国立民族学博物館所藏「中西コレクション」
B15
シッキムの手写本
レプチャ文字、レプチャ語

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虫食いだらけのこの本はヒマラヤ山脈のふもとに位置するシッキムというところから日本にやってきました。書かれている文字は、レプチャ文字という文字です。

レプチャ文字は、シッキムを中心に話されている、チベット・ビルマ系言語のレプチャ語をあらわす文字です。レプチャ語は、シッキムをはじめ、インドの西ベンガル州北部ダージリン付近、ブータン西部、ネパール東部などでも話されています。

シッキムは、レプチャ語を話すレプチャ族以外にも、チベット系の住民ボーティア族や、ネパールから移住してきたネパールの諸民族が暮らす多言語・多民族の地域です。かつてはヒマラヤの独立王国のひとつでした。17世紀、チベット系のボーティア族が、先住民であったレプチャ族をおさえて支配権を掌握し、1642年にはチベット人の王を擁立して王国の基礎を築きました。チベット仏教が国教とされ、チベット文字の使用がひろがるなか、18世紀初頭、レプチャ語をあらわすための文字が新しく考案されました。

レプチャ文字はチベット文字を基礎につくられたと言われており、確かにチベット文字と形や構造のよく似た文字がいくつも見られます。例えば、子音字の一部は、90度回転させるとチベット文字とそっくりですし、結合文字の作り方もチベット文字とほぼ同じです。しかし、長母音をあらわす記号のつけ方は、チベット文字というより、むしろ周辺の別のインド系文字の方法を利用しているようにも見えますし、また、末子音をあらわす文字には付加記号を使うなど、チベット文字にはない創意工夫が見られます。レプチャ文字はもともとは縦書きに書かれていたのだとも言われており、チベット文字が横書きであることを考え合わせると、文字の考案された当時の政治的、社会的、文化的な状況がしのばれて、興味の種はつきません。

(星 泉)