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■報告要旨 海外公開講演会

[クアラルンプール邦人向け公開セミナー 2010年9月]
 『 マレーシアから見るイスラームの最先端

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ハラール製品からみる世界とマレーシア

川端 隆史 (外務省)




 ハラールとは、イスラームの教理で合法的な、許されたという意味がある。反対語はハラームである。そして、ハラール製品とは、「当該製品がイスラーム法に照らして、ナジス(不浄、najis)のと定義されるいかなる物質も含んでおらず、かつ、ナジスと見なされる物質によって汚染された設備によって製造・貯蔵・運搬等がされていない、またはそうされる恐れのない製品」と定義される。

 近年、マレーシアは、ハラール産業を国家として推進しており、今や国際的にもリーディングプレーヤーとなりつつあり、注目を集めている。ハラール産業は、約16億人というムスリム人口を背景に、2兆1千億ドルというマーケットバリューが推定されている。最近は、代表的な食品産業だけではなく最近は、化粧品、医薬品なども新たな産業分野となっている。
 マレーシアのハラール産業の発展は、次のとおりである。
 第一期は、1957年にマラヤとして独立後の1960年代から70年代である。当時は、産業振興という性格よりも、海外から輸入されるハラームなものからムスリムを保護するという性格が強かった。虚偽のハラール表示を禁止する商標法、輸入食肉に対してハラール性を審査する権限を首相府に付与する動物法など、一般法のなかにハラール性を担保する条項が挿入された。

 第二期は、1981年から2003年のマハティール政権期である。この時期は、食品に限ってではあるが、1996年の第二次工業化マスタープランや1998年の第三次農業計画政府の経済計画書に貿易政策の一部として記載されるようになり、「攻め」に転じた。また、ハラール性を担保するハラール認証制度が整備され、首相府イスラーム発展局が認証権限を持った。

 第三期は、2003年から現在までのアブドゥラ/ナジブ政権期である。アブドゥラは、2006年に発表された第三次工業化マスタープランのなかでハラール・ハブ政策を発表し、食品に限定せずに、化粧品、ロジスティックス、観光業のハラール産業化を提唱した。この政策は、財務省が100%出資したハラール開発公社、ハラール製品の国際見本市、有識者が集まりハラール産業の将来を討論するワールド・ハラール・フォーラム、マレーシア各地でのハラール産業用地ハラール・パークなどに具体化された。2009年に発足した現政権を担うナジブは、新たな経済政策である新経済モデルにおいてもハラール産業の推進に言及している他、Halal Actの制定に意欲を見せている。

 急速に発展を遂げているマレーシアのハラール産業であるが、ムスリムのためだけの産業ではない。統計によれば、ハラール認証を受けた企業の約3分の2は非ブミプトラ系企業である。ブミプトラはすべがムスリムではないが、多数派がマレー・ムスリムであるため、非ムスリム系の企業が相当数ハラール認証を受けていることが推測される。また、マレーシアのハラール産業では、ネスレやケンタッキーといった巨大な多国籍企業も中心的な役割を担っており、国際的にも広く開かれている。

 ハラール産業は、食品がハラールであればそれを運搬する手段もハラール・ロジスティックスを利用するというような、「価値の連鎖」が生まれる産業で拡大するダイナミズムを内包している。マレーシアに限らず、日系企業も含めて、今後のビジネスチャンスは、非イスラーム的環境におかれ、イスラームに対する意識の高い欧米などのムスリム、ムスリム人口の多いアラブ中東などを中心に広がっていくことが予測される。


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イスラーム金融の可能性を拓くマレーシア

福島 康博(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)


 マレーシアは、東南アジアにおいてはいち早く1983年にイスラーム金融を導入した国であり、今日においては、スクークの発行高が世界第1位、銀行や債券のみならず投資信託や保険など多様な分野でのイスラーム金融商品の展開、政府・中央銀行による積極的な振興政策の実施、国際機構の設置など、イスラーム金融の先進国とみなすことができる。そこで本報告では、マレーシアにおけるイスラーム金融の状況を、金融分野ごとに概説した。

