 堀 博文 松森晶子 箕浦信勝 湯川恭敏

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一般共同研究プロジェクト

言語文化接触に関する研究(中嶋幹起)(所員14名、共同研究員29名)

 東アジアに共生する幾多の民族の言語は、多様性に富み、その長い歴史と相まって、多くの言語資料が集積されています。さらに、近年は、中国やロシアなどの開放政策により、文献資料や学術成果もつぎつぎに公にされつつあります。
 本プロジェクトでは、朝鮮語、満州語、モンゴル語、エペンキ語、漢語、ウイグル語、チベット語、苗語、西夏語、白語などの言語研究者が現地調査での成果を報告し、それぞれの研究について、言語学のみならず、文化人類学、歴史学などの分野を含めた多角的かつ広域的視点から討論をおこないつつ、言語のダイナミックスを探ろうとするものです。

伊藤英人 鵜殿倫次 大江孝男 太田 斎 大塚秀明 大瀧幸子 大橋由美 落合守和 岸田文隆 北村 甫 栗林 均 慶谷寿信 坂本恭章 佐々木猛 佐藤 進 佐藤晴彦 高田時雄 津曲敏郎 丁 鋒 富平美波 中川千枝子 西 義郎 花登正宏 樋口康一 藤本幸夫 星実千代 細谷良夫 前川捷三 村上嘉英

旅と表象の比較研究(高知尾 仁)(所員4名、共同研究員9名)

 この研究は、他者との出会いを提示し、他者の言表と他者世界が表象するものを解釈し、他者文化の持つ多様な意味を構成する旅のディスクールを主要な対象とする。その際、他者言説を生むコンテクストや、他者の自己(自己文化)との距離・差異の構築や、他者表象が持つ価値評価などが問題となると思われる。他者が直接的に語られるという前提への疑問と、他者表象のバイアスと他者についてのディスクールそれ自体が充分に見つめられなかったことへの反省として、近年欧米で飛躍的に研究が進められている旅行記研究に対応して、ここでは、近代ヨーロッパ(ルネサンス以降)の旅のテクストとそのほかの文化の旅のテクストを取り上げるとともに、他者についての多種多様な表象形態や、それに関連した諸理念(例えば、秩序、正義、正統、コスモス)の表象化についても研究の対象とする。従って、この研究では、旅論・表象論・他者論とそれらの交差する領域が取り扱われることとなる。このような比較研究によって、エクリチュールを有する文化による、他者と他者のいる場所と時間の配置・配列が明らかにされ、またその文化と他者との関係性(例えば、理想、調和、幻想、混乱、絶望、排除)を提示するディスクールが明らかにされるものと期待される。またさらには、他者に対比された自己(自己文化)のアイデンティティの提示の実体や、文化の普遍性や近代というディスクールについても考察されることが期待される。

荒木正純 彌永信美 宇波 彰 大室幹雄 重松伸司 田中純男 西尾哲夫 原 毅彦 渡辺公三

アジア・アフリカ言語資料の情報処理と辞典編纂(上岡弘二)(所員9名、共同研究員20名)

 本プロジェクトは、アジア・アフリカ諸地域における言語資料(テキスト、辞書など)の機械可読形式(machine readable form)化とその利用研究を目的とする。
 対象となる言語資料には、既存のメディアや形式の異なる資料(手書き、印刷物、各種テープ、フロッピーなど)ばかりでなく新たに目的別に構築すべき資料(各言語の機械可読辞書など)も含まれる。
 またこれらの資料を有機的に利用できる総合環境も研究課題としている。
 構築される機械可読形式の資料および研究成果は、本研究所内外の研究者に広く利用してもらうために、公開する予定である。

赤松明彦 家本太郎 内田紀彦 岡口典雄 長田俊樹 小野 基 熊谷康雄 児玉 望 佐々木嗣也 高橋孝信 武内紹人 塚本明広 中川聡史 中谷英明 奈良 毅 林佳世子 保阪修司 三浦 徹 矢野道雄 山下博司

言語文化データベースの研究とCAI開発(峰岸真琴)(所員7名、共同研究員4名)

 本プロジェクトの目的は、アジア・アフリカの言語を中心とした、多様な文化についての情報をデータベース化するための研究と、そのデータを利用して言語文化教育のためのCAI教材を開発することにあります。
 アジア・アフリカの言語の大部分は、「特殊な」言語と見なされ、極めて限られた学習の機会しかないのが現状です。また、その話されている地理的、文化的環境が、日本のそれとは大きく違うため、学習内容の理解が困難になることもあります。特に服装、行事、住居など言語による説明よりも、写真や映像にしたものを見たほうが理解が早いものもたくさんあります。
 また、言語学習そのものについても、テープレコーダによる録音教材だけでなく、ビデオや写真を組み合わせて構成した教材のほうが効果的なのは当然ですが、そのような教材を開発するには、言語、文化に関する画像、映像資料を常に収集、蓄積し、それを構成化して、いつでも利用可能なデータベースにしておかなければなりません。また、必要な資料を効率よく取り出し、それを有機的に結合して、教育用のCAIソフトを開発するには、一定のノウハウの蓄積が必要である。
 本研究所では、科学研究費補助金による、昭和63年度から平成4年度までの自動化研修システムの試作の成果を踏まえ、新たに平成6年度から、言語文化情報のCAI化の研究が進められており、4言語、4地域の言語文化情報の実用化を目指しています。
 本プロジェクトでは、より多くのアジア・アフリカ地域の言語と、その文化的環境を対象にして、
 (1)CAI開発の資料となる言語・文化情報資料の理論的研究
 (2)実際のCAIのプラットフォームとなるハードウェア構成の検討
 (3)現実に稼動しているCAI設備の見学、研究
 (4)CAIシステムの制作とその発表、評価
 (5)効果的なプレゼンテーション、ユーザーインターフェイスの研究

 を行い、実用的な言語文化に関する自動化研修システムの製作と運用を目指します。
大野仁美 武井直紀 益子幸江 山内譲二


シャン文化圏に関する総合的研究(新谷忠彦)(所員3名、共同研究員8名)

 本プロジェクトは以下の目的をもって共同研究を行い、必要に応じて研究会を開き、その成果を資料集・論文集として出版する。
 (1)一つの複合文化交流圏(シャン文化圏)の解明のための方法論の検討。
 (2)シャン文化圏に関する情報収集と現地調査のための準備。
 (3)現地調査の報告と成果の検討。
 (4)シャン系言語の学習と修得。
 (5)文献資料及び非文献資料の解読・整理。
 (6)基本的文献資料の解読出版。
 なお、本プロジェクトと並行して、科研の海外調査「シャン文化圏における言語学的・文化人類学的調査」を行う。(1996年度〜1998年度)

