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関連研究活動(AA研)
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プジアストゥティ・ティティク博士 Dr.Pudjiasututi Titik

  • 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所『通信』第115号より
  •  呼び名はBuTitikである。Buというのはibu(母)の略で,母であることにふさわしい年代の女性もしくはしかるべき社会的地位を有する女性に対する世代・階層カテゴリーであり,呼びかけに用いられる語である。従って,インドネシアでは,うら若き女性に「お母さん]と呼びかけても,性的いやがらせではなく,むしろ尊敬が込められていることになる。

     さて,ブ・ティティクの専門はインドネシア文献学及び歴史学である。1年間の滞在期間中の研究テーマは,「ババッド・アルン・ボンダン(Babad Arung Bondan)の文献学的・歴史学的研究」である。ババッドというのはジャワ語で年代記を指すが,本来は森などを「切り開く」という意味で,転じて王国の起源と歴史に関する書を指す。数あるババッドの中では,ジャワのマタラム王国の年代記であるババッド・タナ・ジャウィがよく知られており。比較的研究が進んでいるが,この他にも多くのババッド類が手つかずの状態で放置されている。詳しくは,ブ・ティティクのAA研フォーラムでの発表の際に,直接話して頂ける予定だが,このババッド・アルン・ボンダンは,ヒンドゥー期からイスラーム到来期までの出来事を記述したもので,貴重な歴史資料となる可能性を秘めている。ブ・ティティクの研究は,書物を中心にジャワ語歴史文書の解読と分析を行い,イスラーム到来期の歴史記述の成立過程を探るものである。

     一般に,ジャワにおいてはイスラーム到来後,初めて時間軸に沿って「歴史」が記述されるようになったと言われる。それ以前の書は,14世紀に書かれたナーガラクルターガマのように,王の御稜威をたたえつつ,王国の空間的構成を記述したものであったり,地方の神話,伝説を集成したもの,あるいはインド起源の叙事詩や説話に基づくものであった。ババッド・アルン・ボンダンは,「書く」という行為の意味づけの過渡期にある作品として,注目される。ブ・ティティクが依拠するのは,インドネシア大学図書館が所蔵する写本である。

     ブ・ティティクはxxxx年,中部ジャワ生まれのxx歳である。インドネシア大学で学んだ後,レイデン大学との連携教育プログラムで修士号を取得,インドネシア大学で博士号を取得した。1986年からはインドネシア大学の教壇に立ち,今日に至るまで,文学部でジャワ文学,インドネシア文献学について教えている。

     インドネシア文献学の対象の主なものは,ジャワ語ジャワ文字,バリ語バリ文字,そしてマレー語アラビア文字(ジャウィ)の文献であるが,ジャウィマレー語以外にも,インドネシア各地の言語による文献が存在する。ブ・ティティクはこれらのほぼすべてを守備範囲としており,インドネシア文献学会会長を務めるなど,この分野ではインドネシアで中心的な人物のひとりである。

     AA研の外国人客員は共同研究プロジェクトなど,所の事業に必要とされる優れた研究者を招聘してきたが,今年度,ブ・ティティクを招聘したのは,共同研究プロジェクト『マレー世界における地方文化』において,まず着手したインドネシア諸語の文字伝統に関する研究を推進するためである。このプロジェクトでは,インドネシア文献学に関するセミナーを開催するとともに,ジャワ語・ジャワ文字の文献に関する専門家を養成するために,ジャワ語の研修を行う予定である。これらの事業を実行に移すために,ブ・ティティクはなくてはならぬ存在である。

    (宮崎恒二)

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