7Field+ 2013 01 no.9人の誕生を測るモノサシ宮地歌織みやち かおり / 佐賀大学男女共同参画推進室、AA研共同研究員出産直後のお母さんと赤ちゃん。県立病院にて。県立病院で行われている乳幼児の予防接種と栄養指導。産後の乳幼児健診の際に配布される蚊帳。産後間もないお母さん。4人目の子ども。調査地のビタ県はビクトリア湖沿岸。人間にとっても動物にとっても重要な水資源。長年産婆として活動している女性。ケニアでの出産とHDSS 「私はもう10人も子どもを産んでいるの。病院や産婆の手助けはいらないのよ」と語るのはケニアのビタ県に住む40代の女性。自宅で産むケースは、全国的にみると約半数。ケニア政府は、妊産婦や乳幼児の死亡を低減させようと、産前の健診、施設分娩を推進している。産婆の介助による出産を禁じるなどの政策はあるが、今でも農村部では産婆による出産介助は少なくない。 さて一方、「出産」に関しての統計は、どこまで真実味があるのか。途上国では出生届の制度が無かったり、また自宅で死亡する乳幼児も多い。そこで「人口登録・動態追跡調査システム」(Health and Demographic Surveillance System: HDSS)を用いて、住民登録や人口動態(婚姻、出生、死亡、移動)を把握しようとする試みがある。長崎大学は、ケニアのビタ県で2005年から約5万人を対象にこの大規模な調査を開始した。し社会人類学では特定の地域に入り込み、住民と顔の見える関係の中で調査をする。一方、同じ地域であっても、疫学のような集団を対象とした「量的」な調査もある。今回は人の誕生である「出産」について、その両者の融合の可能性について探りたい。かしこの「量的」調査では、妊娠・出産に関する女性の行動に関して把握しきれない部分もある。例えば、出産場所についての質問項目はあっても、なぜそのような決定になったのか、そして産前の健診に関して「行く」「行かない」だけではなく、なぜそうなのかという答えは抽出されない。そこで社会人類学のバックグラウンドを持つ筆者は、2010年よりHDSSのデータから妊婦を抽出し、彼女たちを中心にインタビューを行っている。施設分娩をしない理由 施設分娩を選択しない理由として代表的なものに「病院(施設)が遠い」「交通手段が無い」という距離的問題が挙げられる。そこで今回のビタ県での調査は、比較的病院へのアクセスが可能な地域に限定した。公立病院での場合、分娩と1泊2日の入院費の合計は約600Ksh(ケニア・シリング、日本円で約550円)であり、現金収入のある家庭であれば比較的支払可能な額である。しかし、夫が出稼ぎで不在、現金収入が無い家庭、シングルマザー、10代の妊婦の場合など、経済的に余裕の無い家庭にとっては、この金額を払うことができないというケースもある。また「夫」とはいっても、今どこにいるのか、いつ帰ってくるのかわからない、というケースもあった。臨月の女性が「夫が帰ってくればお金の都合がつくから病院で産めるのだけれど」と話していたが、夫とは連絡さえ取れていない。 この地域で活動している伝統的な産婆に出産介助をしてもらうと、支払う金額は0~300Kshの間であった。そして産婆は出産介助の他に、不調を訴える妊婦に対して、耳を傾け、マッサージをしたり、薬草を処方したりする。産婆には医療資格は無いものの、先進国のNGOの研修などがあり、その修了証書を自宅に飾っている人もいる。地域の保健所も出産可能ではあるが、少ないスタッフで多くの患者を診ているし、待ち時間も長い。産婆の場合は比較的近所にいることもあり、また保健所の看護師が知らないような薬草や手法も使っており、年配の女性たちということもあって信頼されていた。また別のケースでは17歳という若い学生の妊婦(未婚)がいたが、病院や保健所に行くのは親にとっても自分にとっても「恥」とのことで、体調不良になった際に産婆のところへ相談に行っていた。産婆とHDSS この地域では、妊娠をしても子どもが無事に生まれるまでにはあえて他人に妊娠を打ち明けない(妊娠を知られたくない)ということが多い。妊婦や生まれたばかりの子どもは邪視に弱い存在で病気をしやすいとされる。しかし妊産婦死亡や乳幼児死亡を測るには、まずは妊娠の特定が重要である。そこで地域で信頼されている産婆の女性たちも自身もHDSS調査に協力し、データ収集に貢献している。通常、HDSS調査では6週間に1度、データ収集の担当者がPDA(携帯情報端末)を使い、その地域の家庭を訪問して質問をする。しかし妊娠の情報などは把握しにくいことがあるため、地域の産婆にもノートを用意し、彼女たちのところにくる妊婦や患者についても記載してもらい、ダブルチェックする。 このように、人の誕生を測るには、まずその前の段階である妊娠期からの情報を得ることが重要だ。しかし妊娠したことを他人にはあまり告げないような社会・文化的背景や、流産や死産の際も病院に行かないままになってしまう場合がある。質的な調査を同時並行で行うことによって、より実態が把握できるのではと思う。ケ ニ ア●ナイロビ南スーダンエチオピアソマリアタンザニア ウガンダビクトリア湖ビタ県
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