デコンポーズした記号等 } 直前の文字に高声調の記号が付く。 ^ 直前の文字に下降調の記号が付く。 # 直前の文字に上昇声調の記号が付く。 ny 硬口蓋鼻音「にゃ」の記号 S 口蓋摩擦音「しゃ」の記号 : 長音記号 * 現実にはない再構形の上付きアステリスク ########################################### マリラ語の自動詞と他動詞 0.はじめに  マリラ(Malila)語は,ンベヤ(Mbeya)県(タンザニア)で使用されている言語で,バンツー諸語に属する。  本発表では,マリラ語動詞の自動性と他動性を表す形態を整理する過程で生じた問題について述べた。以下は,発表内容を助言に基き修正を加えたものである。 1.自動詞と他動詞の例  例は,(1)-(6)のような特徴に着目して挙げてある。(3)-(5)の自動詞は,語根末の子音によって分類している。拡張辞として挙げているものは,後に示す解釈を踏まえてのものである。「φ」はゼロ形態を示す。   (1)自動詞 -uh-, 他動詞 -ul- (2)自動詞 -uh-, 他動詞 -usi- (3)自動詞 _h-φ-, 他動詞 _si- (4)自動詞 _m/b-φ-, 他動詞 _m/b-w- (5)自動詞 -an-φ-, 他動詞 -any- (6)自動詞 -φ-, 他動詞 _-isi-  自動詞 マリラ語 日本語 拡張辞 (1a)kude}buha 「裂ける」 -uh- (2a)kuga}luha 「戻る」 -uh- (2b)kugo}loha 「真直ぐ伸びる」 -oh- (3a)kwi^ha 「降りる」 _h-φ- (3b)kwa^ha 「燃える」 _h-φ- (4a)ku}fuma 「出る」 _m-φ- (4b)ku}zuba 「上がる」 _b-φ- (5a)kugonda^:na 「曲がる」 -an- (5b)kuho}lana 「似る」 -an- (6a)ku}gwa 「落ちる」 -φ-  他動詞 (1a')kude}bula 「裂く」 -ul- (2a')kugalu}sya 「戻す」 -uh-i- (2b')kugolo}sya 「真直ぐ伸ばす」 -oh-i- (3a')kwi}sya 「降ろす」 _h-i- (3b')kwa}sya 「燃やす」 _h-i- (4a')kufu}mwa 「出す」 _m-i- (4b')kuzu}bwa 「上げる」 _b-i- (5a')kugonda#:nya「曲げる」 -an-i- (5b')kuhola}nya 「似せる」 -an-i- (6a')kugwi}sya 「落とす」 -isi- 2.母音調和  マリラ語には次の2種類の母音調和が見られる。 2.1.母音全体に関わる母音調和 /-isi-/について,直前の音節の母音が/e,o/(広母音)の時,/-esi-/になり,直前の音節の母音が/e,o/以外のとき,/-isi-/になる。この母音調和を起こす形態に,/-il-/(適用),/-izi-/(使役),/-ih-/(可能)などがある。 2.2.後舌母音のみに関かかわる母音調和 /-uh-/,/-ul-/について,直前の音節の母音が/o/(広母音)の時,/-oh-/,/-ol-/になり,直前の音節の母音が/o/以外のとき,/-uh-/,/-ul-/になる。 3.他動詞と使役形  他動詞と使役形は意味的な区別が可能であるが,形態的に区別は出来ない。 使役形で頻繁に見られる形態に/-izi-/があるが,この形態は専ら使役形を作るようである。しかし,/-isi-/は,他動詞(6')を作ることも,使役形(7')を作ることもある。この形態は本来使役を表すものである。 (7)ku}lola 「見る」 -φ- (7')kulole}sya 「見せる」 -isi-  自動詞(2a)(2b)は,語根に/-uh-/を付加して自動詞になる例だが,これらに対応する他動詞(2a')(2b')は,母音調和を考慮すると,/-isi-/が付加されたとは考えられない。これらの2例は,使役を表す/-i-/が自動詞に付加されたと考えられる。 4.使役の短形と長形  使役を表す形態には短形と長形があり,それぞれ-i-と-isi-である。  通常,マリラ語では,/h/に/i/が後続すると,/Si/になるが,使役の短形/-i-/が後続するときは/si/になる。現在マリラ語は5母音であるが,歴史的には/i/が2種類あった痕跡を残していると考えられる。 (3a)kwi^ha 「降りる」 (3a')kwi'sya 「降ろす」 (8)kwi'Sila 「降りる(適用形-il-)」 (9)kwiSi'zya 「降りさせる(使役形-izi-)」 5.使役を表す-izi-  使役を表す形態が/-i-/と/-isi-/であるとすると,使役を表す/-izi-/もそれらのいずれかに由来する可能性がある。その可能性の1つとして*-id-i-または,*-il-i-という形が想定される。 (10a)kubo^mba 「する」 (10b)kubombe}zya「させる」 <*ku-bomb-id-i-a  語根が/l/で終わる動詞/-kal-/「買う」に使役の短形/-i-/の付いたものが「売る」であると考えられる。 (11a)ku}kala 「買う」 (11b)kuka}zya 「売る」 <*ku-kal-i-a 6.他動を表す-w-  (4a')(4b')は,/-w-/を付加して他動詞となる例であるが,これも,/-i-/か/-isi-/に由来する可能性がある。/-w-/の付加で他動詞になる例は,今のところ,語根末が両唇音/m/,/b/の語だけである。そのことから,使役の短形/-i-/が両唇音に続くとき,同化して両唇音/-w-/になった可能性がある。 7.まとめ  自動詞と他動詞の組み合わせを持つ動詞について,他動詞の構造には2通りあり,1つは,-ul-を付加する動詞,もう1つは,使役の形態-i-又は-isi-を付加する動詞である。  他動と使役は,形態的に不可分であり,使役の短形/-i-/は,共時的に,/-i-/,/-w-/,/-usi-/といった,様々な異形態を持ち,動詞によって,他動または使役を表す。また,多くの動詞に用いられる使役の形態/-izi-/も,歴史的に/-i-/を含んでいる。 参考文献 Meeussen,A.E. 1967 "Bantu grammatical reconstructions." Africana Linguistica. vol.3, pp.79-121. 梶茂樹 1984 「テンボ語動詞の形態論的構造」『アジア・アフリカ言語文化研究』vol.28, 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 pp.1-47. 梶茂樹 1985 「テンボ語の動詞の活用」『アジア・アフリカ言語文化研究』vol.29, 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 91-131.