ハウサ語辞書電子化覚書:歴史的経緯および日本語非使用者のための予備的マニュアル

Notes on the electronic type of Hausa dictionary: its value in some historical contexsts of Hausa dictionaries and a preliminary manual for non-Japanese users

塩田勝彦・中村博一


1.ハウサ語について

 アフロアジア語族チャド語グループに属するハウサ語は、広く西アフリカで通用する言語である。わが国ではブラックアフリカの代表的言語としてスワヒリ語の知名度が高いが、ハウサ語はほとんど知られていない。スワヒリ語の通用圏が東アフリカに限定されるのに対し、ハウサ語はスーダンサーヘル地帯に沿って東西方向に長く話されている。北ナイジェリアから南ニジェールに広がるハウサランドで生活する母語としてのハウサ語使用者は二千万人以上、カメルーン・ベナン・トーゴ・ガーナ・アルジェリア等に住むリングヮ・フランカとしてのハウサ語使用者を含めると五千万人を超えるとされる。豊富なハウサ語プログラムとたくさんのリスナーを西アフリカにもつVOAは、第一言語としてのハウサ語話者を五千万人としている。正確な数値が存在しないため、話者の総人口を断言するのはむずかしいが、ハウサ語がアフリカを代表する一言語であることはまちがいない。

2.ハウサ語辞書の過去と現状

 過去に出版され、現在でも重要なハウサ語辞書には次のようなものがある。

1) Bargery, G.P. 1934. A Hausa-English Dictionary and English-Hausa Vocabulary. London: OUP.
2) Abraham, R.C. 1962. Dictionary of the Hausa Language. 2nd ed. London: University of London Press.
3) Newman, P. and Roxana Ma Newman. 1977. Modern Hausa-English Dictionary. Ibadan: OUP.

 1)2)は共に絶版になって久しい。1)は93年にナイジェリアのABUから新たに補遺を追加して復刻されたが、海外での入手は非常に困難である。1)は方言形をも豊富に含み、収録語彙数も最大で、古くはなったが現在でもハウサ語の「広辞苑」的存在として権威をたもっている。2)は収録語彙が多いだけでなく、とりわけ用例が極めて豊富だという特徴があり、近年まで初学者および中級者にとって欠かせない辞書であった。3)は収録語彙が約六千語とやや少ないが、声調や音長などの表記が正確で、現在では初学者に最も薦められる辞書である。他にドイツ語やフランス語などの辞書もあるが、これらを凌駕するものは出ていない。日本語では、

4) 松下周二1988『ハウサ語小辞典』大学書林


が唯一のものである。収録語彙数は3)と同様約六千語だが、文学作品をコンピューターに入力し、そのデータを加工して作られているため、3)に含まれないような語彙も見られる。例文は豊富だが、やや文学的な表現にかたよる。外国語からハウサ語を引く辞書としては、

5) Skinner, N. 1965. Kamus na Turanci da Hausa. Zaria: Gaskiya Corporation.
6) Newman, R.M. 1990. An English-Hausa Dictionary. New Heaven: Yale University Press.

この2冊のみが実用に耐えうる。ただし5)は英語を学習するハウサのために編纂されたもので、声調や音長などの記載はなく、外国人には使いにくい。西洋の文物を表わす語彙が多く含まれる。収録語彙自体は多く、中級以上の学習者には有用である。6)は英語を母語とする人のために編まれた。現時点で最も実用的な学習辞典であり、用例が極めて豊富である。

3.ハウサ語電子辞書の歴史と現状

 商業的に採算のとれる日本語や英語など主要言語は10年ほど前から電子辞書が実用化され、単体でも購買可能であるし、ネットやパソコン上で利用できる。一方、商業的視野に入らない諸語については電子化された言語との差が大きくなり、簡便な利用性の高い教育ツールの普及においてますます取り残されていく傾向がある。幸いにしてハウサ語辞書の電子化は80年代後半東京外大AA研電算室における辞書編纂プロジェクトの一環として実現している。その開発は前出辞書1)の電子化作業として東外大AA研の松下周二が推進した。辞書内のテクスト全文も検索対象にできる世界初の実用的ハウサ語電子辞書であった。当時は大型電算機にデータを保存、端末機器で利用する形態しか現実的ではなく、場所や時間を選ばない日常的な利用は夢物語であった。その後パソコンの性能の向上にともない、国内で普及していたPC-98シリーズのMS-DOS上で検索できるよう、松下はこの電子辞書を発展させた(松下1991)。パソコンのハードディスクで作動させることができ、一般への普及の条件は整ったといえよう。

