1997年6月29日Aflang 統辞論から見たアムハラ語の継起形 若狭 基道(東京大学大学院) 1. アムハラ語について アムハラ語はエチオピアの公用語であり、セム語族に属する言語である。 基本語順はいわゆるSOV型であり、従属節は主節に先行する。前置詞や、接尾的な 定冠詞や所有を表す人称代名詞の形、接頭的な関係節やその他の従属節の標識を持って いる。 インフォーマントとして協力して下さった方はgabayahu Ayala tasammAさん。1961年 生れ、ゴッジャム州出身。1983年よりアジスアベバに住み、1993年来日、現在は東京大 学の大学院生である。アムハラ語の方言差はあまり大きなものではないだろうと言われ ているが、詳細はよく分っていない。 2. 継起形とは 継起形という名称は、中野(1996)に倣ったものである。他の先行研究ではgerundive (Leslau 1967)、gerund(Leslau 1995)、g rondif(Cohen 1936)、Converb(Hetzron 1972)、 副動詞形(柘植 1988)等、様々な名称で呼ばれている。 継起形は人称・数・性に従って変化する。sabbara「壊す」という動詞を例に取ると、 以下のようになる。 sabr-o (3m.sg.),sabr-A (3f.sg.),sabr-ah (2m.sg.),sabr-asY (2f.sg.), saberr-E (1sg.),sabr-aw (3pl.),sabr-Accehu (2pl.),sabr-an (1pl.) 語幹部分は動詞の種類により様々であるが、語尾は総ての動詞に共通である。 継起形はそれ自身の時制・法等は持たず、それらは他の定動詞に依存して決る。単独で は専ら従属節動詞として使われ、主節動詞として使われることは(少なくとも現代の普通 の話し言葉では)まずない。 継起形が従属節動詞として使われた場合、先行研究によれば、(A)主動作の開始時点で既 に終えられている動作を表す、「〜した後で」の意味、(B)主動作と同時になされる動作を 付帯状況として表す、「〜しながら」の意味(副詞的用法)、の二つの用法があるとされて いる(Cohen(1936:183-186)、Leslau(1967:288-289)、Hetzron(1972:98-101)、Leslau (1995:358-374)、中野(1996:54-55)参照。(A)(B)は発表者の言葉で纏めたもの)。 (A)の用法とは、例えば次の様なものである。 (1)balto hEda. 食べる 行く 3m.sg.G 3m.sg.PF 「彼は食べた後で行った。」 また、発表者の考えでは、継起形の意味の記述としては(A)だけで十分である。そのよう な考え方に立ち、発表者は若狭(1997)で、(B)の用法が現れる条件を意味の観点から以下の 4つに下位分類し、その各々に関し(A)の用法との関連付けを試みた。 (B-1)変化を表す動詞が、継起形動詞として用いられている場合 (2)taqamTo maShAf yAnabbAl. 座る 本 読む 3m.sg.G 3m.sg.CI 「彼は座って本を読んでいる。」 (B-2)継起的関係にある二つの動作が繰返されることを表現している文で、継起形が用い られている場合 (3)sAr ACejjE ganzab AgannYAllahu. 草 刈る お金 見付ける 1sg.G 1sg.CI 「私は草を刈ることでお金を得ている。」 (B-3)「ある継続期間を伴う一つの動作が終った瞬間に別のある事態が出現する」という 関係を表している文で、継起形が用いられている場合 (4)ruTo tamallasa. 走る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.PF 「彼は走って戻ってきた。」 (B-4)「ある状態である」「ある状態になる」の二つの意味を持っている動詞が、後者の 意味で継起形動詞として用いられている場合 (5)demmat-wA wadazzih qass belA teqarbAllacc. 猫 Def. こちらに ゆっくりになる 近付く 3f.sg.G 3f.sg.CI 「猫がゆっくりとこちらに近付いている。」 本発表では、「〜した後で」という共通の意味を持つと考えられる継起形の(A)及び (B-1〜4)の諸用法を統辞論の観点から考察し、これらがどのような違いを示すかを観察す る。 3. 語順から見た継起形 3.1. 一般的な語順 継起形は一文中に複数現れることも可能であるが、本発表では継起形が一つしか現れて いない文に限定して議論を進める。