ギニア・ビサウとカボ・ベルデのクレオル語の比較研究
〜TMAシステム〜

市之瀬 敦     


はじめに

現在、アフリカで話されるポルトガル語語彙クレオル語は、Holm(1989)の分類に従えば 、Upper Guinea Creole PortugueseとGulf of Guinea Creole Portuguese、この2つのグ ループに分けられる。

 このうち前者のグループに含まれるギニア・ビサウのクレオル語と カボ・ベルデのクレオル語1)の話者の間で相互理解が可能だとは両国でよく聞かされる ことであり2)、また両方のクレオル語がほぼ同じ時期に同一のポルトガル語ピジンを基に 形成された可能性が高いことはこれまでCouto(1994)、市之瀬(19922,1996)、 Rouge(1986,1995)などにより指摘されてきた。

 ところが、意外なことに、この2ヶ国のクレオル語の比較研究はこれまで全くと言って よいほど行われてきていない。おそらく、その最大の理由は、両方のクレオル語を並行し て研究する者が殆どいないからなのであろう。筆者自身もこれまで、ギニア・ビサウのク レオル語を中心に研究し、カボ・ベルデのクレオル語に関しては、あまり詳しく調べてこ なかった。

 しかし、近年、ギニア・ビサウのクレオル語とカボ・ベルデのクレオル語、ともにその 研究の進歩は目覚しく(例えば、ギニア・ビサウのクレオル語に関してはCouto(1994)、 Kihm(1994)、Rouge(1986,1995)、カボ・ベルデのクレオル語についてはSilva,I.(1990)、 Veiga(1982,1995)、Thiele(1991)など)、両方のクレオル語を比較という観点から考察で きる環境が整いつつある。

 そこで、小稿では、クレオル諸語の文法構造の中で、研究者か らもっとも注目を集め、そのため記述も進んでいるTMA(Tense, Mood, Aspect)シス テムの比較を、上記の研究文献と筆者のこれまでの研究成果を合わせて行ってみたい。

 なお、引用した文の表記法に関しては、それぞれの著者を尊重しているが、ギニア・ビ サウのクレオル語の場合、筆者が集めた例文については、1987年同国教育省が提案した正 書法に基づいている。ただし、その正書法は今も国民から受け入れられているわけではな い。


1. 無表示

 ギニア・ビサウとカボ・ベルデのクレオル語の動詞体系を観察するとき、それが基本的 に2つの対立に基づいていることがわかる。その対立とは、一つはアスペクトに関するも ので「完了」と「未完了」、そしていま一つは時制に関するものである(「前時制 (Anterior Tense)」という相対的な時制が重要な役割を果たすが、それは「4」で見る) 。

 これから「1.無表示」、「2.ta」、「3.na、sa ta」でアスペクトに関し見てゆ くが、ここではまず、「無表示」が「完了」を示すことを確認しておこう。なお、「無表 示」が「完了」を示すのは、この2つのクレオル語だけでなく、全てのクレオル諸語のT MAシステムに共通する重要な特徴である(ただし、インド洋のフランス語語彙クレオル 諸語は除く)。

GBC(ギニア・ビサウのクレオル語)
(1) n  bai skola.
  1sg go  school
  私は学校へ行った

CVC(カボ・ベルデのクレオル語)3)
(2) n  skreve un libru.
  1sg write a book
  私は本を書いた   (Veiga,1995, p198)

 次に英語語彙クレオル諸語とフランス語語彙クレオル諸語の例を1つずつ挙げておく:

ガイアナの英語語彙クレオル語
(3) i   wok.
  He/she work
  彼/彼女は働いた  (Peck, p213)

ハイチのフランス語語彙クレオル語
(4)mwen manje.
  I  eat
  私は食べた  (Alleyne, p111)

2.ta:「習慣」

 インド洋のフランス語語彙クレオル諸語という若干の例外を除き、世界中のクレオル諸 語で、「完了」が「無表示」で表わされることは前項で見たが、「未完了」についてはそ の表示方法がそれぞれのクレオル語によって異なる。