 電子辞書のメリットとしては、

イ) 検索そのものが早い。
ロ) コンテキストによる検索が可能である。従って熟語の検索が容易にできる。
辞書全体を検索フィールドにすれば英語からハウサ語を検索することも可能になる。
ハ) 検索プロセスをそのまま、テキスト形式で各種媒体に保存できる(ログブック機能)。
ニ) ワイルド・カードによる検索が可能なので検索語や検索したい文字列の一部しかわからなくても探し出せる。

などがあろう。とりわけロ)のコンテキスト検索は、辞書の利用可能性を格段に広げてくれる。ハ)の検索プロセスの記録と組み合わせれば、非常に強力な教育研究ツールとなる。 デメリットとしては、

ホ)マッキントッシュに対応していない。
ヘ) PC-98シリーズのアーキテクチャに沿って開発されたファイル構成、プログラムである。
そのためPC-98シリーズのMS-DOSやWindowsのMS-DOS上で使えても、
DOS/V機のMS-DOSやWindowsのMS-DOS上では使えないハードウェアの制約がある。
PC-98シリーズが衰退してしまった現在ではこの制約がかなり大きな問題になりつつある。
ト) 必要な単語を偶然発見するというチャンスが減る。
チ) パソコンがないと使えない。
リ) 電気がないと使えない。

ホ)ヘ)に関しては、今後対応の可能性がある。チ)リ)については、特に停電の日常的なナイジェリアでの使用を考えた場合、致命的になりうる。

 この電子辞書による文献研究の成果としては、

Matsushita, S. 1993-95. Bargery Toolbox 1-3: Hausa Dialect Vocabulary. Tokyo: ILCAA.

がある。これは1)から方言語彙をすべて抜き出し、方言辞書として編集し直したものである。中村は80年代に大型コンピュータの端末から、憑依カルトボーリーの関連語彙をコンテキスト検索によって抜き出し、論文作成に利用した(中村1987)。また昨年からナイジェリア国立ウスマン・ダン・フォディヨ大とロンドン大関係者がモニタリングを実施している。研究成果を出すまでにいたってはいないが、これまでのところ非常に有用であるとの評価をえている。

4.電子辞書を含めた辞書のニーズ

 ハウサ語はリングヮ・フランカであるため、辞書のニーズはナイジェリア国内でも外国でもかなり高いといえる。しかし、古くて権威ある辞書が入手困難であるうえにこの20年新しい辞書がほとんど出ておらず、特にジャーナリズムや学術などの分野で新たに生まれた語彙は、常に新聞を読んでいるような人でないとフォローしにくくなっているのが現状である。このような状況に応急に対応するため、いくつか専門用語語彙集が出版されている。その点で、

Nicholas, Awde. 1996 Hausa-English/English-Hausa Dictionary. New York: Hippocrene Books.

は、リマ・レディオ・ソッコトなどのローカル局や各国のハウサ語放送が使う語彙を多数収録しているため利用価値が高いが、文例がほとんどない。使いこなすにはある程度のハウサ語レベルが必要となる。

 ナイジェリアやニジェールのハウサ語教師たちによって特に求められているのは、豊富な用例を含むハウサ語の単一言語辞書である。カノのBayero University Kano (BUK)では編纂中としているが、残念ながら完成の目処は立っていない。

 欧米のアフリカ研究講座を持つ大学では、ハウサ語が必修言語の一つとなっていることが多く、前出辞書2)をアップデートしたような、詳しく用例の豊富な辞書の登場が待たれている。こうした状況を考えるなら電子辞書の様々な可能性が展望できよう。

5.正書法とその現状

 ハウサ語は高低降りの3声調と長短の2音長を区別する。さらに子音には放出音と前声門化子音が存在する。欧米で出版された学習者向けの出版物は声調と音長を付加記号で、特殊子音を特殊文字で表記しているのが普通である。ナイジェリアでは声調と音長は全く表記されない。従来は特殊子音文字3つを含むラテン文字が「ナイジェリアの正書法」として広く用いられてきた。