飯島明子 石井米雄 上田玲子 宇佐美洋 加藤昌彦 加藤久美子 小坂隆一 横山慶子

西南中国非漢族の歴史に関する総合的研究(クリスチャン・ダニエルス)(所員5名、共同研究員16名)

 現在の西南中国は、もともと非漢族の居住地域であり、中国歴代王朝の支配下に少しずつ組み込まれていく歴史をもつ地域である。元明清を通じて、漢民族移民の増大と歴代王朝の統治政策によって、より多くの非漢族が中央政府に直接支配されるようになり、そのことによって民族移動が激しくなり、非漢族の土着社会に大きな変容が起こり、東南アジア大陸部へ移住する非漢族も出現した。だが、従来この歴史過程を総合的に分析する研究は僅少であった。
 本プロジェクトの目的は、(1)西南中国非漢族の歴史に関する研究発表、(2)史(資)料の発掘・収集・整理を行うことによって、従来注目されることのなかったこの地域の歴史に対する研究を促進することにある。なお、方法論として非漢族を主体とした分析視点を重視すると同時に、歴史学者以外に文化人類学、民族学、民俗学、言語学などの専門家の参加によって学際的なアプローチの構築を目指す。

上西泰之 井上 徹 上田 信 菊池秀明 岸本美緒 末成道男 武内房司 多田◇介 谷口房男 張 士陽 塚田誠之 寺田浩明 林謙一郎 吉野 晃 渡部 武 渡辺佳成

東アジアの社会変容と国際環境(中見立夫)(所員5名、共同研究員27名)

 近年における国際情勢の変化と学術交流の発展によってわれわれ歴史学研究者は東アジア各地域の文書館・図書館などに所蔵される一次資料に対し、以前とは比べられないほど容易に、接近できるようになった。さらに、現地学会でも、あらたな歴史評価・研究動向がおこり、われわれの研究への刺激となっている。ただ対象とすべき史料の量があまりに膨大で、その実態を体系的に把握してはいない。
 また、個別の研究が深化するとともに、より大きな視野のもとに、問題をとらえなおし、分析枠組みを再検討することも必要である。さらに海外学会との共同研究、史料調査も、双方にとって、より具体的で実りの多い形で推進しなければならない。
 本プロジェクトでは、このような研究状況を念頭におきながら、18世紀から20世紀初頭の東アジア世界各地域における社会の変容が、外部世界とどのように有機的に連関していたかという問題を中心にすえ、文書史料によりそれがどこまであきらかにできるか検討する。東アジアに関する史料と研究情報の開かれたフォーラムをめざしている。
 毎回テーマをかえながら、海外からのゲスト・スピーカーもまじえ、シンポジウム形式で研究会を開催し、また『東アジア史資料業刊』などの出版物も刊行している。

赤嶺 守 石井 明 石浜裕美子 伊藤秀一 井村哲郎 江夏由樹 岡 洋樹 尾形洋一 小野和子 笠原十九司 加藤直人 岸本美緒 楠本賢道 佐々木揚 坪井善明 中村 義 西村成雄 荻原 守 浜下武志 原 ◇之 藤井昇三 細谷良夫 松重充浩 毛里和子 森川哲雄 森山茂徳 柳澤 明

中央アジアにおける「民族」の創出に関する総合的研究(新免 康)(所員2名、共同研究員18名)

 近年、ソ連の崩壊に伴う各「民族」共和国の独立や、中国の開放政策による新◇ウイグル自治区(東トルキスタン)の「発展」など、中央アジア地域が大きく変動している。そのなかで注目されるのは、「民族」文化の強調とイスラームの「復興」が顕著なことである。「民族」の文化的「伝統」や「歴史」の再発見、もしくは創造と言えるような局面さえ見いだせる。
 このような動向にはソ連支配の消滅や中国における民族政策の緩和に基づいた新規のアスペクトという側面がある。しかしその「民族文化」なるものを特徴づける枠組み自体は、むしろソ連時代に成型された歴史的産物なのである。近代以前の中央アジアは、ペルシャ語・文化と重層する形で、共通の文化的基礎としてトルコ・イスラーム文化の広がりをもつとともに、オアシス定住民諸集団・遊牧民諸集団の交錯する複合社会を形成していたと思われる。しかし、18〜19世紀に「異民族」・「異教徒」による支配に組み込まれ、さらに20世紀には、ソ連における「民族的境界画定」や、新◇における「民族」の規定を通じて、人為的な「民族」的枠組みが創出されていった。各「民族語」の成立もその一環と言える。これにより現在に至るまで様々なレベルにおける軋轢や矛盾が生じたが、その一方でこのような分断的な枠組みが次第に定着し、新しい文化の生成を促していったことも否定できない。
 そこで本プロジェクトでは、中央アジアが前近代から現在へと辿った歴史過程と現状に関して、基層文化の実態、「近代化」の進展、各国家体制における政治的状況、などとの関連を視野に入れつつ、「民族」的枠組の創出とそれに伴う社会・文化の再構成のダイナミズムを軸に多角的に検討を加えていく。

赤坂恒明 梅村 担 宇山智彦 大石真一郎 王 建新 帯谷知可 川口琢司 久保一之 小松久男 坂井弘紀 真田 安 澤田 稔 菅原 純 菅原 睦 濱田正美 堀  直 堀川 徹 山内昌之

African Linguistic Perspective: A Working Group(松下周二)(所員4名、共同研究員20名)

 多様なアフリカの言語をアフリカの視点から観察、記述するための研究プロジェクト。同時に、日本のアフリカ言語学を世界に知らしめることも目的とする。音韻、文法研究を中心にしつつも、言語の社会的役割、言語遊技など、社会言語学的テーマも重要なものとなる。

市ノ瀬敦 江口一久 大野仁美 小森淳子 桜井 隆 清水紀佳 ジョン・フィリップス 砂野幸稔 竹村景子 柘植洋一 中川 裕 中島 久 西江雅之 稗田 乃 日野舜也 宮本正興 宮本律子 守野庸雄 湯川恭敏 米山信子

イスラム圏における異文化接触のメカニズムー人間動態と情報に関する総合的研究(家島彦一)(所員8名、共同研究員19名)