その様な文は、 (X) 動詞の継起形 (Y) 主節動詞. という構造を有している。 一般に、意味上従属節動詞にのみ関係する要素は(あるとすれば)Xの位置に、同じく 主節動詞にのみ関係する要素はYの位置に現れる(但し接尾的な代名詞要素は別)。 (6)bAnk hijjE ganzab AwaTTAhu. 銀行 行く お金 出す 1sg.G 1sg.PF 「私は銀行に行ってお金を下ろした。」 一方、両動詞に共通して関わる要素はXの位置に来るのが普通である。 (7)AlmAz ruTA tamallasacc. アルマズ 走る 戻る 3f.sg.G 3f.sg.PF 「アルマズは走って戻ってきた。」 (8)segA-w -en Tabso-ll -At ballAcc. 肉 Def. を 焼く の為に 彼女 食べる 3m.sg.G 3f.sg.PF 「彼は彼女のために肉を焼き、(その後)彼女が(その肉を)食べた。」 ところがこの一般的な語順の傾向に反し、意味上主節動詞にのみ関係すると思われる要 素がXの位置に来ることがある。以下ではその現象を扱う。 3.2. 一般的な語順に従わない例 (9)qurs-E -n qass beyyE ballAhu. 朝食 私の を ゆっくりになる 食べる 1sg.G 1sg.PF (9')?qass beyyE qurs-E -n ballAhu. ゆっくりになる 朝食 私の を 食べる 1sg.G 1sg.PF 「私は朝食をゆっくりと食べた。」 (9')も完全に不適格な文ではないが、圧倒的に好まれるのは(9)の方である。ここで の'qurs-E-n'「私の朝食を」という要素は、意味上主節動詞にのみ関わっていると考えら れる。実際、(10)のような文は意味をなさない。 (10)*qurs-E -n qass Alku. 朝食 私の を ゆっくりになる 1sg.PF 次も同様である。 (11)e -zzih katamA makinA nadeccE darrasku. に この 町 車 運転する 到着する 1sg.G 1sg.PF (11')?makinA nadeccE e -zzih katamA darrasku. 車 運転する に この 町 到着する 1sg.G 1sg.PF 「私はこの町に車を運転して到着した。」 ここでも'e-zzih katamA'「この町に」という要素は、継起形動詞と直接関わっていると は考えられない。確かに(12)に見られるように、「運転する」という動詞と関係付けられ て使われることもある。 (12)e -zzih katamA makinA naddAhu. に この 町 車 運転する 1sg.PF しかし(12)は「私はこの町の中で車を運転した。」という意味であり、「この町に向って 運転した」という意味ではない。よって例文(11)の'e-zzih katamA'は、主節動詞にのみ意 味上直接の関わりを持っていると考えるべきであろう。 このように主節動詞にのみ関係すると考えられる要素が従属節動詞よりも前に来ている 例を、以下に幾つか挙げる。 (13)Ahun ganA ruTo tamallasa. たった今 走る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.PF 「彼はたった今走って戻ってきた。」 (14)ba-gizE ruTo tamallasa. に 時間 走る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.PF 「彼は走って時間に間に合って戻った。」 (15)demmat-wA wada-zzih qass belA teqarbAllacc. 猫 Def. へ ここ ゆっくりになる 近付く 3f.sg.G 3f.sg.CI 「猫がこちらにゆっくりと近付いている。」 (16)makinA taTanqeqo yenadAl. 車 注意深くなる 運転する 3m.sg.G 3m.sg.CI 「彼は注意深く車を運転する。」 (17)bezu AraqE celA teTaTTAllacc. 多い 焼酎 出来るようになる 飲む 3f.sg.G 3f.sg.CI 「彼女は焼酎を沢山飲める。」 3.3. 語順に関するまとめ 一般的な語順に従わない例を見ると、(17)のcAla「出来るようになる」を使った文(こ れは(B-1)の例)を除いては、皆(B-3)(例文(11)、(13))か(B-4)(例文(9)、(15)、(16)) に属するものばかりである。 但し以下に見られるように、(B-3)(B-4)に含まれるものの総てが例外的な語順を取るわ けではない。 (18)ersAs-u tankabAllo walal-u lAy waddaqa. 鉛筆 Def. 転がる 床 Def. 上 落ちる 3m.sg.G 3m.sg.PF 「鉛筆が転がって床の上に落ちた。」 ((B-3)の例) (19)ba-makinA-yE taTaqemmE wada yunivarsiti ehEdAllahu. に 車 私の 使う(仕えられる) へ 大学 行く 1sg.G 1sg.CI 「私は自分の車で大学に行きます。」 ((B-4)の例) (20)ebAb-u tasbo dAgat yewaTAl. 蛇 Def. 這う 坂 登る 3m.sg.G 3m.sg.CI 「蛇が坂を這い上がっている。」((B-4)の例) 4. 他の動詞形への言換えから見た継起形 4.1. 他の動詞形への言換えに関する一般的なこと 一般に「継起形を使った従属節+主節」という構造に於ける継起形は、主節動詞が完了 形なら「完了形+nnA」に、複合未完了形なら「単純未完了形+nnA」に、命令形なら「命 令形+nnA」に置換えることが可能である。nnAは「そして」位の意味であり、このように 言換えることが出来るということは、主節と従属節の結び付きが弱く、それぞれの節が互 いにかなり独立した内容を表している事を示していると考えられる。 (21)barr-u -n kaftA wada bEt gabbAcc. 戸 Def. を 開ける へ 家 入る 3f.sg.G 3f.sg.PF (21')barr-u -n kaffatacc-ennA wada bEt gabbAcc. 戸 Def. を 開ける そして へ 家 入る 3f.sg.PF 3f.sg.PF 「彼女は戸を開けて家に入った。」 (22)erAt baltaw tElEvizYen yemmalakkatAllu. 夕食 食べる テレビ 見る 3pl.G 3pl.CI (22')erAt yebalu-nnA tElEvizYen yemmalakkatAllu. 夕食 食べる そして テレビ 見る 3pl.SI 3pl.CI 「彼等は夕食を食べ(終り、今は)テレビを見ている。」 4.2. 上記の規則に対する反例 ところが4.1.で述べたことが当てはまらない場合もある。以下にそれらの実例を挙げる。 (23)demmat-wA wada-zzih qass belA teqarbAllacc. 猫 Def. へ ここ ゆっくりになる 近付く 3f.sg.G 3f.sg.CI 「猫がゆっくりとこちらに近付いている。」 (23')*demmat-wA wada-zzih qass tel-ennA teqarbAllacc. 猫 Def. へ ここ ゆっくりになる そして 近付く 3f.sg.SI 3f.sg.CI (24)ba-makinA-yE taTaqemmE wada yunivarsiti ehEdAllahu. に 車 私の 使う へ 大学 行く 1sg.G 1sg.CI 「私は自分の車で大学に行く。」 (24')*ba-makinA-yE eTTaqqam-ennA wada yunivarsiti ehEdAllahu. に 車 私の 使う そして へ 大学 行く 1sg.SI 1sg.CI (25)makinA taTanqeqo yenadAl. 車 注意深くなる 運転する 3m.sg.G 3m.sg.CI 「彼は車を注意深く運転する。」 (25')*makinA yeTTanaqqaq -ennA yenadAl. 車 注意深くなる そして 運転する 3m.sg.SI 3m.sg.CI (26)enjarA gAgerrE lej -E -n AstamrAllahu. インジェラ (パンを)焼く 子供 私の を 教える・教育する 1sg.G 1sg.CI 「私はインジェラを焼くことで子供の学費を得ている。」 (26')*enjarA egAgger -ennA lej -E -n AstamrAllahu. インジェラ (パンを)焼く そして 子供 私の を 教える・教育する 1sg.SI 1sg.CI (27)taqamTo maShaf yAnabbAl. 座る 本 読む 3m.sg.G 3m.sg.CI 「彼は座って本を読んでいる。」 (27')*yeqqammaT-ennA maShaf yAnabbAl. 座る そして 本 読む 3m.sg.SI 3m.sg.CI (28)AmArennYA ceyyE eSefAllahu. アムハラ語 出来るようになる 書く 1sg.G 1sg.CI 「私はアムハラ語を書くことが出来る。」 (28')*AmArennYA ecel -ennA eSefAllahu. アムハラ語 出来るようになる そして 書く 1sg.SI 1sg.CI (29)waddo wada ityoPPeyA hEda. 好む へ エチオピア 行く 3m.sg.G 3m.sg.PF 「彼は自分の意志でエチオピアに行った。」 (29')*waddada-nnA wada ityoPPeyA hEda. 好む そして へ エチオピア 行く 3m.sg.PF 3m.sg.PF (30)tannYeto yeqAzYAl. 寝る うわごとを言う 3m.sg.G 3m.sg.CI 「彼は寝言を言っている。」 (30')*yetannYA-nnA yeqAzYAl. 寝る そして うわごとを言う 3m.sg.SI 3m.sg.CI 4.3. 継起形の言換えに関するまとめ 一般に(B-4)の用法の継起形は他の動詞形に置換えることが出来ないことが多い (例文(23)から(25))。但し以下の様な例外もある。 (31)ebAb-u tasbo dAgat yewaTAl. 蛇 Def. 這う 坂 登る 3m.sg.G 3m.sg.CI (31')ebAb-u yessAb-ennA dAgat yewaTAl. 蛇 Def. 這う そして 坂 登る 3m.sg.SI 3m.sg.CI 「蛇が坂を這い上がっている。」 また、(25)も主節動詞が命令形ならば、以下のように言換える事が出来る。 (32)taTanqaq -ennA nedA. 注意深くなれ そして 運転しろ 2m.sg. 2m.sg. 「注意深く運転しなさい。」 4.1.で挙げた例に見られるように、継起形の(A)の用法は他の動詞形に置換えることが 可能である。興味深いのは、意味上は(A)との区別が全くないと考えられる(B-1)の用法の 継起形が、多くの場合、他の動詞形に置換えることが出来ないということである (例文(27)から(30))。また、形式上置換えることが出来ても、元の継起形を使った文と は意味が変ってしまう(とのコメントが得られる)文もある。 (33)Abran maTTAn. 一緒になる 来る 1pl.G 1pl.PF 「私達は一緒に来た。」 (33')Abbarn -ennA maTTAn. 一緒になる そして 来る 1pl.PF 1pl.PF 「私達は同盟を結んで(戦闘などに)来た。」 但し(27)と(30)は、主節動詞が完了形ならば、継起形を「完了形+nnA」にすることが 可能である。前者のみ例を挙げる。 (34)taqammaTa-nnA maShaf Anabbaba. 座る そして 本 読む 3m.sg.PF 3m.sg.PF 「彼は座って本を読んだ。」 (B-3)に関しては、(A)と同様の置換えが可能である。 (35)ruTo tamallasa. 走る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.PF (35')roTa -nnA tamallasa. 走る そして 戻る 3m.sg.PF 3m.sg.PF 「彼は走って戻ってきた。」 尚、例文(26)は(B-2)の例であるが、集めた用例が少ないので現段階では何も言えない。 因みに(3)の継起形を「単純未完了形+nnA」にすることは可能である。 5. 否定のスコープから見た継起形 5.1. アムハラ語に於ける否定のスコープ アムハラ語の、継起形従属節動詞が肯定形で主節動詞が否定形である文を観察すると、 主従両節の動作内容が否定される場合、従属節の内容のみが否定される場合等、様々な否 定のパターンが存在する。こうした意味の決定にどうのような要因が働いているのかは、 よく分っていない。 以下では具体例を検討し、どのような場合にどのような否定のパターンとなりやすいか を観察する。但し調査は未だ不十分であり、結果は暫定的なものであると考えられたい。 否定のパターンの表示として、○×の記号を使う。○は肯定、×は否定の意味であり、 左側が従属節、右側が主節の動作内容である。即ち「○×型」とは主節動詞の内容のみが 否定される型であり、「××型」は主従両節の動作内容が否定される型のことである。 因みに標準的なアムハラ語には、継起形の否定形は存在しない。発表者のインフォーマ ントの方言では、継起形の否定形も存在するが、従属節中では何か補助動詞の様なものが 要求されるようであり、本発表で扱っている構造とは直接には対応しないものとなるため、 今回は扱わなかった。 5.2. 否定のパターンごとの具体例 以下では確認した用例の幾つかを列挙する。