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2009(平成21)年度 研究セミナー報告【後期】

松原 康介(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所・非常勤研究員)
 「私の博士論文―博士論文からポスドクへ」


 AA研1年目の私にとって、今回で2度目の中東・イスラーム研究セミナーである。1度目で思ったのは、自分の能力ではとても内容的に踏み込んだコメントなどできず、もっぱら章構成や図版の扱いといった形式的・技術的な助言に終始するほかない、ということであった。そして今回の受講生もまた、ディシプリンはもちろんのこと、立場的にも大学院生から社会人まで様々な方が揃われ、私が太刀打ちできるような状況ではまるでなかった。2度目にして担当が回ってきた「私の博士論文」であるが、心中はたして、自分の執筆体験が、どれだけ役に立つかは甚だ心もとなかったのである。

 俗に、博士号とは「足裏の米粒」という。つまり取っておかないと気持ち悪いが、取っても食べられない(それだけでは)、それが博士号だというのである。実際、よほどの強運に恵まれない限り、博士号を取得してすぐに常勤職に就くというのは難しい。逆にいうと、今どきの若手にとって、博士号を取得した後に何をするのかがとても重要な時代になりつつある。思案の末、博士論文の紹介に加えて、自分がどんなポスドク研究をしてきたかをセットにして、語り伝えるのが良いかと思った。

 中東や北アフリカの魅力的な歴史都市をいかに保全・継承していくかに関心のあった私は、博士論文でモロッコの旧都フェスの保全を巡る政策の転換を扱い、ポスドク研究ではシリアやレバノンの都市へと対象を拡げた。博士課程での研究とポスドク研究は、私にとって、ちょうど基礎(理論)研究と応用研究の関係にあった。フェスの都市計画史というのは、フランス植民都市計画のわかりやすい凍結保全政策に始まり、激しい過密化・老朽化を経て、ついには国際協力による旧市街への介入型・再生型の保全政策に転換していくという、起承転結のはっきりした教訓としての意味が高く評価できる。すなわち、歴史都市の保全には、空間整備を含む一定の介入が必要であり、またその介入の仕方を考えるところに都市計画研究の本旨がある。都市計画の理論としては、私には当面これ以上のことは言えなくて、ポスドク以後は他都市の事例の中でこれを検証しているだけのようにも思われる。

 ともあれ、ポスドクにおいて、ダマスカスやアレッポ、ベイルートといった中東の都市を選んだのは、細街路や袋小路、中庭形式といった旧市街(「イスラーム都市」(?))の特徴加えて、フランス植民都市計画の受容、世界遺産への登録と国際協力の進展といった点で、フェスとの共通項が多く見られ、比較研究に適すると踏んだからである。さらに実際にやってみると、番匠谷尭二という先人の存在や、現代のわが国による技術協力といったファクターに焦点を当てていくことで、都市保全を通じた国際交流のあり方や、保全実務を通じて自分自身が計画史の末端に連なっていることの意味を、より広い視野で考えるようになってきた。いずれこれらの知見が、新しい保全計画の理論へと昇華してくれるかもしれないという淡い期待が、ポスドク研究を継続していく上での心の支えであったと思う。

 こうして、今回の「私の博士論文」では、博士論文からポスドク研究への展開を、あくまで一事例として紹介した。内容的なところで受講生の関心をひいたとは思えないけれど、なかなかモヤモヤとして見えにくい「博士論文とその後」について少しでもイメージをもって頂けたら幸いである。補足として、助成金を獲得しての博士論文の出版、今後の活動のビジョン、それに就職活動などについても簡単に報告した。一昔前に比べればぐっと書きやすくなっているとはいえ、意外に奥が深く、様々な可能性を秘めているのが博士論文である。それぞれの論文に向け、頑張ってほしいと思う。

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