(目的)
   過去5年間にわたる研究プロジェクト「市の比較研究」と国際学術研究「イスラム圏における市の比較研究」(平成元年〜平成3年実施)及び「イスラム圏における人間移動と共生システムに関する調査研究会」(平成6年〜8年実施)の成果をふまえて、人間動態のダイナミズムとそれにともなう言語文化接触の諸態様を総合的に分析・研究します。
 最近の世界情勢を念頭に、国家体制の解体、社会経済の変動、民族・宗教対立などの状況と人間動態のあり方について、年2〜3回の総合研究会と月1回程度の小研究会を行っています。
(研究の内容)
(1) 人間の地理的・社会的移動と言語・文化接触の流動現象(mobility)を「人間動態」としてとらえる。
(2) 人間動態の諸要因およびその動態と影響について言語学・歴史学・人類学・地理学などの諸分野から学際的に分析・研究する。
(3) 人間動態にともなっておこる言語文化適合(不適合)に関する事例研究
(4)複数の言語圏を統合するような共通言語の機能、複数の文化圏の基底に共通して存在する物質・生活複合や社会・文化共生の諸側面について検討する。
(5) 人間や情報の移動を支えるような受け渡しシステム、あるいは社会の中で情報やモノの交換・接続の役割を果たす要素についての比較研究を行う。
(6) 本年度は研究とりまとめのための最終年度であるために、調査資料の整理・分析を目的とした小研究会と、動態論のための総合研究会(3回)を計画している。

赤堀雅幸 大塚和夫 片倉もとこ 川瀬豊子 北川誠一 佐原徹哉 真田 安 清水宏祐 鈴木 均 鷹木恵子 店田広文 寺島憲治 永田雄三 西尾哲夫 濱田正美 原 隆一 堀内正樹 松本 弘 三木 亘

インド寺院儀礼の比較研究ー神像開眼儀礼を中心として(高島 淳)(所員3名、共同研究員4名)

 インド宗教史の研究においては、仏教とヒンドゥー教、更にヒンドゥー教の中の様々な宗派の間の相互作用に焦点を当てることなくしてその歴史的展開の実相に切り込むことはできない。表面的に現れた思想史的関連については従来からも多少の研究はあったが、宗教生活の深層の現れである儀礼をめぐっては今までそうした研究はほとんど行われていない。
 本プロジェクトは、儀礼の中でも、神像開眼儀礼(prati\d{s}\d{t}h\={a})という神像に神性を付与する儀礼に焦点を当てて仏教とヒンドウー教諸宗派の間の比較研究を行いながらインド宗教史の発展に関して新しい視点を切り開こうとするものである。
 対象とする宗派は、プラーナ文献のヒンドゥー教(永ノ尾)、建築学文献のヒンドゥー教(小倉)、インド後期密教(森)、ヴィシュヌ教パンチャラートラ派(引田)、シヴァ教(高島)であり、文化人類学(石井、田辺)の側からの現在の寺院儀礼についての知見も積極的な比較の対象となる。
 直接的な目的としては、ヒンドゥー教成立時(ヴェーダ文献終期からプラーナ文献初期、およそ紀元頃から4世紀)から、現在まで続くヒンドゥー教の完成期(シヴァ教とヴィシュヌ教の固定期、およそ13世紀)までの期間における神像開眼儀礼の発展と展開を仏教との対比において明確にすることにある。
 このような研究によって、ヒンドゥー教と仏教におけるこの儀礼の歴史的展開について従来不明であった諸点を明らかにすることができるのみならず、儀礼の背後に見える思想の分析を通じて神性と人間のあり方に関するインド的心性の様相の発展について新たな知見を得ることが期待される。

永ノ尾信悟 小倉 泰 引田弘道 森 雅秀

多言語共存環境における文字コードと照合(collation)系についての研究(豊島正之)(所員6名、共同研究員3名)

 アジアの複数の言語・表記系の混在する環境で、多言語共存電子メール・wwwページ等を正しく表示し、多言語対照テキストデータベース、対訳辞書などを編纂・検索するためには、文字コードを曖昧さ無く運用し、それに基づく文字列操作(string manipulation)・文字列照合(collation)を行う事は、必須の要素である。
 にも拘らず、現状の国際文字コード(符号化文字集合)とそれに基づく計算機システムでは、これらアジアの諸言語の文字列操作・照合に対する配慮が十分でなく、提案されている諸システムも、安定的な運用を行うには不十分で、現に、現行のUnicode・ISO/IEC 10646-1に基づく安定運用が行われているシステムは見出し難い。
 本プロジェクトでは、こうした現状を打開し、新たに、将来にわたっての安定運用が可能な国際的な提案を行うために、下記の4点について、現状の問題の明確化と、それに対する対案を提案する為の基礎的研究を行う。
 1.アジアの複数の言語・表記系(例:タイ、カンボジア、ウルドゥー、ドラビダ、ペルシャ、デーバナーガリー、漢字)が共存する環境で、曖昧さ無く運用可能な文字コード(符号化文字集合)の策定、及びその運用方法の策定。
 2.文字列データに対する基本的な操作(manipulation)の定義。即ち、文字列に対する基本的な操作である文字検索、「ー文字」の削除・追加などに就ての、実装方法を考慮した定義。
 3.複数の言語・表記系が共存する環境での、文化的に正統な文字列の整列(sorting)・照合(collation)の方法。
 4.文字列出力(presentation forms)。

太田昌孝 芝野耕司 安岡孝一

「中華」に関する意識と実践の人類学的研究(三尾裕子)(所員3名、共同研究員14名)

「中華」に関する意識と実践の人類学的研究  近代以前の中国周辺地域は、中華文明を長く理想型と見なし、それを積極的に取り込むことにより、自らの文化の正統性を確保してきた。しかし、近代以降は、この地域の諸国家では国境が確定され、国家建設のために西欧近代をモデルとしたイデオロギー(共産主義を含めて)を求 心力として国民を各国の中心へ引きつけるという動きが見られた。ところが、近年では、これらの国々は、急速な経済発展を遂げて政治経済的に自信をつけ初めおり、いわば「一枚岩の国民」を作り上げるイデオロギーにこだわる必要もなくなり、民主化、対外交流、多様性の容認等といった現象が見られるようになった。   他方、中国も対外閉鎖路線から開放政策へと転換を図ることで、経済発展の道を歩み始めており、地方の主体性を容認して、対外交流を積極的に押し進めるようになってきた。このような中国側及び周辺諸国側双方の変化は、両地域の経済及び文化の側面での相互交流を促進し、両地域の伝統文化の変容、民俗文化の再創造といったプロセスが進行しつつある。さらに、このことは、中国国内の周辺部とそれに歴史文化的につながりのある周辺諸地域との間の新たなネットワーク形成、経済・文化圏形成にも繋がってきており、かつての周辺地域を新たな中心とする、中心周縁関係が生み出されつつある。 以上のことから、本共同研究では、昨今の経済発展の中での各地域における民俗文化の再編成・再創造のプロセスを明らかにし、従来の国家の枠組みを解体・再構成するような社会・文化の創造の可能性に関して新しい視点を提起していくことを目的としている。本研究は三年計画を予定しているが、初年度では、特、香港と台湾を中心にとりあげ、他の諸地域及び中国本土との比較を試みる。二年度と三年度は、対象地域を広げ、雲南及び中国と東南アジアの国境地域、チベット、中国西北部、モンゴル、韓国、ベトナムなど、もしくはかつて歴史的に中国と朝貢関係にあった東南アジア諸地域等へ重点を移していきたい。