 英語語彙クレオル諸語とフランス語 語彙クレオル諸語は「未完了」に関し、
   @「進行」と「習慣」が同一の要素で示されるグ ループと、
   A「進行」だけが表示され「習慣」は「無表示」で表わされるグループとに分 けられる(ただし@の方が多い)。

 これに対し、ギニア・ビサウとカボ・ベルデのクレオ ル語は、「進行」と「習慣」がそれぞれ別の小辞によって表示される。

 さて、「習慣」に関し、この両国のクレオル語では、ta という常に動詞に前置される、 同形の小辞が用いられる4)。ギニア・ビサウとカボ・ベルデ、どちらのクレオル語にも 見られるこの ta は、ポルトガル語のコピュラ的動詞 estar、あるいは estar の直説法現在3 人称単数現在形 esta(口語体では ta と発音されることが多い)に由来すると考えられる。 不定形か定形かは決めがたいが、この estar という語以外の語源が指摘されたことは、筆 者の知るかぎりない。

「習慣」
GBC
(5) n  ta tarbaja ciu.
      work much
  私は(いつも)よく働く(=私は働き者である)

CVC
(6) n ta kanta.
     sing
  私は(いつも)歌う(≒私は歌手である) (Veiga,1995, p198)

 数多くの西アフリカ諸語では形容詞が動詞的な性質を持つが、どちらのクレオル語でも 、形容詞はやはり動詞的性質を持ち、したがって、ta、そして次項以降に見る na や ba を付 加することができる。

GBC
(7) n ta duenti.
     sick
  私は病気がちの人間である

 (7)では、ta は「習慣」を表わすというより、むしろ「本質」を表わすといった方がよ いのかもしれない。なお、「今病気である」と言うときは、ta の代わりに、コピュラである sta(やはりポルトガル語の estar に由来する)が使われる (n sta duenti.)。ただし、「 病気がち」というとき、実際は、n ta duensi.という動詞 (duensi) を使う文章の方が普通 である。

 「ta+形容詞」という形はカボ・ベルデのクレオル語でも可能だが、意味が異なってく る。

CVC
(8) nos tera ta seku.
  our land  dry
  私たちの土地は(今)乾燥している  (Veiga,1995, p165)

 Veigaはこのtaの用法に何のコメントも付していないが、「習慣」あるいは「本質」の 意味ではなく、語源であるestarの本来の意味(一時的状態)で使用されている。カボ・ ベルデのクレオル語にも一時的状態を表わすbe動詞staがあり、ギニア・ビサウのクレオ ル語の用例から見ても、(8)では sta が期待されるように思われる。

 しかし、もしVeigaの 言う通りだとしたら、カボ・ベルデのクレオル語のtaにはまだポルトガル語の語源の意味 が残されていることになり、ta の用法に関し、2つのクレオル語には同形とはいえ若干の 違いが見られることになる。

 なお、taはコンテキストによっては「未来(Future)」に解釈されることもある。「完了 」していないことを示す「未完了」表示形が、「これから〜〜する」という未来の意味を持 ったとしても不思議ではない。

「未来」
GBC
(9) n ta tene fiju.
     have child
  私は子供を産むだろう

CVC
(10) n ta kume.
     eat
   私は食べるだろう  (Veiga,1995, p199)

 ポルトガル語の estar との意味的継続性を感じさせる ta の用法がギニア・ ビサウのクレオル語にも見られる。estar には「状態の変化」という概念が含まれるが、次の例文で ta は「未来」を示すと同時に、今日までとは違う事態が明日には起きる というニュアンスを持っている。

(11) amana  no ta jubi onsi ora.
  Tomorrow    see eleven hour
  明日は(これまでと違い)11時に会いましょう

