チベット暦6月の行事

文:星実千代

 

 チベット暦の6月は一年中で最も雨の多い時期であるが、それでも降雨量はさほど多いわけではなく、時には干ばつに見舞われることもあるようだ。そんな時農村では、村中共同で管理する灌漑水路の水門を順次開いて、畑に川の水を引き入れる。村役の監視のもとに水は公平に分配されるが、渇水時には、夜間ひそかに水門を開けて自分の畑に水を入れようとする者も出て、深刻な水争いに発展することもある。雨が降らないのは、水の支配者である龍神が病気で雨を降らせる能力を発揮できないからだと一般に信じられているので、水が不足してくると人々は水辺で燻香を焚き、龍神の好物とされる白色の乳菓や甘味類を水中に投じ、龍神を讃える経典を読誦するなどして龍神を励まし、雨乞いをする。また、天候を自在に変える能力をもつとされる呪術師ガンジャンsngags 'chang)の呪力に期待することもある。彼は播種から刈り上げまでに村に雇われ、畑の一隅に建てられた小屋で常に天候を見守っている。日照りが続くと、虚空を睨んで呪文を唱え、黒雲を呼ぶさまざまな仕草をして雨を降らせるという。

 このように水利の問題に頭を痛めながら、畑の除草とワセ種の大麦ネー・カーポnasdkar po)「白麦」のとり入れが終わると、その後をすぐに耕して食用や家畜の飼料用としてかぶの種を播くなど、6月の農村では忙しい日々が続く。この月の主な年中行事はトゥクパ・ツェーシである。

トゥクパ・ツェーシdrug pa tshes bzhi)「6月4日」

 チベット人によると、6月4日は、釈尊が悟りをひらいて後ベナレスで5人の比丘に四諦について説法した記念すべき日であるという。人々は釈尊を偲んでこの日は殺生を極力慎み、善行を積むべく努力する。町では生肉の販売が禁じられ、農村では畑の虫をうっかり殺したりしてしまわないように畑仕事を休む。

 当日はどこの家でも、家族全員が早起きして、まず手と顔を念入りに洗い汚れを払う。その後仏壇を清め、灯明、水、線香などを供えて祈りを捧げる。朝食後、こざっぱりした着物に着替えて山に登る。山中の僧院や修行者の住む洞窟を訪ねて、礼布カターや灯明を供え、お祈りするのである。僧院に親類縁者がいれば、僧房を訪れて持参したパーツァ・マークやマーセンなどをともに食べ、お茶を飲みながら一日よもやま話にふける。

 参拝後、山に自生するざくろの実や色とりどりの花をつんで糸に通し、冠や花輪の形に作って身を飾り、ピクニックを楽しむ者もある。また草の生えたところに、天幕を張ったり色とりどりの布を張りめぐらしたりし、その中で気の合う者同士が酒をくみかわし、歌や踊りに興じる。

 ラサでは家に残った者が、柳の園林に天幕を張り、お酒やお茶、食物などを用意する。そこへ、赤いざくろの実で作られた冠をかぶり、花の輪を腕につけ、緑の葉のついた木の枝を杖に、歌を歌いながら下山してくる人々を迎え、一晩中歌や踊りの宴をくりひろげたりする。

 これらの山遊びや野外の遊宴は、仏教とは直接関係ないものであろう。単なる遊びであるかもしれない。この日、ことさらに登るということや、人々の山に住む神々への根強い信仰などを考え合わせると、仏教以前の、山をめぐる習俗との関連を考えてみる必要があるように思われる。

 

 
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