植野弘子 小熊 誠 笠原政治 川崎有三 韓  敏 佐々木衛 清水 純 秦 兆雄 末成道雄 瀬川昌久 聶 莉莉 西澤治彦 秀村研二 堀江俊一

インド洋海域世界に関する基礎的研究(深澤秀夫)(所員5名、共同研究員11名)

 16世紀以降の近代世界システム成立以前に存在した、多様な人びとが共有する活動や交流の空間の中で最も広範囲なもののひとつが、「インド洋海域世界」である。紀元前数世紀に姿をあらわし、8世紀から16世紀にかけ、インド亜大陸をはさんでアラビアから東アフリカ地域と東南アジア地域とを交易と人の移動によって不断に結びつけていたのがインド洋海域世界であり、この海域世界の存在とダイナミズムが、その当時とその後のインド洋に位置する陸世界の歴史や国家また社会や文化のあり方に多大な影響を及ぼしたことが近年次第に認識されている。さらに、欧米による近代世界システムによってインド洋海域世界が包摂され、その結果主権国家や領域国家によって陸上はおろか海上まで分断された後も、インド洋海域における人と物の行き来や交通が停止したわけではなく、むしろ欧米の行った奴隷交易・契約労働移民・植民地化の諸施策は、新たな人の移動を生み出し、インド洋海域のネットワークを拡大させ、人と物との混交をより一層深めたと見なすことができる。このように、「インド洋海域世界」は、様々な言語と文化をもった人びとが2000年の時の経過と共に行き交う中でつくりだした社会と歴史の総体であり、言わば多元性と多層性がその特徴である。本共同研究プロジェクトでは、オセアニア・東南アジア・東アジア・アラビア・東アフリカ・インド洋島◇の各社会および言語・文化・社会・技術・農耕の各分野の専門研究者を集い、「インド洋海域世界」という視点の許にこの多元性と多層性にアプローチしてゆく可能性について討議してゆくことを、当初三年間の目標として設定している。

秋道智弥 飯田 卓 内堀基光 川床睦夫 崎山 理 杉本星子 田中耕司 富永智津子 花渕誓也 松浦 章 森山 工

独立インドの政治とカースト−州レベルでの研究を中心に−(内藤雅雄)(所員2名、共同研究員13名)

 インドは間もなく独立後半世紀を迎える。その間インド政治の重要な問題の一つが連邦(中央政府)・州関係であったが、憲法の連邦制規定にもかかわらず、実際は中央集権的体制の下に州政治は多大な制約を受けてきた。しかし近年、かつて一党独裁と形容された国民会議派の組織力は脆弱化し、連立政権体制が不可避の現実となっている。今や連邦制のあり方、州政治の意味・役割に関する新たな検討が重要な研究課題である。
 本研究は、こうしたインドの州政治状況の変化と実態を、カースト諸関係を一つの手がかりとして考察する。州政治を動かす要因は様々であるが、重要な鍵がカーストである点は今日なお否定できない。「政治のカースト化」「カーストの政治化」という現象はますます顕著である。一方、従来のインド州政治研究が扱った各州のカースト状況にも大きな変化が起こっている。特に1980年代以降の「下層階級(カースト)=OBC」をめぐる「留保問題」、指定カーストに基盤を置くバフジャン・サマージ党の台頭等々、多くの新しい現象が見られる。
 主要な作業は、各州のカースト間の諸関係を明らかにし、特定のカーストの政治的結集や複数カースト間の政治的提携、あるいは離反・対立をもたらす諸要因を検討することである。様々なレベルの選挙でのカースト票の流れだけでなく、インド特有の社会区分と言われるカーストと政治のつなぎ目を州別に具体的に探る。選挙や政治活動によって出来上がったカースト関係(「政治化したカースト」)が、社会生活上のカースト関係にどうフィード・バックしていくかという観点も必要であろう。本研究の中心テーマは政治であるが、より深い考察を目指し、政治・歴史・経済及び文化人類学の分野の研究者を含む研究態勢で進める。

粟屋利江 井坂理穂 井上恭子 押川文子 近藤則夫 佐藤 宏 篠田 隆 杉山圭以子 関根康正 長谷安朗 堀本武功 山田桂子 脇村孝平

東南アジアにとって20世紀とは何か(根本 敬)(所員6名、共同研究員16名)

(1)20世紀の東南アジア史を概観するという時系列的な問題意識ではなく、東南アジアの歴史に「20世紀という時代」がもたらした変容を問題にし、それに基づいて東南アジア史の側から見た「20世紀」の統括を試みるものとする。
(2)その際の重要項目として、「ナショナリズムと国民国家の形成」「近代思想と伝統思想の葛藤」「国民経済の成立と展開およびグローバリゼーションの影響」「民衆生活の変容」の4点を設定し、それぞれについて東南アジア各国の様相を比較の視点を重視しながら議論していく。
(3)東南アジアの歴史を扱うため、プロジェクト参加者は前近代史を含む歴史研究者を中心とするが、そのほかにも東南アジアをフィールドとし、かつ現地の言語と文化に通じている政治学者、人類学者、経済学者、文学研究者にも参加を要請する。
(4)研究会においては基本報告とコメンテイターによる議論を核としつつ、できる限り議論に時間をかけ、かつ毎回の記録を作成して次の回までにメンバー全員に配布する。
(5)3年計画のプロジェクトとする。

石井和子 奥平龍二 押川典昭 川島 緑 菊池陽子 小泉順子 斎藤照子 嶋尾 稔 末広 昭 鈴木恒之 土佐桂子 中野 聡 弘末雅士 福島真人 古田元夫 村嶋英治
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その他のプロジェクト

言語研修(梶 茂樹)(所員15名、共同研究員7名)

 言語研修委員会は、その分野に精通する研究者によって構成され、アジア・アフリカの言語に習熟し、実際的に役立つ能力を高める最も効果的な方法を検討することを目指しています。
 短期集中言語研修の目標は、
 1)口語及び書き言葉の能力をつける。
 2)言語の科学的研究と実際的応用の訓練の提供。
 3)大学院相当の学生に野外調査を実施するための手段としての言語習得の援助。
 専門委員会が年2回、専門委員・共同研究員合同会議が年1回開催され、研修言語の選定、教授法、開催時期・期間、実施方法、評価等について討論します。