 例文(11)は、今日までは12時に会っていたのだが、明日は11時に会うことにする、 という状況下で発せられたものである。この ta には明らかに「状態の変化」の概念 が込められており、ポルトガル語の estar との繋がりが感じられるのである。


3.na と sa ta5):「進行」

 「進行」を表わす小辞は両方のクレオル語に存在するが、その形は異なっている。ギニ ア・ビサウのクレオル語では na であり(naは「〜の中に」を意味する前置詞でもある)、 カボ・ベルデのクレオル語では sa ta である。その語源は、na はポルトガル語の na(前 置詞 em + 定冠詞 a の縮合形)、sa ta の sa はポルトガル語の estar と考えられる(ta の語 源は前項で見たが、やはりestar)。

GBC
(12) n na bibi  yagu gosi.
     drink water now
   私は今、水を飲んでいる

CVC
(13) n sa ta papia.
       talk
   私は話している  (Veiga,1995, p209)

(14) n sta sinti friu.
      feel cold
   私は寒い(寒さを感じている)  (Silva,I. p153)

 筆者は以前ゎaはギニア・ビサウのクレオル語のTMAシステムに元々はなかった 小辞であり、ta na ("to be in")という「進行」を表す形が生まれ、後に動詞部分 (sta) が脱落し、na だけが残ったのではないか、という仮説を立てたことがある (市之瀬 199226)。そして、それは、ギニア・ビサウの クレオル語には「進行」だけを表す小辞が元々はなく、前項に見た ta が「進行」と 「習慣」の両方を表していたと推測されるということである(すでに触れたが、 英語やフランス語の語彙に基づくクレオル語でも、その両方が同一の小辞に よって示されるケースが多く見られる)。

 では、一方、カボ・ベルデのクレオル語の sa ta は、どのようにして形成されたのだろ うか。2つの可能性が考えられるが、第1は、より単純なプロセスで$B$d$O$j!V=,47!W$H 「進行」を表わしていた ta に sa (sta) が付加され、「進行」を示す表示形となった(その とき「進行形」に estar を使うポルトガル語の影響が考えられるだろう)。

 第2は、まず ギニア・ビサウのクレオル語と同じ経過を辿り sta na が形成されたが、na の代わりに sta (sa) が残り、後に ta が付加された、というものである。

 筆者は現時点では確信を持っ て判断することができないが、第2の仮説を取った場合、ta とは別の表示形として形成さ れた sta (sa) に重ねて ta を付加する必然性が感じられず、さらにプロセスも複雑である。

 逆に、第1の仮説を取ったとき、カボ・ベルデのクレオル語に強く見られるポルトガル 語の影響で説明がつく、こうした理由から、今のところ第1の仮説の方が妥当ではないか と推察している。いずれにしても、今後さらに調査されねばならない点である。

 さて、ta に「未来」の意味があることはすでに見たが、na と sa ta (sta) もやはり$BL$Mhを表わすことがある。

GBC
(15) n na bai Bisau amana.
     go    tomorrow
  私は明日ビサウに行くでしょう

CVC
(16) saud'  n sta faze un bajinu. (Macedo, 1979: Silva, p153より引用)
   Saturday    make a dance
  土曜日私はパーティーを開くでしょう

 前項で ta も未来を表わすことを見たが、ギニア・ビサウのクレオル語に関し、 その ta と na を比べたとき、na は相対的「確かな未来」、一方 ta は「不確かな未来」 を表す7)。「確かな未来」と「不確かな未来」が異なる小辞により表示 されるのは、ハイチのフランス語語彙 クレオル語も同様である(前者が ap、後者が va で示される)。カボ・ベルデのクレ オル語のtaとsa ta(sta)の違いに関しては、今後の調査の課題としたい。

 ギニア・ビサウのクレオル語の na と ta は組み合わせて、「未来における習慣」を表わ す形として使用することが可能だが、その順番が重要な意味を持つ。すなわち、「na ta +動詞」は認められるが、「ta na+動詞」は非文法的になるのである。

(17) no na ta lanta sedu.
   1pl   get up early
   私たちは早起きするようになるだろう

(17') *no ta na lanta sedu.

