インターネットと宗教〜情報規制をめぐる動向について

『RIRC便り』(2001年1月, 国際宗教研究所 宗教情報リサーチセンター 発行)所収
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 永崎研宣

0. はじめに

 インターネットと宗教、といった場合、どんなことを想像するだろうか。あちこちのウェブページをみてまわったことのある人なら、ウェブページを利用した教団の宣伝、信者への連絡、あるいは、臓器移植問題などの時事的なテーマに対する自らの主張の表明、などなど、インターネットを効果的に利用した様々な教団の活動が思い浮かぶことだろう。国際宗教研究所編『インターネット時代の宗教』では、宗教情報リサーチセンター(RIRC)において行なわれたシンポジウム参加者の報告として、そうした様々な利用例が紹介され、その将来が展望されている。また、黒崎浩行編『電子ネットワーキングの普及と宗教の変容』では、さらに踏み込んで、電子ネットワークが宗教に対して与えるインパクトの多様な側面についての、二年間に渡る共同研究の成果が報告されている。もはや、宗教によるインターネットの利用は常識となっていると言っていいだろう。
 しかしながら一方、インターネットでは、宗教に対して、あるいは、宗教の側から情報規制を行なうというケースも出てきている。ここでは、インターネットにおける一般的な規制を概観した上で、「宗教関連記事データベース」を中心として、インターネットにおける宗教に関連した規制についてみてみたい。

1. インターネットと規制

 日本におけるインターネットの商用利用が認められたのは1993年である。それ以来、インターネットは爆発的に普及した。「IT」という言葉がしばしば「革命」という言葉を伴ってマスコミを賑わし、政府をあげてインターネット博覧会が開催されるなど、インターネットは、今や、情報通信技術の中心的存在としてみなされ、かつ、我々の経済活動になくてはならないものとしての地位を占めつつある。
 インターネットは元々、研究者が情報交換を行うための草の根ネットワーク的なものであった。名和小太郎『デジタル・ミレニアムの到来』では、「しつけのよいアナーキズム」という表現を用いているが、その意味するところは、情報資源の共有を最優先した性善説に基づくネットワークシステム、つまり、誰でもあらゆる情報を流せるし、それを即座に誰もが利用することができる、というものだったのである。
 そうした出自を持つインターネットは、既存の秩序には必ずしもそぐわない性質を持つものであり、そのような情報ネットワークが社会にもたらすインパクトについて、夏井高人『ネットワーク社会の文化と法』は、国家主権、知的財産権、コンピュータ犯罪、アダルト関連の情報、電子商取引、プライバシー保護、といった観点を挙げて論じている。
 ところが、インターネットが一般に普及し始めてからというもの、『ネットワーク社会の文化と法』においてとりあげられたような観点から、むしろ、法規制の必要性が声高に叫ばれるようになってきた。法規制論の立場としてしばしばとりあげられる藤原宏高編『サイバースペースと法規制』では、そうした問題意識、すなわち、国家主権の維持、知的所有権保護、犯罪抑止、わいせつ情報からの未成年者保護、電子商取引の実現、プライバシー保護、といった観点から、法整備によるインターネット規制の必要性を訴えている。
 直接の情報内容の規制としては、欧米・日本などの国では、青少年保護を主眼としたわいせつ情報の規制という形でアプローチされた。インターネットを教育手段として利用しようとしている米国では、わいせつ情報の規制を目的として96年2月に通信品位法(CDA)を成立させたが、97年6月、表現の自由に反するということで連邦最高裁の違憲判決によって事実上効力を失った。米国ではその後、青少年保護のための情報規制は、Webブラウザへのフィルタリング機能の付加の呼びかけ、といった形で目指されることとなった。
 日本においては、既存のわいせつ図画公然陳列罪の適用による規制はあったが、インターネットの情報内容にはっきりと的を絞った規制としては、97年7月、福岡県で、インターネット上のわいせつ情報の規制を目的とした青少年健全育成条例が施行されている。その後、99年4月には、改正された風俗営業適正化法の施行により、インターネットやパソコン通信を使ったアダルト画像の提供が規制の対象となった。
 97年8月からドイツで施行された「情報通信サービスの基本条件の規制に関する法律」(通称、マルチメディア法)も青少年保護を目的とした情報規制を定めている。また、シンガポールで96年7月より行われたインターネット規制策は、さらに厳格なものであったが、97年10月、東南アジア周辺諸国との情報インフラの格差を意識して、規制を若干緩和した。