大坪一夫、栗林 均 長野泰彦 松田みか 森安孝夫 山田桂子 吉川武時

情報資源利用研究センター

  1. 設置目的

    東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所情報資源利用研究センター(Information Resources Center / TUFS, 略称 irc-TUFS)は、アジア・アフリカの言語文化に関する情報資源の蓄積・加工・公開と、それを活用した共同研究手法の開発・国学術交流の推進を目的として、10年の時限で、平成9(1997)年度に設置されたものです。

  2. 研究所とセンター

    本研究所は、従来から、アジア・アフリカの諸言語のデータをコンピュータ化し、それぞれの言語の音韻論的・統語論的・語彙論分析を行うと共に、歴史学的・民族学的・社会学的研究等、他目的な用途に供するデータベースの充実を図って来ました。このデータベースは、本研究所の最も重要の事業の一つである、アジア・アフリカの諸言語の辞典・文典の編纂の基礎資料を提供し、且つ、全国の研究者の共同利用に供されています。言語データとしては、ベンガル語、中国語、朝鮮語、ハウサ語、フラ語、ヨルバ語、ヒンディー語、クメール語、アラビア語、ペルシア語、スワヒリ語、タイ語、チベット語、満州語等が蓄積されつつあり、これと並行して、デーヴァナーガリー、ビルマ、ベンガル、タイ、クメール、チベット、アラビア、ハングル、モンゴル、西夏などのプリントアウト用文字フォントが作成され、利用に供されて来ました。

  3. 今後10年の活動

    センターは、上記のようなこれまでの研究所の活動を基礎に、今後10年間で、下記の点で、理論・技術の整備・洗練を行う事を目指しています。

    1. アジア・アフリカの言語文化に関するコンテンツ公開の場として 所内には、上記のような言語データだけでなく、アジア・アフリカの言語文化に関する多様な資料(パンフレット、ポスター、フィルム、8ミリ、ビデオ、録音テープ等)が多量に所蔵されています。このデータの所内・所外での利用は必ずしも容易ではなく、公開に向けた整備が緊要です。
    2. 国際的共同研究の場としてデータベースを国際的に公開・共有し、それに基づく研究支援の環境を作り、国際的共同研究の効率化と内容の充実を図る事を目指しています。
    3. コンテンツ蓄積・交換に関する基礎理論の整備母体として通時的文字論を考慮した文字コード(符号化文字集合)論、多言語処理論、多表記系(スクリプト)の照合(collation)・整形・組版基礎理論等、従来、理論的な整備が殆ど無い分野を理論化する事は、急務と言えます。又、多表記系(スクリプト)混在での input methods、整形・組版結果の交換プロトコル等、まだ仕様自体が不安定な分野の仕様の洗練、又、画像・動画・音声抽象検索などのマルチメディア系でのinput methodsとインタフェースにも、今後積極的に関与して行く予定です。

  4. デジタル言語文化館

    センターの研究活動の成果は、世界に向けて開かれていなければ無意味です。このため、センターは、「デジタル言語文化館」を構想しています。「デジタル言語文化館」は、当面は www (HTTP)で訪問・利用出来る形で提供されますが、媒体には拘束されません。
    「デジタル言語文化館」は、単なるコンテンツの羅列ではなく、その加工技術・呈示技術とその背景の理論化自体もコンテンツとなる点が特徴であり、蒐集展示と、蒐集資料・技術の工具利用の両方が行える所が、従来のデジタルライブラリ(電子図書館)発想を包含しつつ、それを越える点です。

  5. 技術と研究の相互発展

    センターは、望まれる技術の要求仕様を策定するのであって、技術自体を開発する場ではありません。望まれる技術とは、新しい技術の呈示によって技術への需要自体を呼び起こし、その結果、新たな研究工具を提供する事で研究開拓のきっかけとなるような技術であり、即ち、今は「技術的制約によって無理」と諦められ、研究分野自体が研究として認識されていないものを、明らかにするような技術を指します。
    研究者の主体的発想による技術仕様の策定は、本センターのように、言語・歴史・民俗・情報の各分野の専門研究者を擁し、技術と研究の相互刺戟を主眼として研究を進める専門機関によって、初めて生れ得る成果と言えましょう。

国際学術交流

外国人研究者の招聘 

本研究所は、国際的な学術交流・共同研究を推進するために、外国からアジア・アフリカの言語文化の専門家を外国人研究者として受け入れ、研究の便宜を供与しています。比較言語文化論研究部門ならびに言語文化情報研究部門の情報開発分野は、外国人研究者を客員として受け入れるためのポストです。このほか日本学術振興会や国際交流基金の招聘計画などで来日する外国人研究者を、随時受け入れています。この3年間に外国から受け入れた研究者は以下のとおりです。

1994
M.G.S Narayanan       インド     歴史学
Chob Kacha-ananda      タイ      文化人類学、民族学(タイの山地民族、特にヤオ族について)
Daniel Joseph Mkude     タンザニア   言語学(一般言語学、スワヒリ語学)
Bando Bhimaji Rajapurohit  インド     言語学、音声学
Ram Adhar Singh       インド     比較言語学(インド・アーリア諸語)、辞書編纂学
Lydia N. Yu-Jose       フィリピン   国際関係論
Askari Pashai        イラン     政治学、教育学
1995
Doan Thien Thuat       ベトナム    言語学
◇紹             中国      文化人類学
Austin Peter Kennet     オーストラリア 言語学
Annamalai Elayaperuma    インド     言語学
Wazir Jahan Karim      マレーシア   社会人類学
Haryo Suhardi Martodirdjo  インドネシア  社会人類学
Akhundov Agamusa       アゼルバイジャン 言語学
Trias i valls Maria Angels  スペイン    社会人類学
1996
方素梅            中国      中国少数民族史
Trias i valls Maria Angels  スペイン    社会人類学
李範             中国      言語学(西夏語)
Sudhir Chandra        インド     思想史
ALDO TOLLINI         イタリア    言語学
林美容            台湾      文化人類学、台湾・中国・シンガポール研究
Moeljarto Tjokrowinoto    インドネシア  開発理論・開発政策論
Evelyn Tan Cullama      フィリピン   フィリピン学・国際関係史
Vladimir Leonidovich Uspenskyロシア連邦   内陸アジア史・文献学
Didier Domolin        ベルギー    言語学・民族音楽学
Elena Nikolaevna Uspenskaya ロシア連邦   文化人類学・南アジア研究
Tsedendambyn Batbayar    モンゴル    国際関係論・歴史学
Sumru Ozsoy         トルコ共和国  言語学
1997
Geetanjali Pandey      インド     現代インド史・ヒンディー文学
藤村 靖           日本      音声科学