 この違いは、それぞれの小辞の語源にあると思われる。つまり、ta はポルトガル語の動 詞 estar を語源とし、動詞的性質を残しているため、小辞 na との組み合わせが可能なのに 比べ、na は前置詞を語源とするため、小辞 ta を直前に伴うことができないと考えられる のである。どちらも動詞直前に付加される小辞とはいえ、語源の品詞の違いによりクレオ ル語でも振る舞いが異なるのは興味深い現象である。やはり、クレオル語と上層語との関 わりというものも無視してはいけないのであろう。

 なお、ギニア・ビサウのクレオル語には、na に「来る」を意味する動詞 bin を 組み合わせ た未来表示形 na bin が使われることがある。 bin には「そしてそれから (and then)」とい う意味があり((18))、したがって「未来」を意味する na とともに使用されても不思議で はない。

 また、この na bin は母音間の -b- の脱落により nain、さらに a の脱落により nin と変化し、この最後の形がTMAシステムに未来表示形として文法化されつつある。

GBC
(18) n bin bin.
    come come
  それから私は来た

(19) n na bin (nin) tene fiju.
     come    have son/daughter
   私は子供を生むかもしれない


4.ba:「前時制」

 カボ・ベルデのクレオル語にも、ギニア・ビサウのクレオル語にも見られる ba は、ど ちらのクレオル語においても、動詞に後置され、「前時制」を表わす。以上触れた他のT MA表示形 ta 、na、sa ta、sa (sta)だけでなく、世界中のクレオル諸語のTMA表示形 はほぼ例外なく動詞に前置されるのだが、ba はその占める位置に関し極めて珍しい例外を なしている。

 しかも、ギニア・ビサウのクレオル語では、ba は 必ずしも動詞の直後に付 加される必要はなく、さらに興味深いことに、名詞述語に付加されることもありうる(例 文(26)参照)。

 ta、na、sa ta の語源が特定されているのに対し、この ba の起源に関しては、ポルトガ ル語の「終わる」を意味する動詞 acabar の ba、ポルトガル語のコピュラ的動詞 estar の 不完全過去形 estava の va(基層語の影響で、ポルトガル語の /v/ はどちらのクレオル語で も/b/と変わる)、ポルトガル語の動詞不完全過去活用語尾 -va、そして、どちらのクレオ ル語にとっても基層語の一つだと見なされるマンジャコ語 (Manjako) の、「終わる」を意 味する動詞 ba がこれまで指摘されてきた。

 筆者はかつて、これらの語源が相互作用を及ぼ し合いながら、クレオル語の ba になった可能性も無視できないのではないかと示唆したこ とがある(市之瀬、19921)。

GBC
(20) n pensa ba kuma Gine i  bunitu.
    think  that  cop  beautiful
  私はギニア・ビサウは美しいと思った

CVC
(21) Lob' ten ba past'.
   Wolf have  food
  狼は食べ物を持っていた  (Parson, p10: Silva,I.1990,p154より引用)

 ba は上記に見た ta 、na、sa ta と組み合わせて用いることができる。

「過去の習慣」
GBC
(22) n  ta tarbaja ba ciu.
  私は(いつも)よく働いた(=私は働き者だった)

CVC
(23) n ta kanta ba.
  私は(いつも)歌った(≒私は歌手だった) (Veiga,1995, p198)

「過去進行」
GBC
(24) n na bibi ba yagu.
  私は水を飲んでいた

CVC
(25) n sa ta skrebe ba.   私は書いていた  (Veiga,1995, p198)