一つの文が複数の否定パターンを取ること もあるため、今後調査が進めば以下の分類は変更される可能性もある。「 」内は必ずし も逐語訳的な日本語訳ではなく、場合によっては状況の説明をもって訳に代えた。 ○×型 (A)の例 (36)sadbo -nnY AlmattAhu =t =em. 侮辱する 私を 叩く 彼を 3m.sg.G 1sg.NEG.PF 「彼は私を侮辱したけれども、私は彼を殴らなかった。」 (37)erAt baltaw televizYen Ayemmalakkatum. 夕食 食べる テレビ 見る 3pl.G 3pl.NEG.SI 「彼等は夕食を食べた。今はテレビを見ていない(他のことをしている)。」 (B-1)の例 (38)tannYeto AyennAggarem. 寝る、横になる 話す 3m.sg.G 3m.sg.NEG.SI 「彼は横になって、黙っている。」 (39)tasabesban men-em AltaCAwwatnem. 集る 何 も 楽しむ 1pl.G 1pl.NEG.PF 「私達は集ったけれども、全然楽しくなかった。」 (B-3)の例 (40)gAlbo Altamallasam. 馬に乗る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「彼は馬で出かけたまま、未だ帰っていない。」 (41)lEbA -w ruTo AlsYassYam. 泥棒 Def. 走る 逃げる 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「泥棒は走ったけれども捕まった。」 (B-4)の例 (42)ebAb-u tasbo dAgat AywaTAm. 蛇 Def. 這う 坂 登る 3m.sg.G 3m.sg.NEG.SI 「這っていた蛇が今は坂の上にはいない(何処かに行ってしまった)。」 ××型 (A)の例 (43)bAnk hijjE ganzab AlAwaTTAhum. 銀行 行く お金 出す 1sg.G 1sg.NEG.PF「私は銀行に行かなかったのでお金がない。」 ×○型 (A)の例 (44)Anqaw Algaddalu=t=em. 窒息させる 殺す 彼を 3pl.G 3pl.NEG.PF 「彼等は彼を絞殺以外の方法で殺した。」 (45)Abran AlmaTTAnem. 一緒になる 来る 1pl.G 1pl.NEG.PF 「我々は別々に来た。」 (46)qomo AltanAggaram. 立つ 話す 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「彼は座ってor横になって話した。」 (47)balto AlAgannYA=w=em. 食べる 見付ける 彼 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「彼は彼が未だ食事をしていないと分った。」 (48)CarressYE AlsarrAhum. 終える 働く 1sg.G 1sg.NEG.PF 「私は未だ仕事中です。」 (B-1)の例 (49)taqamTo maShAf AyAnabbem. 座る 本 読む 3m.sg.G 3m.sg.NEG.SI 「彼は立ってor寝そべって本を読んでいる。」 (B-3)の例 (50)ruTo Altamallasam. 走る 戻る 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「彼はゆっくりと戻ってきた。」 (B-4)の例 (51)qass belan AlballAnem. ゆっくりになる 食べる 1pl.G 1pl.NEG.PF 「私達は急いで食べた。」 (52)qass belo AyennAggarem. ゆっくりになる 話す 3m.sg.G 3m.sg.NEG.SI 「彼は早口だ。」 (53)ba-makinA-yE taTaqemmE AlhEdem. に 車 私の 使う 行く 1sg.G 1sg.NEG.SI 「私は車以外の方法で行く。」 (54)makinA taTanqeqo AynadAm. 車 注意深くなる 運転する 3m.sg.G 3m.sg.NEG.SI 「彼の運転は乱暴だ。」 ×○型と○×型双方の可能性がある例 (A)の例 (55)sarqo AlyAzu=t=em. 盗む 捕える 彼を 3m.sg.G 3pl.NEG.PF 「彼は盗んでいないのに彼等に捕えられた。」「彼等は泥棒を捕えられなかった。」 (56)zafno Alhedam. 歌う 行く 3m.sg.G 3m.sg.NEG.PF 「彼は歌うことなく出かけた。」