共同研究プロジェクト『東南アジアにおける人の移動と文化の創造』

平成8年度第5回研究会

1997325日(火) AA研大会議室

 

「移民の社会学:transnationalismの視点から」

小瀬木えりの(学振特別研究員、京都大学東南アジア研究センター)

 

 1960年代以降国際労働市場のグローバル化が進み、文化的・地理的境界や国境を越えて移動し、他の社会に経済的・社会的ニッチを見いだし、生活拠点を形成する人々の存在が注目されるようになってきた。最近ではこのような人々をtransmigrant transnational migrantsなどと呼び、その活動圏を明らかにしようとする比較研究が進んでいる。こうした研究の新しさは、人の移動を、単に一過性のものとか、一つの社会から別の社会へと究極的に所属を変更する際の過渡的現象として軽視せず、過渡的と見なされがちな移行段階に生涯を通じて、または数世代にわたってとどまる人々の、多重的(multiple)社会帰属・価値・アイデンティティの諸問題を明らかにし、その姿をモデル化しようとする点にある。

 従来あまり重視されなかった移動者の存在が積極的にとりあげられるようになった背景には、テクノロジーの進歩による移動・交通手段の発達、地球規模での情報化の進展がある。出身地と移動先の往復・連絡が容易になったために、数十年に一度しか帰郷できなかった移民が頻繁に故郷を訪れるようになり、定住化せざるを得なかった移民が出稼ぎ段階に留まるなど、全体に出身社会との紐帯の維持が容易になり、それが移動者の複数社会への同時的関与への可能性を高めている。

 複数の社会に生活拠点を築き、それらとの係わりに利害を見いだす移動者の生き方は、単一の国家への究極的な帰属を理念にもつナショナリズム・イデオロギーと抵触し、様々な葛藤を生み出す。また、現在進行中の大規模な女性の出稼ぎ参加は、内外の賃金格差から女性の経済力を飛躍的に伸ばし、出身社会のジェンダーにもインパクトを与えている。 (小瀬木えりの)

 

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