 上記に触れたように、ギニア・ビサウのクレオル語では、ba は述語名詞に付加される こともできる。

(26) el  i mondiadur ba.
  3sg   hunter
  彼は猟師だった

 ギニア・ビサウのクレオル語の文法記述には必ずといってよいほど、ba のこの用例が 言及されるのだが、筆者がカボ・ベルデのクレオル語に関する資料の中で探した限りでは 、そうした用例は一つも見当たらない。
 (26)のような場合、カボ・ベルデのクレオル語は ポルトガル語のコピュラ ser の不完全過去形 era と同形の動詞を使用するのである (n era kasador)。この点に関し、カボ・ベルデのクレオル語はギニア・ビサウのクレオル語に比 べ、ポルトガル語に近い、すなわち脱クレオル化が進んでいると言えよう。

 ところで、カボ・ベルデのクレオル語の ba が常に動詞に直接付加されるのに対し、(27) に見られるように、ギニア・ビサウのクレオル語の ba が動詞に依存しない性質を持つこ とは、次に見る目的格代名詞との関係からもわかる。

GBC
(27) bu juda-n ba.
    help  me
  君は私を助けてくれた

CVC
(28) n da-ba el.
       him/her  (Rouge, 1995, p88)
  私は彼/彼女に与えた
  (cf: *n da-el ba)

 以上観察された違いから判断すると、カボ・ベルデのクレオル語の ba はポルトガル語 の不完全過去形の活用語尾 -va により近く、接辞的な性質を持つのに対し、ギニア・ビサ ウのクレオル語の ba は自立性が高く、一つの「語」といってよいかもしれない。


5. ja:「完了」表示形か「副詞」か?

 ギニア・ビサウのクレオル語にも、カボ・ベルデのクレオル語にも、ja という語がある のだが、この同形の語が2つのクレオル語において異なった位置づけをされている。すな わち、ギニア・ビサウのクレオル語では、 「すでに」を表す副詞だと見なされるのに対し (その語源であるポルトガル語の ja と同じ働き)、 カボ・ベルデのクレオル語ではTMAシ ステムの一部として用いられると考えられている(例えば、Silva,I.やVeiga。だが ThieleはTMAシステムに含めていない)。

 ギニア・ビサウのクレオル語の ja がTMAシステムの一要素というよりはむしろ、副詞 だと考えられる根拠として、
   @動詞に対する位置が「4.」で見たbaよりさらに遠い(例文(29))、
   A同一文中で2度以上使用できる、
   B別の副詞に続けることができる(例文(30))、
   C肯定文にのみ使用される、
などの点が指摘できるだろう。

GBC
(29) n bai ba ja skola.
  私はすでに学校に行った(行ってしまっていた)

(30) gosi ja   n ka  mist igeria ku  bo.
   now already  neg want fight with you
   今はもう君とは喧嘩したくない       (Peck, p219)

 ギニア・ビサウのクレオル語のjaが、このように副詞であると考えられるのに比べ、カ ボ・ベルデのクレオル語の ja は Silva,I. にも Veiga にもTMAシステムの一部と見なされ ている。Silva,I. によれば、ja は「完了」を表わすという。

 だが、2人が挙げる例文を検 討すると、上記に指摘したAがカボ・ベルデのクレオル語の ja に関しても言え、否定文の 例が一つもないことから、Cも該当するように思われる。さらに、ギニア・ビサウ人にか なり違和感を感じさせるのだが、カボ・ベルデのクレオル語では ja が主格代名詞の直前に 付加されるのである(Ja n bai skola.「私はすでに学校に行った」)。

 これらの点から 判断して、カボ・ベルデのクレオル語に関しても、ja はTMAシステムの一要素というよ りは、「完了」を強調するための副詞と見なすべきではないだろうか。そもそも、「1. 無表示」ですでに見たように、「完了」は無表示により示されているのである。


