日本学術振興会 人文・社会科学振興プロジェクト研究事業
領域II - (1) 平和構築に向けた知の展開

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研究会報告

第一回研究会「土佐弘之著『安全保障という逆説』をめぐって −「人間の安全保障」に対するスタンスを考える」

日時:2004年4月23日 14:00〜
場所:神戸大学大学院国際協力研究科(第五学舎)1階大会議室

14:00〜14:40 土佐弘之氏の話
14:40〜15:10 小林誠氏のコメント
15:10〜15:40 床呂郁哉氏のコメント
15:40〜15:50 休憩
15:50〜17:00 議論

 本研究会は、大幅な振幅をもつ「人間の安全保障」概念について、メンバーの研究者間で一定の理解を共有することを目的にして開催された。会議は土佐弘之著『安全保障という逆説』(青土社、2003年)を議論のベースにして進められた。はじめに著者の土佐氏(プロジェクト・メンバー、神戸大学教授)より、次のような指摘がなされた。近代の主権国家は、恐怖を媒介に境界を設定してきたが、不確実性を制御するために同質的政治空間を創出しようとする「自己同一化(アイデンティフィケーション)の政治」の制度化の産物である。その過程で純粋性の追求といった形で国家が暴走した場合には、「安全保障の逆説」の極端な事例である虐殺などの悲劇的な事態を招来する可能性がある。このような逆説的状況は、自然主義的な態度が強い従来の政治学では理解困難な現象であるが故に、ポスト構造主義論から捉えることが要請される。また自然化していく「アイデンティティの政治」は常に脱構築される必要がある。認識枠組みの再編が迫られている状況で、非・基礎付け主義から「人間の安全保障」を考察する際には、本質主義的な「アイデンティティの政治」の展開過程を批判的な観点から精査する必要があり、この点にこそ地域研究が貢献出来る、と土佐氏は指摘した。

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土佐弘之氏(神戸大学)

 境界の再画定問題に関しては現在、脱領域的権力の拡散と相互浸透、「アメリカ問題」とも称される超領域的権力の顕現、またグローバリゼーションといった世界情勢の中で、政治権力側が、人々の不安感を利用するような形で、新たな契約に基づいた政治的共同体の構築を目論んでいる。このような過程では必然的にそこから弾き出される人々が生まれるのであり、そこで必ずしも国境に沿わない形での境界の再設定が必要とされる。この点に関して、地域研究者はどこまで排除される者のエイジェントになれるのかという問題がある。更に「人間の安全保障」問題は、人々を管理するような安全保障共同体の新たな形成ではなく、境界の問題として捉えられるべきである、との主張がなされた。

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小林誠氏(立命館大学)

 土佐氏による上記の発表を受けて、小林誠氏(プロジェクト・メンバー、立命館大学教授)と床呂郁哉氏(プロジェクト・メンバー、東京外国語大学AA研助教授)がコメントを行った。小林氏は土佐氏の著書を、国際関係論や国際政治学の中における批判的国際関係論、批判的安全保障研究と位置付け、著者が「人間の安全保障」という概念には「まなざしの非対称性」や「上からの議論」が含まれており、故に脱領域的エイジェンシーのための民主主義的空間を形成し確保する必要性を指摘したことを評価した。その上で地域研究から「人間の安全保障」をどう構築するかという問題を提起し、「国家安全保障」と「人間の安全保障」の対立・矛盾を議論の前提とした上で、各地域の事例を積み重ねて一般論を構成していく必要性を指摘した。

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床呂郁哉氏(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)

 床呂氏は土佐氏の著書を、メタ政治学が前提としているパラダイムを抉り出して論理を構築した点に関して評価し、「安全保障の逆説」に関して人類学の立場から問題を提起した。沖縄や(フィリピン南西部からボルネオにかけて広がる)スールー海域を事例に「国家安全保障」がむしろ逆機能をもたらしてきたことを説明し、両地域で人々の安全保障にとって意味を持ってきた「生活文化による安全保障」(エスノ・セキュリティ)を考察する必要性を指摘した。しかしながら同時にまた、エスノ・セキュリティを無批判に称揚することは、マイノリティの側が本質主義的な語りをすることから目を背け、「エスノ・セキュリティの逆機能」をもたらす危険性があることに注意を喚起した。

 総括の議論では、支配的な国家権力側のディスクールをずらしていく為にも、地域研究の側から見ていくことの必要性が、改めて指摘された。但し国家との関係で言えば、民主主義的空間は領域的空間に依存しており、また国単位でないと具体的問題が語れないのでは?という意見も表明され、主権概念が変質したとはいえ国家によるハードな軍事力の独占という状況は変わっていない中で、国家主権の相対化をどのように捉えていくのかが今後の一つの課題とされた。

(文責 小副川 琢)

 

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