 マレーシアでは、イスラーム銀行は有利子銀行に対して総資産ベースでおよそ17%の比率を占めている。イスラーム銀行業者は、(1)国内専業銀行、(2)国内兼業銀行、および(3)外国銀行に大別される。(1)は、さらにマレーシアの主要金融グループに属する銀行と、これらからは独立したイスラーム金融グループに属する銀行とに分類される。このうち前者は、いずれも有利子銀行のイスラーム銀行業部門が分社化したという経緯をたどっている。他方(2)は、国民協力銀行や国立貯蓄銀行といった政府系特殊銀行である。これに対して(3)は、中東湾岸諸国資本のイスラーム銀行がマレーシアに進出した事例と、欧米資本の有利子銀行がマレーシアでイスラーム銀行業を営んでいる事例とが存在する。イスラーム銀行の利用者であるが、預金においては、個人預金者の割合が23.9%にとどまっているのに対し、企業は31.7%、政府が16.5%となっており、両者の合計で全体のほぼ半数に達している。他方、イスラーム銀行から融資を受ける目的は、自動車購入、居住用不動産購入、および個人使用で全体の約6割を占めている。これらを鑑みると、政府や企業の余剰資金が、イスラーム銀行を通じて個人・家庭の自動車・住宅ローンに還流している構図を見て取れよう。

 次に、タカフル保険においては、生保に相当するファミリー・タカフルの総資産はイスラームに基づかない生保に対して8.1%、損保に相当するゼネラル・タカフルの総資産は同じくイスラームに基づかない損保に対して7.7%という規模にとどまっており、前述のイスラーム銀行における有利子銀行に対する比率よりも低い。これには、タカフル保険業者の事業所や従業員の規模が従来型保険業者に比べて少ないなどの背景があり、政府・中央銀行は、イスラーム銀行と共にタカフル保険の振興を図っている。

 三番目に、利子が発生しないような契約に基づいて組成されているイスラーム債、すなわちスクークにおいては、マレーシアが世界最大の発行市場となっている。2010年上半期における全世界のスクーク発行総額は204億米ドルであったが、このうちマレーシアで発行されたスクークは310件で総額154億米ドルとなっており、全世界の発行額の75.5%を占めた。なお、2位は同じく東南アジアのインドネシアで、発行件数は16件、発行額は17.5億米ドルであった。他方、中東湾岸諸国においては、サウジアラビアで発行された1件にとどまっている。中東湾岸諸国は、2009年11月に発生したいわゆるドバイ・ショックによる経済の冷え込みが影響したと考えられる。その意味においては、マレーシアにおけるイスラーム金融の好況さが突出しているとみることができよう。

 そして四番目のイスラーム投資信託は、イスラームに反していないものを投資対象とする投資信託であるが、2008年3月現在で135本設定されており、その時価総額は410.7億リンギでとなっている。イスラーム投資信託の主要な投資先は、先述のスクークと共に、証券委員会のシャリーア助言委員会によってシャリーア適格認定を受けた企業の株式が中心になっている。シャリーア適格認定は、当該企業の主たる業務がアルコール製造業などイスラームに反していないか、および主たる業務以外において得られた利益のうち、例えば有利子銀行からの預金金利などの比率が一定水準以下であるか、といった基準に則って審査される。2010年現在、マレーシアの証券取引所であるブルサ・マレーシアに上場している960社のうち、88%にあたる847社がこのシャリーア適格認定を受けており、こうした企業の株式が、イスラーム投資信託の投資対象となっている。

 このような状況にあるイスラーム金融であるが、マレーシア経済に対するインパクトを考察してみると、(1)銀行分野における預金から融資へと至る資金の流れによるマレー・ムスリムの生活向上や債券分野における資本市場の拡充というマレーシア経済の成長・活性化、(2)イスラーム金融のグローバルな展開の中でのマレーシアのプレゼンスの向上、および(3)ハラール産業とともに非ムスリムをも巻き込んだイスラームに基づく経済活動の興隆、といった点を指摘できる。また、イスラーム金融の今後の展開であるが、2000年に中央銀行が策定した『金融部門マスタープラン』は、2010年末までにイスラーム銀行の比率を20%にまで高めることを目標としている。現在のペースでイスラーム金融の成長が続けば、この数値の達成は可能であろう。問題はむしろ、2011年以降も政府・中央銀行によるイスラーム金融の振興政策が継続されるか、という点であるが、マレーシア経済の成長やマレー・ムスリムの生活向上にイスラーム金融が資する存在であるとみなされれば、そうした政策は今後も続くものと考えられる。