マテンゴ語の調査について 東京外国語大学大学院 米田信子 130言語以上あると言われているタンザニアの民族語だが、「国語」であ るスワヒリ語の著しい浸透の影響が、その多くに現れてきている。話者の 減少、言語使用や言語態度の変化、運用能力の低下、といった社会言語学 的側面からの影響のみならず、文法や音韻体系といった言語自体にもその 影響は見られるようになった。 マテンゴ語も、そのような状況下にある民族語のひとつである。マテン ゴ語はバンツー諸語のひとつ(N13)で、マラウィ湖の東岸中央部、タン ザニア西南端に位置するンビンガ県で話されている。話者数は約15万人程 度と思われる。話者自身によるこの言語の呼び名はサマテンゴ(Samatengo) である。 マテンゴ語研究の最初の段階として行なった社会言語学調査から、マテ ンゴ語にもスワヒリ語の影響がかなり見られることがわかった。例えば、 スワヒリ語の単語が借用語としてマテンゴ語の音韻体系に従って現れる例 は当然数多く見られるのだが、それだけではなく、マテンゴ語の(本来の) 音韻体系にはないスワヒリ語の音素がマテンゴ語の中に現れる例も少なく ない。また、スワヒリ語に干渉されたと思われる文法呼応や時制体系の例 が幾つも見られた。急速なスワヒリ語浸透とスワヒリ語使用の一般化の結 果であると思われる。このような現象は、外的要因による言語変化のメカ ニズムを解明する重要な手掛かりである。と同時に、タンザニアにおける スワヒリ語浸透の速度を考えると、この言語の記述が急がれるところでも ある。 現在はこのような状況を踏まえつつ、マテンゴ語の記述研究を行なって いるが、今回の発表ではいくつかの関心事の中から、母音の交替と時制体 系について述べる。 <母音の交替について> マテンゴ語は次のような7母音体系である。 i, e, E, a, O, o, u kulima “動物を飼う”kukula“ 食べる” kulema “畑で働く”kukola“増加する” kulEma“脱出する” kukOla“乾きをいやす” ただし以下のような母音の交替が可能である。 @語末において iとE、uとOが自由変異となる。 A語中においてはiとe、uとoが交替が可能な場合がある。 (交替できない場合・・接辞中の母音、最少対をなす語の母音など) BeとE、oとOは自由交替が一般化している。 このように、前母音 i, e, E と後母音 u, o, O はそれぞれ互いに弁別的 でないことが多い。Bについては周辺言語やスワヒリ語が5母音体系であ ることが影響している可能性が高いが、特に@Aについて、母音交替と接 続する子音との関係や母音調和についてさらに詳しく調べていく必要があ る。 <時制体系について> スワヒリ語では時制標識のみで<現在><過去><完了><未来>のテ ンス・アスぺクトの区別がなされているが、マテンゴ語では時制標識と語 尾との組み合わせによって、より細かい区別がなされている。このように 細分化された時制体系はバンツー諸語においてはめずらしいことではない。 こうした細かい時制体系の意味解釈については、“発話時からの時間的方 向と時間的距離の違いによる区別(例えば<遠過去>と<近過去>)とし て考えられる場合が多い。しかしながらマテンゴ語では、少なくとも時を 表わす語もしくは句を伴う場合、発話時からの客観的な時間的距離は問題 にならない。ここには時間的距離よりもむしろ話者の主観、つまりモダリ ティが関与しているものと推測される。 マテンゴ語に関する先行研究 Hafliger, P Johannes.1908. "Fabeln der Matengo" Anthropos, 3. ------------------- 1909. "Kimatengo-Wterbuch" Ebner, Elzear P. 1957. Grammatik der kiMatengo-Sprache Yoneda Nobuko 1996. "The impact of the diffusion of Kiswahili on ethnic languages in Tanzania : A case study of Samatengo." Africa Urban Studies IV, ILCAA.