Archive20122 :: ILCAA Ishikawa Project 2010

2012年度第2回研究会(通算第7回目)

日時:平成24年7月21日(土曜日)13:30-19:00
会場:AA研セミナー室(301)


報告1.網中昭世(AA研共同研究員、日本学術振興会)「南部アフリカにおけるポルトガル植民地支配下の人の移動と農業生産:モザンビークとアンゴラの比較研究のための試み」
 本報告では、これまでの報告者の研究であるモザンビーク・南アフリカ間の鉱山業への計画移民という植民地国家に補足された国際的な人の移動を参照軸として、それとは対照的な事例であるアンゴラから周辺地域への人の移動の特徴を理解することでモザンビークとアンゴラの比較を行い、ポルトガル植民地帝国における両植民地の関係性を示すことを試みた。具体的には、史料として「アフリカ公式統計資料集成(African Official Statistical Serials)」所収のアンゴラの統計年鑑を用い、農業生産を中心とした20世紀前半のアンゴラ植民地経済の在り方と領内外の労働力の需要の発生を確認した。最後に、主要な輸出品目とその輸出量の変動を確認し、それらの生産過程において必要とされる領内の労働者の調達状況・領外への移動が連動していることを明らかにした。

報告2.佐藤千鶴子(AA研共同研究員、アジア経済研究所)「南アフリカにおけるアフリカ人小農民の『勃興と没落』論再考」
 本報告では、1979年に初版が出版され、今日でも南アフリカ農村史研究の古典として大きな影響力を持つColin Bundy [1979=1988] The Rise and Fall of the South African Peasantry, Cape Town and Johannesburg: David Philipの議論と意義を紹介した上で、近年(2011年)、新たにBundy理論の全面的な見直しを迫る著作を刊行したClifton Craisの議論を検討した。
 今日、南アフリカのアフリカ人農村地帯は出稼ぎ労働や社会保障に依存した貧困地帯として知られる。それに対してBundy [1979=1988]は、鉱山革命をきっかけに南アフリカの資本主義発展が進む以前の段階(19世紀末から20世紀初頭)においては、アフリカ人小農民による農畜産物の売却の増加や生産物の多様化、生産・輸送技術の革新があったことを示し、アフリカ人農村地帯が「革新的でダイナミックなアフリカ人小農民」にあふれていたと主張した。
 これに対してClifton Crais [2011] Poverty, War, and Violence in South Africa, New York: Cambridge University Pressは、小農民の勃興期が植民地征服戦争と同時期にあたることに着目し、征服戦争による物的(家畜・耕地)、人的(戦闘・飢餓・病気・処刑)被害を示すことで、バンディが論じたような大多数のアフリカ人小農民の繁栄など存在しえなかったと主張した。さらに、19世紀末に新しい作物(メイズ)が主食として急速かつ広範に受容されていったのは、征服戦争によってもたらされた危機への反応として理解できる、とした。
 アフリカ人農村史のグランド・ナラティブに真っ向から挑戦するCrais [2011]の議論が今後、学界でどのように受け入れられていくかは未知数であるが、資本主義発展に代わる歴史の原動力として暴力の重要性を喚起したCrais [2011]は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての南アフリカ農村史研究の再検討を促すものとなるかもしれない。