AA研要覧 1999
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16世紀以降の近代世界システム成立以前に既に存在した,多様な人々が共有する活動空間のなかで最も広範囲なもののひとつが「インド洋海域世界」である。紀元前数世紀に姿をあらわし,8世紀から16世紀にかけインド亜大陸をはさんで,アラビアから東アフリカ地域と東南アジア地域とを交易と人の移動によってしっかりと結びつけていたのがインド洋海域世界であり,この海域世界の存在とダイナミズムが,その当時とその後のインド洋に位置する陸世界の歴史や国家,また社会や文化のあり方に多大な影響を及ぼしたことが近年次第に認識されている。さらに,欧米による近代世界システムによってインド洋海域世界が包摂され,主権国家や領域国家によって陸上はおろか海上まで分断された後も,インド洋海域における人と物の行き来や流通が停止したわけではなく,むしろ欧米のおこなった奴隷交易・契約労働移民・植民地化の諸施策は,新たな人の移動を生み出し,インド洋海域のネットワークを拡大させ,人と物との混交をより一層深めたと見なすことができる。このように「インド洋海域世界」は,さまざまな言語と文化をもった人々が行き交うなかでつくりだした社会と歴史であり,言わば多元性と多層性がその特徴である。それにもかかわらず,フランスやオーストラリアではインド洋を総合的また多角的に考究する研究者や機関があらわれはじめているものの,日本では学会はおろかそのための研究者間の意見や情報の交換また討議の機会や場さえ設けられていないのが現状である。本プロジェクトでは,最初の3年間を基礎的研究と位置付け,オセアニア・東南アジア・中国・インド・アラビア・東アフリカ・インド洋島嶼の各社会の専門家が集い,まずは「インド洋海域世界」という視点のもとにこの多元性と多層性にアプローチする可能性について論じあってゆきたいと考えている。具体的な討議項目としては,次のようなものが挙げられよう。インド洋海域世界研究の現状と各地域における文書資料の存在の様態とその可能性インド洋海域世界の歴史設定と歴史区分インド洋海域における年代毎の人と物の移動の具体的把握商業民と海洋民それぞれの活動・移動の特性と両者の相互関係インド洋海域にかかわる航海技術の歴史的変遷非文字資料に基づくインド洋海域世界の歴史解明の可能性現代インド洋海域の個別社会の研究を通じ,多元性と多層性がどのようなかたちで共存しているかの考察3年間の基礎的研究を終了した後は,文部省科学研究費等を申請し,インド洋海域のなかでもとりわけ研究の遅れているモルディヴ,ニコバル,アンダマン,モーリシャスなどの諸社会を中心に,フィールドワークに基づく資料収集をおこなうことを計画している。秋道智彌飯田 卓川床睦夫崎山 理杉本星子高桑史子田中耕司富永智津子花渕馨也松浦 章森山 工インド洋海域世界に関する基礎的研究(主査:深澤秀夫/所員6,共同研究員11)17

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