 わいせつ情報以外に関しても、たとえば、日本ではすでにコンピュータ上の犯罪に対するより有効な対策を行なうために不正アクセス禁止法を、犯罪対策のために通信傍受法を施行しており、さらに、プライバシーの保護や安全な電子商取引を目指した個人情報保護法の制定を目指している。諸外国においても同様の法整備が進んでいるという状況である。
このようにして、インターネットにおいては、教育・政治・経済等の文脈から様々な規制が行われつつある。しかし、インターネットはグローバルなものであり、国内で規制したとしても国外での情報や行為までは規制できない。そのため、こうした規制の有効性にはやや疑問符がつけられている。とりわけ、わいせつ情報の規制に関しては、むしろ、フィルタリングソフトを使った受信者側での規制が望ましいというのが世界の流れになりつつある。
  一方で、まったく別の論理、つまり、宗教に関連する理由から、様々な形でインターネットに規制をかける場合もあるようだ。RIRCで利用可能な「宗教関連記事データベース」を用いて、過去の新聞・雑誌の宗教に関する記事の中から「インターネット」「ホームページ」「規制」「禁止」などといったキーワードで検索をかけると、1995年以降、996件の記事がリストアップされた。インターネットからの情報も交えつつ、この中で、目についたものをいくつか見てみよう。

2. 宗教とインターネット規制

 国内における宗教関係のインターネット規制といえば、オウム真理教関連だろう。破壊活動防止法を巡って開設された「破防法に反対するオウム真理教信者の会」によるオウムの破壊活動防止法反対ホームページは、破防法の適用に伴い禁止される可能性が高いという観測がなされていたが、結局のところ、破防法適用が見送られたことにより、法的に規制を受けることはなかった。
 しかし、結局のところ、そのホームページは、プロバイダーの手によって削除された。(1996/05/29 新潟日報夕刊新潟版) 理由は、「信者の一人と契約したのに大勢が利用している」というのが契約違反にあたるということで、プロバイダーによって、会員登録取り消しが行なわれたというのである。国内においては、宗教的な理由で国家による規制が行なわれることはなかったということになるが、諸外国では、宗教と結び付いた国家によって規制が行なわれる場合もあり、また、治安上の理由から宗教に関連する情報を規制する場合もある。そうした例について以下にみてみよう。