外国研究機関との共同研究

 本研究所は、かねてより海外の研究機関と研究資料・情報の交換、研究員の相互交流、共同研究調査の実施等を通じ学問上の国際協力を進めてきましたが、最近はさらにこれらの機関のいくつかと正式に学術協定を結び、国際協力の一層の充実をはかろうとしています。
 これまでに学術協定を結んだ研究機関名と締結年および共同で実施した事業等は、以下の通りです。

{外国機関名(略号),締結年,国名}

国立科学技術研究機構(ONAREST)1978年  カメルーン

   (現・高等教育・情報科学・科学研究省(MESIRES))
1969年から1976年の文部省科学研究費補助金による現地調査「アフリカ部族社会の比較調査」(研究代表者・富川盛道教授)におけるカメルーンとの共同研究にさいして、双方において、研究協力協定の必要性が認識され、1978年9月、カメルーン国立科学技術研究機構の人文科学研究所所長、Samuel Ndoumbe-Manga氏をまねき、本研究所において協定が締結された。
 協定締結後の共同研究、所員の現地における共同研究(1980-81,82,84,86):カメルーン研究者の現地調査参加(1982,84,86,87,89,90,91):本研究所におけるカメルーン研究者の成果刊行、単行本8冊(African Languages and Ethnographyシリーズ)、論文1点(Sudan Sahel Studies)。

インド諸語中央研究所(CIIL)1987年  インド


 CIIL所長本研究所訪問(1983)、副所長来訪(1985)、所員来所、共同研究(1984-85,1991-92):本研究所所員CIIL訪問(1982,87,88,89,91,92):共同研究プロジェクト「南アジア諸言語の研究とそのデータベースの作成」を実施、共同研究年次報告書発行(1990,91,92)。

インド統計研究所(ISI)1987年  インド


 ISI特別客員研究員本研究所来所、共同研究(1985-86)、経済研究部長来訪(1988):本研究所所員ISI訪問(1987,88,89,90,91):共同研究プロジェクト「電算機補助によるラビンドラナート・タゴールの言語の分析的研究」を実施中(1987- ):電算資料シリーズ3冊発行(1987,88,90)。

チベット言語文化研究所(LCAT)1988年  フランス


 敦◇の古代チベット語文献のデータベース化をおこなっているが、その一部のKWIC索引は、Choix de Documents Tibetains a la Bibliotheque Nationale III Corpus Syllabiqueとして、フランス国立図書館から1990年に出版された。

人文科学研究所(ISH)1990年  マリ


 文部省科学研究費補助金による現地調査「ニジェール川大湾曲部諸文化の生態学的基盤および共生関係の文化人類学的研究」を継続的に実施し、その成果をBoucle du Niger: Approches multidisciplinaires Vol.1.(1988), Vol.2.(1990), Vol.3.(1992)として刊行した。

農業計画・経済研究センター(CAPES)1996年  イラン


 国際学術研究{イスラム圏における人間移動と共生システムに関する調査研究」の実施を契機に、将来幅広くイラン文化と日本文化に関する共同研究プロジェクトを組織する目的で研究協力協定が締結された。両研究機関の共同研究員に、研究員と同等の便宜と援助を行うことになっている。

国際学術研究

 本研究所は、その性格上、アジア・アフリカの現地調査をおこなうことも、重要な研究課題の一つにしています。過去5年間に、文部省科学研究費補助金(国際学術研究)で、本研究所員が組織した研究は以下のとおりです。
1)ニジェール川大湾曲部諸文化の生態学的基盤および共生関係の文化人類学的研究 1992年, 1993年(川田順造)
2)中国周辺部における言語接触と社会文化変容ー漢族文化と非漢族文化との相互関係ー  1992年(中嶋幹起)
3)電算機補助による南アジア諸言語の研究  1992年(奈良 毅)
4)多民族国家マレーシアにおける「共同体」の総合的研究  1992年(宮崎恒二)
5)アフリカにおける伝統都市の社会変化の比較調査  1993年, 1994年(日野舜也)
6)電算機補助による南アジア諸言語の比較・対照研究  1993年, 1994年(奈良 毅)
7)アフリカにおける「音文化」の比較研究  1994年, 1995年, 1996年(川田順造)
8)東アジアにおける情報伝達と人間移動ー南北の比較研究ー  1994年, 1995年, 1996年(中嶋幹起)
9)南部アフリカ地域の諸言語の言語学的記述・比較研究  1994年, 1995年, 1996年(加賀谷良平)
10)イスラム圏における人間移動と共生システムに関する調査研究  1994年, 1995年, 1996年(家島彦一)
11) アラブ遊牧民の移動と環境適応メカニズムの研究ー「水」が創る文化と社会ー  1995年(西尾哲夫)
12) シャン文化圏における言語学的・文化人類学的調査  1996年(新谷忠彦)
13) 南インド・タミル地域の社会経済変化に関する歴史的研究  1997年(水島 司)
14) インド諸言語のための機械可読辞書とパーザの開発  1997年(ペーリ・バースカララーオ)

 なお、このほか各種財団の助成金による海外学術調査も組織されています。「海上ルートを通じての東西の文化的・経済的交流ーインド洋周辺の港市遺跡の調査ー」(研究代表者・家島彦一、1984-85)、「フィリピン・フォークカトリシズムの歴史人類学的研究」(研究代表者・池端雪浦、1984-87)などがその一部です。

「国際学術研究に関する総合調査研究」(通称「国際学術研究総括班」)の活動

 このほかに文部省科学研究費補助金(国際学術研究)を受けている「総括班」は、本研究所所長を代表者とし、他の様々な機関に所属する研究者によって組織され、本研究所に事務局をおいて、科学研究費(国際学術研究)にかかわる研究者・研究組織相互間、および研究者側と文部省の間の情報交換、連絡調整などの活動をおこなっています。活動の主なものとしては、科研費(国際学術研究)海外に派遣される研究組織の代表者を集めて情報交換をおこなう「研究連絡会」の開催や国際情勢に即応した研究調査を可能にするための「学術研究体制調査のための海外派遣」および『海外学術調査ニュースレター』(年3回)の出版があります。