 ところが最近の出版物、特に新聞では、この特殊子音文字も用いないものが増えてきている。英語用のワードプロセッサを用いて文章を書いているためと想像される。これでもハウサ語を母語とする読者には、特に問題はないようである。しかし一部の単語には、リングヮ・フランカ・ハウサ語地帯で声調が変化していたり、放出音がなくなっていたりするなどの変化が生じているのも事実である。

 外来語に関しては特に、スペル(発音)のバリエーションが豊富である。従来の辞書では最も標準的とされるスペルのみを収録し、事実上の規範となっている。

 また、ハウサ語を母語としない学習者にとっては、せっかく新しい単語に出会っても、発音できないという問題がある。これらの事情を反映させられるような各種電子辞書の開発も求められよう。

6.ナイジェリアにおける購買力とインフラの整備状況

 現在のナイジェリア経済は度重なる通貨ナイラの暴落で落ちるところまで落ちた感がある。ナイラは60年代の石油バブル時代1ナイラ600円以上であったが、現在(2001年)は1ナイラ約1円となっている。辞書に限らず本を最も必要とする大学生の購買力は非常に低いのが現状である。欧米で出版されたハウサ語関係の本は、ナイジェリア国内で廉価なStudent Editionとして印刷、販売されているが、それでも高嶺の花という状況である。

 パソコン自体は大学に行けば必ずあるし、学生なら無料で使える。ただし電話事情が悪く、電力供給が不安定である。従ってインターネットのサーバーがよくダウンしている。インターネットに頼ったシステムでは不完全である。このため当面は、CD−ROMやフロッピーディスクによる電子辞書の頒布が必要になろう。

 ただ現存の電子辞書は前述したようにPC-98シリーズという制限がある。ナイジェリアで普及しているパソコンは日本でDOS/Vと呼ばれるIBM互換機であるので、やはりしばらくの間はPC-98シリーズを運び込む必要がある。運搬を考えるとノートタイプが適している。パソコンに組み込んだ電子辞書を松下周二が発表した91年には、NECがハードディスク付きTFTカラー液晶ノートを世界で初めてPC-98シリーズに登場させた。当時は車一台が買える値段であったが、90年代後半のPC-98シリーズの凋落にともない、ノートタイプのPC-98シリーズは数千円から1万円程度で十分入手が可能である。93年にナイジェリアで復刻された前出1)の辞書が日本円換算で4千円ほどで流通していることを考えればコスト的にも問題はそれほどないと考えられる。

7.将来的眺望としてのウェブ辞書

 ウェブ辞書とはインターネットを通じてブラウザーで閲覧する辞書のことである。辞書の母体となるデータベースはホストコンピューターにおき、閲覧者はブラウザーの検索機能を使って検索する。データベースは過去に出版されたすべてのハウサ語出版物を対象にする。

 なるべく少ない労力と費用で効果的に辞書を作りたいという編纂者側の立場と、簡単に速く適切な情報を得たいという利用者側の立場を、共に満足させられるシステムではないかと考えられる。ひとつの辞書編纂作業(例えばハウサ語→日本語辞書)が、他の言語(例えばハウサ語→英語)にも簡単に流用できるようなシステムを作ることが肝要である。

 いくら需要があるといっても、ハウサ語の辞書はそうは売れない。従ってコストの高い印刷、製本、流通などを経ていると、一冊の値段が跳ね上がってしまう。いくらすぐれた辞書でも、一部の者にしか購入できないのでは宝の持ち腐れになってしまう。インターネットを通じてブラウザーで閲覧するウェブ辞書であれば、ネットにつながったPCさえあれば、世界中どこでも使える。インターネット環境が整っていない場所では、データを一括ダウンロードしたり、CD−ROMで頒布することも可能であるし、価格も安く抑えられる。

 Windowsは今や世界中にあり、大学などでも無料で利用が可能である。常に利用者からのフィードバックを受け、改訂、訂正を加えることが可能である。しかも(人件費を除けば)全くといっていいほどコストがかからない。印刷された辞書と異なり、収録する語彙を制限する必要がない。基本的にデータベースに現われた語彙はすべて収録し、スペルのバリエーションについても統一しないでもかまわない。最初は少ないデータで始めても、随時データを補充できる。常に増補を繰り返すことが可能となる。

