平成8年度 『東南アジアにおける人の移動と文化の創造』第2回研究会報告

日時:1996年9月27日(金)

場所:AA研大会議室 

1. 鈴木伸隆(筑波大学)「フィリピン低地イロンゴ社会における<ハロイ・クラン>の生成」

 イロイロ州のカバトゥアンにおける調査から、「双系社会」と総称されるフィリピンにおいて、核家族を超えた祖先中心的な親族集団が結成さている事実を捉えた事例研究である。フィリピンでは、いわゆる眷属はごく一部のエリート集団にのみ存在することが指摘されてきた。しかし、カバトゥアンにおいて「クラン」と呼ばれる集団は、1980年代に組織され、「会」としての規約を有するなど、任意集団的な色彩が濃いものの、政治運動とは直接関わりない形の、祖先と姓の共有を基盤とした、土地との結びつきの強い集団である点に注目し、発表者はこれを「フィリピン双系社会における社会集団の発生と消滅を繰り返す内的なメカニズム」の発現と位置づける。さらに、そのような集団が発現した背後に、国民意識の形成と連動した民俗的な意識の活性化、そして人の移動による、<場>を媒介としたアイデンティティへの希求が見られる、としている。
  この発表に対し、「クラン」というモデルの由来、事例の一般性に関する質問が発せられた。また、「国民意識よりも海外への拡散・移住との関連が強い」、「縁故作りという実利的な側面が強調されるべきである」、「親族論として論じるためには世代深度を経る必要がある」などのコメントが寄せられ、出稼ぎによって故地という概念が意識されるようになった事例も紹介された。
  一般に東南アジアは「双系社会」として安易に一括されることが多いのであるが、たとえば単系制も現に存在しているのであり、様々な出自観の混在を前提として、用語の是非はともかく萌芽や残滓形態の発掘は有意義な議論を生み出しうる。しかし、ある現象がどの程度の持続性を持つか、という点には常に留意する必要があろう。コメントにもあったように、移住・拡散における実利性と象徴性(求心性)は、さらなる展開の可能性を含んだテーマである。(文責:宮崎恒二)
 

2. 床呂郁哉(東京大学)「スールー諸島海洋民の移動と越境」

 漂海民、海上交易民、海賊などとして、伝統的に移動を生活の中に組み込んできたスールー社会の人々の歴史と現在を通して、移動と文化の関係について論じた研究発表である。
 かつての移動分散型の社会が、植民地統治と国民国家の成立によって分断され、さらに定住化が促進しつつある、というのは定説化している。しかし、中でもバジャウの例から見る限り、伝統的な漂海生活は、想像以上に陸地のとつながりを強く持ったものであり、停泊・埋葬の地はアイデンティティのシンボルとなっている。移動範囲も比較的限定されており、むしろ陸地定住化以降の出稼ぎ、交易等の方が移動の距離は長く、規模も大きい。
 国境による分断は、一般に予想される国家秩序への編入ばかりではなく、逆に海賊行為を容易にしたり、価格差を利用した交易・密輸を盛んにする結果をも生んでいる。また二重の国籍やアイデンティティを保有するという自体をも生み出している。
 この発表に対し、バジャウと他の海洋民との関係、陸上民による差別、国家との関係などについての質問が発せられた。また、植民地期における状況、移動単位の変化、マルコス体制下での囲い込み、海洋民としてのスールー社会の特殊性などを考慮すべきだというコメントが寄せられた。
 移動を常態としてきた人々の文化は、ますます増加する人の移動の帰結と何らかの接点を持つことが想定される。しかし、移動が常に定点(陸地)との関係を基軸にしていること、そして、移動を阻むと予想される国境という要因が、むしろ逆に移動を促す誘因となり得るという指摘は、一方で人の移動と定住を不可分のものとしてとらえる必要性を、そして他方で境界の有する両面性を考える必要性を示唆するものである。(文責:宮崎恒二)
 

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