長期研究者派遣

 アジア・アフリカの言語文化の研究にとって、各地域で話されているさまざまな言語の習得が必須であることは言うまでもありません。本研究所では助手等の若い研究者をそれぞれ2年の期間、アジア・アフリカの諸国に派遣しています。この現地投入は、言語を自由に話し、あるいは読み、書く能力を獲得するだけでなく、長期間現地の生活にとけこむことによって、その地域の文化や歴史の研究に対する幅広い視点を身につけることを目的としています。この計画は1967年から実施され、現在までに合計30名が派遣されました。

1967年ー1969年 石垣幸雄(エチオピア)、守野庸雄(タンザニア)
1969年ー1971年 松下周二(ナイジェリア)、家島彦一(アラブ連合)
1971年ー1973年 内藤雅雄(インド)、中野暁雄(モロッコ、南イエメン)
1973年ー1975年 福井勝義(ソマリア)、中嶋幹起(香港)
1975年ー1977年 加賀谷良平(ボツワナ)、湯川恭敏(タンザニア、ザイール)
1977年ー1979年 石井 ◇(ネパール)、藪 司郎(ビルマ)
1979年ー1981年 羽田亨一(イラン、トルコ)、清水宏祐(アラブ連合、イラン、トルコ)
1981年ー1983年 山本勇次(ネパール)、新谷忠彦(ニューカレドニア)
1983年ー1985年 辻 伸久(中国、香港)、水島 司(インド)
1985年ー1987年 中見立夫(中国、モンゴル)、梶 茂樹(ザイール、ケニア、ザンビア)
1987年ー1989年 松村一登(フィンランド、ソ連)、宮崎恒二(オランダ、インドネシア)
1989年ー1991年 林  徹(中国、トルコ)、栗本英世(エチオピア、ケニア)
1991年ー1993年 栗原浩英(ベトナム、ロシア)、峰岸真琴(インド)
1993年ー1995年 新免 康(中国、独立国家共同体、イギリス)、根本 敬(イギリス、タイ)
1995年ー1997年 飯塚正人(エジプト、イギリス)、黒木英充(シリア、フランス)

短期共同研究員(公募)

 1978年度より、共同研究プロジェクトとは別に、本研究所において一定期間(2週間以上2ヶ月以内)研究をおこなう共同研究員を公募しています。

大学院地域文化研究科博士後期課程

 東京外国語大学では、多元化した言語・文化・歴史・政治・経済などを統合し、かつ深く掘り下げうる教育者・研究者の育成という学術的な要請と、国際交流の高度化・複雑化に伴う高度な知識を有する国際的な人材や専門職員の需要に応ずるために、言語教育と地域研究をより高度に発達させた大学院地域文化研究科博士後期課程を平成4年度より設置しました。本研究所では教育体制のこうした発展に協力すべく、本研究所に大学院委員会を設置し、15名(平成9年度)の教官が参加し、言語学・民族学・文化人類学・歴史学などの分野における学生を受け入れ、教育活動に従事することとなりました。

研究生

 大学卒業かそれと同等以上の学力がある者が研究所で研究に従事することを希望するときは、審査の上研究生として入所を許可します。
 研究生は入所料及び研究料を納付し、指定の教官の指導を受けます。
街中を通って、死者を埋葬する山へと向かう葬列。近年、韓国、特に都市部では、死者を埋葬地まで運ぶのにバス・自動車等の輸送手段を用いることが多くなっているが、このように昔ながらに葬列を組んで人力で運ぶこともある。1993年9月8日、韓国全羅北道南原市広寒楼脇にて写す。(本田 洋)

言語研修

 本研究所では、アジア・アフリカ地域の言語の修得のために、本研究所員を中心にその言語を母国とする人、および日本人研究者を講師として、毎年夏、言語研修を開講しています。開講する言語の数は、東京会場が2言語、関西会場が1言語、研修期間は150時間です。最近、言語研修を実施した言語は、次の通りです。(1997年実施決定を含む)

 

研修言語名(修了者数)

年度   東京会場 関西会場
1980 ネパール語(14), モンゴル語(14) ベトナム語(5)
1981 ヒンディー語(8), パシュトー語(10) 中国語中級(26)
1982 アラビア語エジプト方言(12), ハンガリー語(17) フルフルデ語(12)
1983 チベット語(12), フィンランド語(21) パンジャーブ語(8)
1984 ピリピノ語(タガログ語)(12), ヨルバ語(3) トルコ語(15)
1985 朝鮮語(14), カンボジア語(10) スワヒリ語(8)
1986 西南官話(5), タミル語(12) ベンガル語(8)
1987 中原官話(10), タイ語(19) シンハラ語(8)
1988 ペルシャ語(10), トルコ語(16) インドネシア語(6)
1989 ベンガル語(20), ベトナム語(9) アラビア語エジプト方言(15)
1990 朝鮮語(11), インドネシア語(11) ペルシャ語(14)
1991 エストニア語(12), ビルマ語(15) 中国語(13)
1992 ネパール語(12), アラビア語エジプト方言(15) フィリピノ語(12)
1993 朝鮮語(17), グルジア語(17) モンゴル語(17)
1994 ウォロフ語(9), ヒンディー語(11) トルコ語(22)
1995 アムハラ語(5), チベット語(25) 上海語(12)
1996 タイ語(14), 現代ヘブライ語(12) ヨルバ語(7)
1997 テルグ語( ), モンゴル語( ) ハンガリー語( )

 研修生(各言語約10名)は、大学など研究機関を通じて全国から公募します。受講を認められた者は入所料、受講料を納付することになります。また、課程を修了した人には審査のうえ修了書が授与されます。
 上記の研修事業と関連して、より効果的で充実した研修方法を開発するための研究の一環として、科学研究費補助金による支援を受けつつ、言語研修において自動学習機器に合わせて機械化しうる部分をプログラム(CAI)化するための研究を実施しています。この研究によって開発した「CAIプログラム」は、研修コースのなかで補助教材として活用することが期待されるばかりでなく、必要に応じて希望する言語の学習をすすんで個人的に受講できるよう設営し、増大し、多様化する社会要請に応えうるようにすることを目指すものです。

施設

電算機室

 本研究所の電算機室では、1978年にメインフレーム・コンピュータを導入して以来、何代かの世代交代を経て、現在はHITACM-640システムが主機となっています。このシステムは、アジア・アフリカの言語を対象にした自然言語処理の目的に沿って、構成されています。たとえば、非ラテン・非漢字系の文字体系を扱うための文字フォントの作成、これらの文字フォントが利用できるエディタによるテキスト入力、画面表示・印刷のための出力、などの処理が可能です。また、ユーザーの研究目的に応じて、インデックスの作成や辞典編纂、データベースの編成、テキスト分析などのための各種ユーティリティー・ソフトウェアが準備されています。