 そうして集めたデータを印刷できるようにしておけば、ハードコピーとしてパソコンになじめない人々にも利用可能になる。またデータを編集すれば、逆引き辞書、コンテキスト辞書などの特殊な辞書を少ない労力で新たに編纂することが可能である。



参考資料(文中に記していないもの)

松下周二 1991 『電子辞書 DICSEARCH』東外大AA研電算室
中村博一 1987 「ハウサのイスコーキー祭祀」『社会人類学年報13』81-103頁
VOA http://www.voa.gov/hausa/


APPENDIX

A preliminary manual for non-Japanese users (V. 1.00)


*** preparation ****************************************
Open the display-cover.
Connect ADAPTOR with PC-98.
Fit the plug of ADAPTOR into socket.

*** to start PC ****************************************
To start, press POWER button once, and you will hear some sound.
Wait for 30seconds or so, and MS-DOS prompt "A:>" will be on the screen.
You can use DIC or DICX -SEARCH program.
Both of them include Bargery's dictionary. Here we will explain how to use the DIC(DIC-SEARCH) program.

*** using DIC *****************************
Type DIC after A>:(like "A>:DIC").
Main menu of "DICSEARCH" will come.
Type "1", and touch RETURN key.
You will see [BARGERY>:].
This is the word search prompt for electronic Bargery's Dictionary.

--- word search -----------------------------
After [BARGERY>:] prompt, type a Hausa word you wish to find, and touch RETURN key. For example type almajiri and touch RETURN key!
e.g. BARGERY>: almajiri

--- scrolling control "f-1" key-----------------------
In case of searching for almajiri, its content is relatively short. So it's no problem.
But type gida and touch RETURN key! You can't read! The content is so long, the screen is scrolled too rapidly. To stop scrolling, just touch "f-1". To release, touch RETURN key again or any other alphabet key.

--- wildcard search ----------------------------------
If you remember only a part of any Hausa word, you may use *(asterisk) instead of the unknown part of the word.
e.g. in case of searching for a Hausa word almajiri, you remember only "almaji", you don't remember "ri". Type almaji*, and touch RETURN key, you will find alimajiri on the screen. * can be also used for the beginning part of a word you wish to find. Type *majiri and touch RETURN key, you will find almajiri on the screen.

If you do not remember an alphabet or some alphabets in a word, you can use ?(question mark) in stead of the alphabet(s). One ? is for an alphabet.
e.g. about almajiri, you only remember almajiri as al?a?iri,
type al?a?iri and touch RETURN key. You will find almajiri on the screen.

You can also use combinations of * and ? on your search.

--- context search in all of the text of Bargery: very powerful function ----------
other than word search, you can search for some spelling in the content.
First, limit the extent like from a to zz(= end of dictionary).
To limit the search extent e.g. from a to zz,
type a-zz next to [BARGERY>:], and touch RETURN key.
DIC will ask you "Find What?:", then type some spelling you wish to find.
e.g. type sobarodo and touch RETURN key.
If you wish to find an English word, e.g. lady, type / lady / and touch RETURN key. Without //, DIC will find more than you expect. Anyway try several times.
When this context search ends, the prompt would be [$ ALL]. Touch "f-2" key, and you will see all the Hausa words(items corresponding to your search) where this spelling appears. Then touch "f-6" key(list up key), and you will see the result again.
1]2]3] means items (Hausa words, or entries in Bargery) 1)2)3) means contexts. Sometimes several contexts appear in a same item. And you can also search again for some spelling in these. Next to [$ ALL>:], type some spelling you wish to find and touch RETURN key.

To return to [BARGERY>:] from [$ ALL>:] or [$ X(any number)>:], just touch RETURN key. You can restart word search.

--- to finish DIC -----------------------------
You see [BARGERY>:] prompt on the screen. Just touch "f-10" key, and you will come back to the main menu of "DICSEARCH". Type "4" and touch RETURN key, and you will find MS-DOS prompt "A:\KAMUS>" on the screen.

*** to stop PC *****************************
Press POWER button firmly, PC will stop quietly.
Close the display-cover.

*** reset button *********************************
PC-98 has RESET button on the left or the right side of the body. If you happen to face any trouble (freezing or so), press RESET button. PC-98 will restart.




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