2.1 宗教上の理由による国家の規制

 イスラーム諸国における97年3月までのインターネット状況については、保坂修司「湾岸諸国とインターネット」(http://pws.prserv.net/hosaka/shuji/internet/Gulf%20Internet.htm)に詳しい。これによると、湾岸諸国のうち、検閲なしでインターネットに接続できるのは、その時点では、クウェートのみということである。インターネットに接続しているほとんどの国が、それぞれの国の唯一のインターネット・プロバイダーを通じて検閲を行なっているようである。中でも、アラブ首長国連邦では、唯一のインターネットプロバイダー、Emirates Internetを通じて検閲を行なっているが、プロキシサーバを義務化し、すべての利用者がこのサーバを経由して国外のインターネットにアクセスするようにしたことによって反道徳的、反イスラーム的な情報を規制するという手法をとっているという。
 これ以降については、「宗教関連記事データベース」を中心にみてみよう。イスラームの伝統と戒律に基づいた生活が今でも続くサウジアラビアでは、99年2月、ようやくインターネットが解禁された。(1999/02/13 朝日新聞)
 サウジでは、インターネットの情報はまず、サウジ政府の科学技術庁にあたり、唯一のインターネット・プロバイダーでもある政府系研究機関「アブドルアジズ国王科学技術都市(KACST)」を経由し、そこで、イスラームの戒律や社会規範に反する有害なウェブページは、「有害ページ」を自動的に排除するソフトと人間による検査を組み合わせた「検閲」をふまえた上で業者に流れるようになっている。つまり、情報の出入りは政府が一括管理しているのである。
 サウジのこのシステムが大きくとり上げられたのは、インターネットサービス大手ヤフーが運営する「ヤフー・クラブス」への接続が禁止されたときである。(2000/08/14 日本経済新聞 夕刊) 有害な内容が多く含まれているというのが理由だが、ヤフー・クラブスは、約六万人のサウジ人が利用、閲覧していたということである。
 イランでは、92年よりインターネットに接続しているが、新聞・雑誌は政府の許可制、書籍には検閲が課されるなど厳しい情報統制の中で、インターネットが急速に普及している。
 コンピュータ所有者は推定200万人で、十年間で五倍に急増。インターネットプロバイダーも約20社を数える。さらに、インターネットカフェが登場したことにより、コンピュータを所有していなくとも自由に海外の多様な情報に接することができるようになった。こうした事態に対し、最高指導者の諮問機関・最高評議会は、野放し状態を終わらせるためのガイドラインを策定中。反体制、反イスラーム情報などが規制の対象になるとみられるが、「有害情報を完全に排除することは不可能」(プロバイダー幹部)ともいわれている。(1999/03/23 読売新聞 夕刊)
 インターネットは西側の腐敗した文化であるとして長らくインターネットを禁止してきたイラクでは、2000年7月27日にオープンした初の国営インターネット・カフェで、誰でもインターネットを利用できるようになった。(2000/08/03 毎日新聞) ただし、「イスラームの戒律に反せず、道徳や倫理を乱さない」ウェブページへのアクセスのみが許されている。なお、インターネットへの接続は、文化情報省が管理しており、民間企業はインターネット・カフェを開設したり、プロバイダーになったりすることは禁じられている。また、一般市民が家庭でインターネットを使うことも禁止されている。
 このように、イスラームを国教とする国の多くでは、イスラーム的価値に反する情報の流通・流入を防ぐために様々な努力を行なっている様子がうかがえる。しかしながら一方で、主に経済的な理由から、イスラームを国教としていながら規制を行なっていない国もある。
 マレーシアでは、96年2月、マハティール首相が「インターネットは検閲しない」と語った。また、隣のシンガポールにおける厳しい規制に対抗し、「マルチメディア・スーパー・コリドー(MSC)計画」を発表した。これは、首都郊外に作ったマルチメディア特別地区内では、インターネットについては一切規制せず、それによって、外国の情報産業を誘致しようという戦略である。一部地域ではあるにせよ、規制のまったくない状況を許容するというのは注目に値する。が、近年は、インターネット上に流される反政府情報の監視をはじめ、サイバーカフェの利用者を登録制にするなど、規制の方向へ向かっている。(1999/01/12 毎日新聞)
 また、イスラーム以外では、仏教王国ブータンの例がある。ブータンでは、仏教的伝統を守ることを主眼としており、新聞は一紙のみでテレビもインターネットも禁止にしてきた。しかし、1999年6月、4代国王ジグミシンゲワンチュク国王の在位25周年記念祭を機にテレビ放送が開始され、さらに、プロバイダーDruknetが設立され、英国ブリティッシュ・テレコムを経由したインターネット接続も開始された。 (1999/06/18 東京新聞)

