大野 仁美
ツェラTshera語は、中部コイサン語族に属する言語である。言語学的な記述はまだなされておらず、話者数は知られていない。
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1996年、ボツワナ国Kautoane(あるいはKaudoane, Kaotone)にてこの言語を調査
する機会を得た(調査期間は一日:基礎的な語彙100語と親族名称体系を調査した)。
以下、その概要を「超初期報告」として報告する。
1. Click Accompanimentsの体系について
中部コイサン語族は、従来北部コイサン語族・南部コイサン語族に比べてクリック
が少ないと報告されてきたが、Nakagawa1996によってそれはくつがえされ、グイ語に
は13種類のクリック伴音の対立が存在し、そのうちふたつ (=voiceless velar
ejective とaspirated uvular plosive)の存在は初めて報告されるものであること、
velar とuvularの対立が(uvular accompaniments自体非常にまれな存在である)
voicing, voicelessness, aspiration, ejectionにおいて見られること等があきらか
にされた。
そして、今回の調査によってツェラ語にもグイ語と同様のクリック体系をもつこと
が明らかになりつつある。
これらの事実は、従来の「中部コイサン語観」を変え、中部コイサンの歴史を考える
上で持つべき全体の枠組みを見直すことを要求する、重要なものである。
2.Click loss
中部コイサンにおいて、クリックの消失という現象がある。もっともなくなりやす
いのは[!(alveolar click)]であり、次に[=(palatal click)]であることが指摘され
ている。
グイ語ではこの現象は起こっていないが、グイ語と非常に近い関係にあるガナ語で
は!の消失が進行中であることがすでに観察されている。
今回の調査によってツェラ語でもガナ語と同様の、以下の傾向をもつクリックロ
ス([!]の消失)が進行中であることがわかった:
すなわち、
accompaniment は、velarの方がuvularよりクリックが落ちやすい。
後続母音はplainの方がpharyngealizedよりクリックが落ちやすい。
今後の課題
中部コイサンの歴史的研究という観点から、ツェラ語における上記の二つのテーマ
に関する調査を継続すると同時に、トーンおよびPerson-Gender-Number Marker system
の調査を行い、グイ語・ガナ語との比較を行う。なお、この報告後行った調査でグイ
語とのcognateを600語ほど収集し、既にこれらの調査に着手したことを付け加えてお
く。