情報資源利用研究センター

 現在は、1997年4月より本研究所に情報資源利用研究センターが設置されたことにより、コンピュータ処理の対象が、従来のテキスト中心から、音声・静止画・動画をも含んだマルチメディアに移行しつつあります。センターの目的の一つは、研究成果の公開の促進や新しい研究手法の開発の基盤整備のために、アジア・アフリカの言語文化に関する情報資源を有機的に統合し構築することです。そして、構築された情報資源をインターネットなどのネットワーク環境で、外部に公開することを目指しています。この目的のために、高性能ワークステーションの導入や、大容量のデータを加工・保存・管理できるハードウェア・ソフトウェアの導入を積極的に進めています。

図書室

 日本における唯一の、大学付置の人文科学系共同利用研究所である本研究所は、アジア・アフリカ諸地域の言語文化に関する研究に必要な基礎資料を、1964年の(昭和39)創設以来収集してきました。
 この間、民族の独立、対象地域の複合化、研究手段の高度化等、当該地域に関する研究の諸条件の変化は、近年とみに著しい。この現況を考慮しつつ、内外の研究機関、大学等より参集する共同研究員等の需要に応えるため、多様な資料を収集しています。
 また、海外研究機関(約50数ヶ国、220数機関)との寄贈・交換による資料をも継続的に収集しています。
 1997年(平成9年)3月末現在、蔵書(備品資料)の総数は、87,987冊、マイクロフィルム・9,323リール、マイクロフィッシュ・28,584シート、雑誌は、約1,600タイトルです。
 蔵書のなかには、アジア・アフリカ等諸地域の教科書をはじめ、世界各国語の聖書、イランの主要新聞(19世紀末〜1970年のマイクロフィルム:65種)、ベンガル語文芸雑誌(19世紀創刊:5種)のほか、オスマン語劇場ポスター、ナポレオン「エジプト誌:第2版」、19世紀「カイロ石版画集」、晩清(中国)製糖画集、トリピタカ(カンボジア語版・南伝大蔵経)等々、他の研究機関には見られない貴重な資料が所蔵されています。
 また外国雑誌の収集には、特に留意し、欠号補充等の努力を続けています。
 なお、本研究所には現在、下記5種の文庫があります。

@山本文庫:1967年(昭和42)受入
 著名な満洲語学者、故山本謙吾氏(1920〜1965)の個人蔵書で、満洲語・ツングース語関係の諸文献を中心に言語学・音声学・アルタイ語学等に関する諸文献(和・洋書計598冊)を含む。

A浅井文庫:1970年(昭和45)受入
 著名なオーストロアジア言語学者、故浅井恵倫氏(1895〜1969)の蔵書。アジア・アフリカ諸言語の研究書・辞典類・雑誌等(和・洋書計870冊)をはじめ、高砂族関係の貴重な言語資料、ニューギニアの民族写真その他(アルバム、ノート、原稿、書簡、直筆辞書、単語カード、未発表の高砂族伝説集索引カード等)を含む。

B小林文庫:1976年(昭和51)受入
 著名なモンゴル史研究者である故小林高四郎氏(1905〜1987)の個人蔵書で、モンゴル民族の生活と習俗に関する文献(和・洋書計1,671冊)を含む。

C前嶋文庫:1986年(昭和61)受入
 わが国におけるイスラム研究の創立者の一人である故前嶋信次氏(1903〜1983)の個人蔵書のうち、和漢書1,272 冊を受け入れたもの。イスラム関係のみならず、東洋史、東西交渉史、旅行記などを含む。

D王文庫:1993年(平成5)受入
 著名な台湾言語学者、故王育徳博士(1924〜1985)の個人蔵書で、台湾の言語学、文学、歴史、政治関係の諸文献を中心にしたコレクションである。歌仔戯、1950年代から1980年代にかけて日本で展開された台湾独立運動家が発行した雑誌やパンフレット、台湾で発行された党外雑誌や王博士の手稿など貴重なものを多数含む。(和・中・洋書等計3,163点)。

音声学実験室

 音声学実験室には、音声言語の性質・特徴や発話の調音状態を観察し記録するために次のような機械が用意されています。
 パーソナルコンピュータを用いた音声分析プログラムでは、音声の各時点ごとの構成周波数の変化や強さを濃淡模様で表示するスペクトログラフや基本周波数の抽出ができます。スペクトログラムでは、従来の機械式のそれと同様に、用途に応じてワイド・バンド、ナロウ・バンド、セクション、音圧の表示ができるうえに、基本周波数を連続的にプロットして表示することもできます。基本周波数測定は、測定したい範囲を音声派形上に指定してもできますが、スペクトログラム上の範囲指定もできますので、基本周波数と音節との対応が容易になります。もちろん、各時点ごとの測定値も表示できます。画面の時間表示も自由に変えることができますので、数文にわたるピッチ変化のようなデータも、また音節内のピッチ変化のような詳細な測定を要するようなデータも画面に表示できます。1サンプルの最大録音時間はサンプリング周波数やコンピュータのメモリーによって異なりますが、現在のシステムでは10kHzを上限とする測定(20kHzサンプリング)のためのデータで、最大約10分間可能です。さらに、ある音声データを他の音声データの任意の部分に付加したり、またある音声データからその一部を切り取ったりすることも可能ですし、音声データの特定の部分のみを繰り返し聴取することもできます。
 エレクトロ・パラトグラフは、舌の調音運動を観察し記録するための機器です。32個の微小な電極を埋めこんだ人工口蓋を発話者の口蓋にはめて、各時点ごとの電極と舌との接触状態を、前面パネルに口蓋状に配列したランプの点滅で示してくれます。もちろん、この点滅表示を特殊用紙に記録することもできます。
 このほかに、ビデオテープ編集機やカセットテープを高速に複製するテープ・デュプリケーターが、フィールド調査で録音されたテープの複製作成や言語研修用テープの作成のために用意されています。また、良好な条件での発話資料を録音するために、防音室や各種のテープレコーダーも用意されています。
 附属施設の音声・言語研修資料室には、フィールド調査で収集された世界の珍しい言語や貴重な民話、民族音楽などのテープやレコードをはじめ、これまでの言語研修テキストのテープ、アジア・アフリカ地域の諸言語の語学テープとレコードが整理・保管されていて、研究者の利用の便を計っています。
 さらに、アジア・アフリカ地域のマルチ・データベースの作成が予定されています。これは、アジア・アフリカ地域の言語文化情報を、映像情報・音声情報・文字情報で提供するデータベースです。例えば、「スワヒリ語での挨拶は?」と尋ねると、音声と文字による挨拶語とその説明に加え、挨拶時の仕草、表情、情感などを表した映像も同時に提供されます。

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