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2009(平成21)年度 教育セミナー報告

床呂 郁哉(東京外国語大学AA研)

       「辺境」ムスリム社会のフィールドワークから
        紛争下のフィリピン・ムスリム社会に関する人類学的メモワール

今回の教育セミナーではフィリピン・ムスリム社会に関する報告者(床呂)の過去の個人研究ならびに現在進行中の共同研究を含むフィールド調査・研究の紹介を中心に実施した。
報告者はフィリピン南部(ミンダナオ、スールー)のムスリム社会を調査研究してきたが、そこはある種の「辺境」性ないし「周辺」性を帯びていると言える。すなわちイスラーム世界の「辺境」、マレー世界の「辺境」、フィリピンのなかでも「辺境」の国境地帯という認識がされることが少なくない。フィリピンのムスリムは推定で総人口の5%前後のマイノリティである。一般には「モロ(Moro)」と総称されることが多い。従来のフィリピン・ムスリム社会に関する人類学や民族誌的研究の文脈では現地での宗教実践を「シンクレティズム」、「フォークイスラーム」といった枠組みで研究するものが1960年代から1970年代頃まで主流を占めていた。すなわちイスラームを「脱政治化」された「信仰」として扱うような視点からの研究である。これはギアーツの影響を受けていた当時の東南アジア人類学的研究一般でのイスラーム軽視の傾向と無縁ではなかった。
しかし1980年代後半から1990年代前半にかけて、このような潮流は一種の転換を迎える。報告者自身も南部フィリピンでのフィールドでの経験から、現地では「フォークイスラーム」や脱政治化された「信仰」の枠組みだけでは収まりきらない諸現象に遭遇するようになった。たとえば、中東留学帰りのマドラサ教師やウラマーらを中心とした、「正しいイスラーム」の布教と啓蒙を目指す広義のイスラーム復興現象がその一つである。もう一つはミンダナオにおけるムスリム分離主義運動とミンダナオ紛争に伴うイスラームの政治など公共領域への再浮上とでも呼べる動きである。報告者は1990年代後半からミンダナオ紛争のアクターであるMNLFやMILFなど分離主義運動幹部や現場活動家、関連団体メンバーへのインタビューを含む調査を実施している。この他にも公共的領域におけるイスラームの再生の試みとしてイスラーム身分法廷やミンダナオにおける新たな形態のマドラサの試みなども紹介した。国民国家フィリピンへの編入によってフィリピン・ムスリムの「強いられた辺境(周辺)化」が20世紀前半には進んだが、近年、ミンダナオ紛争と絡んでイスラームの「再政治化」と公共領域への再浮上と、中東やマレーシアなどとの越境的なイスラーム的ネットワークの復活を新たな傾向として認めることができるだろう。

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