「彼は歌い、そして出かけなかった。」 ○×型と××型双方の可能性がある例 (A)の例 (57)barr-u -n kafecce wada bEt-E AlgabbAhum. 戸 Def. を 開ける へ 家 私の 入る 1sg.G 1sg.NEG.PF 「私は戸は開けたけど、家に入らなかった。」 「私は戸を開けもしなかった。当然家に入らなかった。」 尚、例文(55)以下では、二つの訳のうち最初の方がより自然な解釈である。 5.3. 否定のスコープに関するまとめ 以下では継起形の各用法毎に結果を整理する。 (A) 基本的には○×型である。但し×○型になる(或はその方が解釈として自然になる) という例があり、それらは先行研究で副詞的用法と呼ばれてきたものに対応している ようである。××型となる場合もある。 (B-1) ○×型も×○型もある。 (B-2) データ不足のため何とも言えない。 (B-3) ○×型と×○型が同じくらいあるらしい。 (B-4) ×○型が多い。○×型もある。 6. まとめ 細かい点を無視して、今まで述べてきたことをごく大雑把に纏めるならば、次の表のよ うになる。 (A) (B-1) (B-2) (B-3) (B-4) 語順が規則的 ○ ○ ○ × × 継起形の言換え ○ × ? ○ × 否定のスコープ ○× ○×,×○ ? ○×,×○ ×○ 表の見方 1段目の○は語順が3.1.で述べた規則通りであることを、×は例外も多い ことを示す。 2段目の○は継起形動詞を4.1.で述べたように他の動詞形に置換えること が可能であることを、×はそうでないことが多いことを示す。 3段目の○と×に関しては5.1.で述べた通り。 ?はデータ不足であることを示す。 (A)を中心的・典型的な用法であると見なすならば、(B-4)は、少なくとも本発表で扱っ た3つのテストに関しては、同じ継起形でもかなり異質なものであると考えられる。 (B-1)と(B-3)も(B-4)程ではないにせよ、(A)とは相違点が少なからず見られる。殊に意 味論上は(A)そのものである(B-1)(但し先行研究では副詞的用法として言及されているこ ともあるので本発表及び若狭(1997)では(A)とは別の範疇にしてある)が、(A)と異なって いる点もあるのは興味深い。 略号一覧 CI 複合未完了形 sg. 単数 Def. 定冠詞 SI 単純未完了形 f. 女性 1 一人称 G 継起形 2 二人称 m. 男性 3 三人称 NEG. 否定形 ? 文法的・意味的に不自然な文 PF 完了形 * 文法的・意味的に許容されない文 pl. 複数 転写に用いた字母は以下の通り 母音 i, E [e], A [a], o, u, a (広いa), e(曖昧母音) 子音 p, b, t, d, c (無声後部歯茎破擦音), j(有声後部歯茎歯擦音), k, g, s, z, sY(無声後部歯茎摩擦音), zY(有声後部歯茎摩擦音), f, h, m, n, nY(硬口蓋鼻音), l, r, w, y [j], '(声門閉鎖音), v(外来語のみに現れる), P, T, C, S, q [k'] (以上の五つは放出音), W (直前の子音が唇音化される事を示す) 分ち書きの方法はエチオピア文字による表記に従った。必要に応じて「−」により形態 素の境界を示した。また、「=」は動詞の否定形や複合形(CI等)の間に入り込む代名詞 要素の境界を示す。 参考文献 Cohen,Marcel 1936 Trait de langue amharique (Abyssinie). Paris: Institut d' thnologie. Hetzron,Robert 1972 Ethiopian Semitic:Studies in classification. Manchester University Press. Leslau,Wolf 1967 Amharic textbook. Wiesbaden:Otto Harrassowitz. 1995 Reference grammar of Amharic. Wiesbaden:Otto Harrassowitz. 中野暁雄(編) 1996 『アムハラ語 初等文法の基礎 アムハラ語−日本語総 語彙集』(アムハラ語研修テキスト) 東京外国語大学アジア・アフリカ言語 文化研究所. 柘植洋一 1988 「アムハラ語」 亀井孝・河野六郎・千野栄一編著 『言語学大辞典』第一巻:451-454. 三省堂. 若狭基道 1997 「アムハラ語の継起形について」 『日本言語学会第114回大会 予稿集』:90-95.