最後に

 以上見てきたことをまとめると、
  「無表示」はどちらのクレオル語でも「完了」を表わ す。
  ta に関しては、「習慣」を表わし、2つのクレオル語の間でほぼ一致が見られる。
  na と sa ta についても、形は全く違うが、やはり内容的には「進行」を表わす点で、両者の クレオル語の共通性は高い。しかし、
  baは「前時制」を示すという点では同じだが、その用法には無視できない相違が見られた。そして、
  jaはどちらのクレオル語でも「副詞」と 見なすことができるように思われ、したがって、TMAシステムの中に入れる必要はなさ そうである。

 こうしてみると、ギニア・ビサウのクレオル語とカボ・ベルデのクレオル語のTMAシ ステムは、各要素の形式や用法に若干の違いはあるものの、アスペクトに関しては、「無 表示=完了」、「ta=習慣」、「na、sa ta=進行」という基本的に3つの区別に、また 時制に関しては「前時制」が示されるか否かという2つの対立に基づいており、その意味 では、基本的な枠組は同じということができるであろう。

 また、na と sa ta の形成プロセス、baの用法などを見ると、カボ・ベルデのクレオル 語の方がポルトガル語に近く、ギニア・ビサウのクレオル語の方が基層語のより強い影響 を受けていると考えてよさそうである。ギニア・ビサウには今も15以上のアフリカ諸語 が話されているのに対し、カボ・ベルデにはクレオル語とポルトガル語しか話されていな いことを思えば、それは当然であろう。

 なお、今回はカボ・ベルデ北部諸島で話されるバルラベント(Barlavento)方言には言及 しなかったが、ギニア・ビサウのクレオル語からカボ・ベルデのクレオル語のソタベント 方言、そして、さらに脱クレオル化が進んでいるバルラベント方言を介しポルトガル語に いたるまでの連続体(Continuum)に関する考察も、さらなる新しい発見をもたらしてくれ そうに思われる。今後の課題としてゆきたい。


1) ギニア・ビサウのクレオル語は Kriol あるいは Kiriol と、カボ・ベルデのクレオル語は Kriolu あるいは Kabuverdianu と、それぞれの国民から呼ばれる。

2) この相互理解の度合いも、両国民が言うほど高いものではないらしい。Rouge (1995, pp82-83)は、ギニア・ビサウのクレオル語で語られた物語 (storia) の録音テープを数人の カボ・ベルデ人に聞かせたところ、全内容を理解できた者は一人もおらず、一文づつ聞 かせると初めて理解できたという。彼はその困難さの原因を主に、2つのクレオル語の 音韻面と語彙面の違いに帰している。

3) なお、以下に扱うカボ・ベルデのクレオル語とは、よりギニア・ビサウのクレオル語 に近いソタベント (Sotavento) 方言である。もう一方のバルラベント (Barlavento) 方言は 、ポルトガル語の影響が強く、脱クレオル化が進んでおり、ギニア・ビサウのクレオル語 との違いがかなり見られる。

4) この ta という小辞は、その用法に若干の差があっても、世界中のスペイン語語彙そし てポルトガル語語彙クレオル諸語に広く見られ、Ibero-Romance Creolesの単一起源仮説 の根拠となっている。

5) Rouge は2つの要素を一語と見なし sata と表記しているが、sa ba ta という、前時制表 示形baを間に挟む形が存在するため、筆者はやはり sa ta は2語と見なすべきだと考え る。なお、Silva は sta ta という形を挙げ、さらに sta (sa) だけでも「進行」を表わすと している。

6) 筆者は後に Peck (1988, pp352-353) が同様の考えを述べていることを知った$B$^$?!":# も古いクレオル語の変種「深いクリオル語 (Kriol Fundu)」で sta na が使用されることは 、筆者や Peck の見解の傍証となるだろう (Jon sta na laba kurpu「ジョンは体を洗ってい る」)。
 なお、sta na に関しては、ポルトガル語からの影響 (「estar a不定詞」が「進行 」を表わす)と、基層語(マンジャコ語)からの影響 の両方が 指摘できよう。

7) Peck (1988, p289)も ta の方がより不確かな未来に使われると述べている。


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