2.2 治安上の理由による国家の規制

 中国では、主に治安上の理由から、宗教団体に対してもインターネット規制を適用しているが、規制教団の中でも特に有名なのは「法輪功」だろう。ここでは、法輪功への規制を中心に、中国のインターネット規制を概観してみよう。
 99年4月25日早朝から一時、北京の中南海周辺で、「法輪功」の信者が宗教活動の合法化を求めて座り込む騒ぎがあった。このときの動員には電話や口コミのほか、インターネットも用いたという。(1999/05/02 東京新聞)その後、99年5月3日、中国指導部は、「法輪功」を厳格な監視下に置く「非合法組織」に認定した。これに対して、法輪功側では、インターネットで反論を公開した。(1999/05/03 産経新聞)
 さらに、99年7月22日、中国政府は、法輪功の活動を取締まる決定を発表した。このときも、海外において十数ヵ国語のウェブページを持つ法輪功は、それらを通じ、政府に抗議するよう呼び掛ける緊急声明を出している。しかし、中国当局はこれらのページに対して、国内からはアクセスできない措置をとった模様だ。(1999/07/23 毎日新聞 夕)
 また、99年8月頃には、中国当局は、法輪功の支持者が法輪功指導者の文章を掲載したり政府機関を攻撃するよう呼び掛けていた国内のウェブページを、「違法な情報を広めた」として、閉鎖の措置をとった。(1999/08/19 内外タイムス)
 反政府活動取締まりの動きを強める中、2000年2月、中国国家秘密保護局は、暗号管理によって反政府活動の情報ルートを封じ込めるべく、暗号管理規定を策定した。(2000/02/22 日本経済新聞)
 こうした流れの中で、中国政府は2000年9月、インターネット情報を管理する「ネット情報サービス管理規則」を施行した。この規制は国務院(政府)新聞弁公室が主管することになる。このなかでは、「邪教や迷信の宣伝」が禁止の対象として含まれている。(2000/10/04 日本経済新聞)
 このように、中国では、治安維持の手段の一つとして宗教団体の規制が行なわれており、その一環としてインターネットにおいても宗教情報の規制が行なわれているようである。
 同様の規制は、シンガポールにおいてもみられる。シンガポールについてはすでに触れているが、97年10月以降も、規制の対象として、民族的・宗教的調和を阻害するような情報、という形で宗教に関連する情報が含まれており、宗教に関連する情報発信をする場合には、あらかじめ当局への登録が必要で、発信内容は常に政府の監視対象となっているという。(1999/01/12 毎日新聞)
 また、治安上の理由によるインターネットへの介入という意味では、米国主導の大規模な通信傍受システム、エシュロンがある。これは、米国国家安全局(NSA)がテロリズム等への対策として、インターネットをも対象として稼働させているものだが、(岩波『世界』2000/07, エシュロン関係リンク集http://www.jca.apc.org/privacy/echelon_link.html)このシステムは、ローマ法王、マザー・テレサなどといった宗教的指導者をも監視の対象とした。ローマ法王は10億人近い世界のカトリック信者への影響力があり、マザー・テレサは反戦思想が監視対象となったという。(2000/2/28毎日新聞http://210.173.172.13/digital/netfile/archive/200002/28-2.html )

3. まとめ

 インターネットは本質的にボーダーレスなものであり、価値観の異なる世界同士を相互接続してしまった場合、そこにそれまであった境界とは無関係に情報を均質化してしまう。そうした状況に対して、教育・政治・経済などの理由で何らかの規制を行なおうとする国は多く存在する。そしてまた、ここで主に見てきたように、宗教的価値観を守ろうとするために情報を規制する国々や、社会秩序を守ろうとするために宗教情報をも規制する国々もまた存在する。
 インターネットにおいては、規制を加えて情報を完全にコントロールしようとすることは、技術的には極めて困難である。それでも、ここでみてきた国々では、インターネットに接続しながらも、既存の境界を守り、その中で構築してきた価値観や社会秩序を維持していこうとして、情報の出入り口を一カ所に絞り、そこを管理することによって、本来は規制になじまないインターネットに対して、なんとかして情報規制を行なおうとしているのである。
 しかし、今後はますます、インターネットが経済的に重要性を増していき、それとともに情報流通量が飛躍的に増大していくことになると思われる。そうしたときに、その圧倒的な情報量に対して有効な規制を続けていくことは技術的にはほとんど不可能である。インターネットによって情報がグローバルに平準化していく中で、情報規制がなければ守られ得ない価値観や秩序は、今後どのような道を辿っていくのだろうか。

付記: なお、本稿執筆にあたり、井上まどか「宗教復興と人権をめぐる世界の潮流」(『現代宗教』, 東京堂出版,近刊)の原稿段階のものを参照させていただいたことを記しておきたい。

(主な参考文献)

夏井高人『ネットワーク社会の文化と法』, 日本評論社, 1997年9月.
藤原宏高編『サイバースペースと法規制』, 日本経済新聞社, 1997年10月.
名和小太郎『デジタル・ミレニアムの到来』, 丸善, 1999年4月
黒崎浩行編『電子ネットワーキングの普及と宗教の変容』, 国学院大学日本文化研究所, 2000年3月.
サイバーロー研究会編『サイバースペース法』, 日本評論社, 2000年4月.
国際宗教研究所編井上順孝責任編集『インターネット時代の宗教』, 新書館, 2000年6月.