平成11年度第1回AFLANG全国大会は、下記のように開催されました。
プログラム;
第1日目(土)(先勝・この日急ぐこと吉、午後より凶)
- 梶 茂樹(東京外国語大学AA研教授):「ウォロフ語調査報告」
セネガルの主要なウォロフ語方言の母音体系を、主として「ATR (Advanced Tongue Root) の観点から考察し、体系の変化、ひいていは標準語のあり方を考える。
ウォロフ語の母音体系は8母音とされており、正書法の表記においてもこの体系が採用されている。これはフランスの言語学者の手に依るものである。しかし、[ATR]の素性に注意すると、実際には11の母音音素が確認され、現地のウォロフ語話者もこれを認めている。これは、それまでの(フランス人)言語学者がこの点を見落としてきた為である......と、調査者は考えてきた。
しかしながら、である。ウォロフ語のheartlandである地域ではそうなのだが、地域別に調査してみると、都市部、特に若年層の発音は[ATR]の素性を消失しつつあり、むしろ「標準語」の母音体系に近づきつつあることが、今回の調査で明らかになったのである。さて、これをどう考えるか。
- 塩田勝彦(東京外国語大学AA研教務補佐):「ブラ語名詞句の特徴:その2」
前回に引き続き、ブラ語の名詞構造の分析結果が報告された。ブラ語はナイジェリア北東部で話されているチャド語派の言語で、話者人口は25万。名詞句の特徴としては
- 文法性が存在しない
- 複数形成に接尾辞を用いる
- 可譲渡(alienable)/不可譲渡(inalienable)が存在する
などが挙げられる。
配布されたハンドアウトは こちら でございます。
- 中野曉雄(元東京外国語大学AA研教授):「アフラジア語の喉音」
ここで言う喉音とは、軟口蓋から声門までの間で調音される音のことである。
アフラジア語の喉音を見渡したところ、例えば咽頭閉鎖音を用いた言語は存在しない(というより、世界の言語で咽頭閉鎖音を持つものはまだ報告されていない)。
その他の喉音の出現頻度としても、k, q, h, ?(この?は声門閉鎖音をあらわす)のようにしばしば見られるものから、qの放出音やGのようにほぼゼロのものまである。一般に無声音の方が分布が広い。
また喉音のうち、特にhと?は、ある一定の環境下では弱化する傾向が見られる。
歴史的変化としては、まず、北アラビア語やベルベル語では、セム祖語のkの放出音(声門化音)が口蓋垂化音に変化している。セム祖語の閉鎖音が、北中セムでは、母音の後で重化されずに摩擦音となる。アラビア語の各方言の軟口蓋音を見ると、セム祖語のk/kの放出音/g、アラビア祖語の k/q/g、が、さまざまな変化を遂げているのが看取される。
音の交替についても、喉音同士の交替および喉音とその他の音との交替の例をいくつか挙げて説明した。
さらに、アフラジア語の祖語における喉音の再建チャートを2種類(Orel/Stolbova 1995 に基づくアフラジア祖語の喉音、Stolbova 1987 に基づく西チャド語の再建された喉音)提示。最後に、アフラジア語の喉音再建の試みとして、以下が示された:
| k | kの下点 | g |
hの下弧 | q | qの上点 | Q |
h | K | Kの下点 | G |
第2日目(日)(友引・この日正午ごろ凶、朝夕吉)
- 米田信子(東京外国語大学大学院):「マテンゴ語の名詞の音調」
マテンゴ語はタンザニア南部で話されているバンツー系の言語である。マテンゴ語の名詞は語幹の基底声調によっていくつかの声調クラスに分けられる。表層化するにあたって以下のような規則が考えられる。
・HH→LH
・LH#→HL/_#
・LLL(L...)→LHL(L...)/#_#
詳しくは(米田 200X, forthcoming)を御覧下さい。
- アラジン・ソリマン(東京大学大学院)&榮谷温子(国会図書館非常勤調査員):「アラビア語エジプト方言における所有表現−bitaacの用法を中心に−」
アラビア語の方言(口語)には、エジプト方言の bitaac(このcは有声咽頭摩擦音を示す)や、マルタ方言の ta' 、モロッコ方言の dyal など、正則アラビア語には見られない独自の所有表現がある。
本発表では、エジプト方言の所有表現について、bitaac(英語の of のような意味)を用いる場合(例:「アリーの家」il-beet bitaac cAli =the-house of Ali)と、名詞・代名詞を直接後置する場合(例:「アリーの家」beet cAli =house Ali)との比較を中心に考察した。
結論として、まず、bitaac の使われにくさという点から見ると、次のような序列(角田 1991 の「所有傾斜」を修正したもの)が立てられる:
親族
> 親族ではないが心理的に近い者
> 属性(身長・体重などなど)
> 身体部分
> 排泄物
> 身につけた衣服
>愛玩動物、作品、その他の所有物
上位のものほど bitaac が使われにくい。さらに、下位の項目では、bitaac と、名詞・代名詞を直接後置する表現とが共存するわけだが、そのような場合、名詞・代名詞を直接後置する表現では、両者間の親密性の存在を表すのに対し、bitaac には、両者間の関係を明示する働きのあることがわかった。
ただし、bitaac と、名詞・代名詞を直接後置する表現との使い分けには、文脈や状況に依存する部分が大きく、明確にその境界線を引くことはできない。
配布されたハンドアウトは こちら でございます。
- 角谷征昭(広島大学大学院):「スワヒリ語の不定詞」
スワヒリ語の名詞的不定詞と動詞的不定詞の特徴を主語名詞の表示法に着目してまとめる。
「naに続く節の代用の不定詞」、
「前置詞句に続く不定詞」、
「主語、目的語になる不定詞」
の3種類の環境を取り上げるが、「naに続く節の代用の不定詞」と「前置詞句に続く不定詞」は動詞性が高いと思われる環境として、「主語、叙述語になる不定詞」は動詞性が低いと思われる環境として採用した(ハンドアウトより)。
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