<インドネシアの民話> 前のお話

ヤシの木ふしぎなつり針

テキスト提供:小澤俊夫さん

 

       
 岬の突端で男がつりをしていた。朝から晩までつっていても魚は針にかからなかった。すっかりくたびれて、男はふぎげんになって立ち上がり「この役立たずのつり針め、おまえなんかたき木みたいなもんだ。おれは一日じゅう汗をかいていたのに、おまえは一匹も魚をとらなかったじゃないか」とがなりたてた。

「ああ、だんなさま、そんなに簡単にわたしの責任にしないでくださいよ。おまえさんだって何か失敗をしていないかどうか、考えてみてくださいよ」。

「ヘッ、この役立たずのつり針め、おれにとやかく言うつもりか? おれに落度はないぞ。ほんのこれっぽっちもまちがっていないぞ。おまえがただ怠けて魚をとらなかっただけじゃないか。待ってろ。火にくべてやるからな」。

「どうかお慈悲を。わたしは、たくさんの魚にゆっくりしていきなよって頼んだんですけど、みんないやだって言うんです」。

「なぜ、いつもいやだって言うんだい?」つり人は、おこって言った。

「魚は、あんたのつけたえさでは気に入らないと言ってるんです」。

「じゃあ、どんなえさを欲しがってんだい」。

「小さな虫ですよ、だんなさま」。

「よしそれならすぐに虫を取りに行ってこよう」。

「あの、おことばですけどね。虫を捜しにいくのはむだですよ。魚たちは、そう言ったきりどこへだか知りませんが泳いでいってしまったんです」。

「よし、そういうことなら、おまえはこのおれにうそをついたんだな。おまえが灰になるまで焼いてやる」。

するとつり針は涙を流して言った「後生ですから焼かないでください。わたしをお宅へ連れてってください。そうしたら、毎日好きなだけ魚を捕まえてあげます」。

「よし、おまえのした約束をよく覚えておこう。おまえも忘れるなよ、もし約束を守らなければ、いつでもすぐたき木にされるってことをな」。

こう約束してから、つり人はほくほくして家に帰った。そして、つり針をベッドのすみにかけておいた。

翌朝、つり人はかごを手に取り、それからつり針を取り出して言った「さて、ふしぎなつり針よ! このかごを魚でいっぱいにするのだぞ」。

「でもねえ、だんなさま!この世でいったいだれが願いごとのすべてをかなえられるというのでしょうか。全能の神さまを除いては、だれもできやしませんよ。ひとにぎりのお米だって、みんな額に汗して働かなければ手に入らないのですよ。そういうわけで、けさはかごを魚でいっぱいにできなくても、勘弁してください」。

これを聞いたつり人はカンカンに怒って、つり針を台所に持っていって言った「このうそつきつり針め! きょうこそ命はもらったぞ。二度もうそをついた罰を受けるがいい。たき木にしてやろう。石のかまどを熱くするために、火をつけてやる。そうすりゃあ、おまえは灰になってしまうというわけさ」。

「だんなさま、火にくべるなんてむだなことですよ。わたしは火なんぞで燃えやしませんよ。わたしはふしぎなつり針ではなかったのですかい」。

「それならそれで、おまえをおのでこなごなに砕いてくれよう」。

「わたしをこまぎれにしようとしてもむだですよ。不死身なんですから」。

「じゃあ。射殺だ」。

「おやまったく、まだそんなことを? 私がふしぎなつり針だってことをお話ししてませんでしたっけ? どんな弾丸も、わたしのからだは突き抜けられないんですよ」。

「うーん、それなら川にほうりこんで、おぼれさせてやろう」。

つり人のそのことばを聞くとつり針は泣き出して「だめです。川になんか投げこまないでください、だんなさま。そんなことをされたら私はおぼれてしまいます」と言った。

「いいや、もう一刻の猶予もならん。すぐに川に投げこんでやる」。そう言うが早いか、男はつり針をつかんで、川にほうり投げた。

するとつり針は笑い声をあげて言ったものだ「おい、おばかさん。どうして私を捨ててしまったんだい。おまえさんが、そんなにぶつぶつ言わないで働いていれば、わたしは、ほんとうに数えきれないほどたくさんの魚をとってやれたんだ。一日だけ試しに魚をとってやらなかったら、おまえさんは絶え間なしに不平を言って、しかもわたしを殺そうとした。もしおまえさんが辛飽強くいっしょうけんめい働いていたら、毎日たっぷり魚をとってやったのに」

 こう言って、つり針は川の底へ消えていった。つり人は、しょんぼり家に帰った。


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