FIELD PLUS No.9
8/36

6Field+ 2013 01 no.9変動する生老病死 野村亜由美のむら あゆみ / 甲南女子大学、AA研共同研究員異様な光景 私が初めてスリランカを訪ねるようになって6年が経つ。都合8回の渡航で、スリランカの人びとや町/街に対する私のイメージは年を追うごとに少しずつ変化していった。 最初にスリランカを訪れた2006年は、2004年のスマトラ島沖地震による津波被害の爪痕が街の至る所に未だ色濃く残っていた。特に、私のフィールドであるスリランカ最南端の漁師町は、陸地に乗り上げた無残な漁船の残骸を横目に、漁師たち自身の手で鮮やかに彩られた真新しい漁船が、復興の力強さをアピールしているようにも見えた。海側から陸地側へと少し目を転じると、そこには津波によって壊滅的な打撃を受けた家々が主を亡くしたまま無機質に立ち並び、その筋向いでは、外国からの復興支援金で建てられた立派な高床式コンクリート2階建て住宅がポツリポツリと顔を覗かせている。こんな風に、辻に立ち360度グルッと周囲を見渡すと、過津波被害を受けたスリランカの老夫婦を何度となく訪ね、その生活や健康状態を見聞きしてきた。“津波”によって紡がれた彼らの語り、暮らしの移り変わりなど全てが生老病死と結びつけられているととらえるべきなのだろう。去と現在と未来が同次元に混在している異様な光景が見て取れた。老夫婦との出逢い このような状況の中で、漁師町の人たちはどのような暮らしをしているのだろう。私はある1軒の家に立ち寄った。その家族は3世代家族で、同じ敷地内にそれぞれ3つの居を構えていた。海に一番近かった娘夫婦と息子夫婦の家は津波の被害が大きかったため、復興支援金で真新しい高床式コンクリート2階建ての家を建てていた。少し奥まった所に建つ老夫婦の家は津波の被害を免れたため、手つかずのまま平屋建てとして残っていた。老夫婦に津波当時から現在に至るまでの健康被害について尋ねると、老妻は自分のこめかみの横で人差し指をグルグルと回しながら、末娘が津波によって頭がおかしくなったと答えた。また、老夫は津波以降、体調を崩し漁に出られなくなったため、漁師である息子の収入だけで生計を立てているが、国からの助成金も少なく、家族はギリギリの生活を強いられていると話した。家の中には古い調度品と新しい電化製品が混在し、屋外の異様な光景の延長線上に“いま”があるように見える。自然災害がもたらした損害は人びとの健康や物質的なものだけでなく、時空間すらも歪めてしまったのではないかとさえ思え、被害の悲惨さと同時に違和感を覚えずにはいられなかった。時間錯誤 以後、私はスリランカに行く度に老夫婦の家を訪ねた。毎回、前の訪問時以降の生活振りや健康状態の様子を老夫婦に見聞きしているうちに、今度は自分の中に違和感を覚えた。初めてスリランカを訪れた時、至る所にあった津波の残骸(家や船)はそのままの状態で未だそこに“在る”。私は前回のフィールドノートに続けて、老夫婦が話した内容を記録する。それは、前ページから次ページへとペンを僅かにずらすだけの空白のない作業なのだが、それをノートに間断なく書き込んだことによって、老夫婦に会わなかった期間に起こっていたはずの様々な出来事に対する想像力を失いかけてしまった。 私が不在の間に、老夫婦の夫は亡くなり、孫が増え、家族形態は変化した。津波のせいで病気になったと話していた末娘は、実は生まれつきの精神障害者だったと後に知り、津波で体調を崩したはずの老夫は、長年にわたるアルコールの飲みすぎで脳出血の末亡くなったと聞いた。“津波”によって紡がれる語り 2012年にスリランカに行ったとき、2004年の津波以降、生活や健康状態で変わったことを老妻に改めて尋ねた。老妻は「最近、体調を悪くして寝ていることが多いのよ。でももうすぐ孫も生まれるから楽しみね。今度津波が来ても逃げないわよ。もう歳だから奥地まで走れないでしょ。死ぬのなんて怖くないわ。今ね、娘の家の3階に“津波の部屋”っていうのを新しく造ってるの。津波が来たら、奥地まで行かずにその部屋に逃げなさいって外国の支援団体が造ってくれたのよ。でも狭いから家族全員が入るのは無理ね。津波が来てから、道路はきれいになるし、街はずいぶん豊かになったって、みんな喜んでるわ」。 2006年に初めて老夫婦から聴いた話が、たとえ全て“津波”によって紡がれた、外部者向けに用意された語りであったとしても、それを咎めることはできない。そう語らざるを得ない状況であったこと、全てを含めてそれが彼らの生きること、老いること、病気になること、そして死ぬことと結びつけられた語りであり、ありのままの彼らの生活をノートに刻むことの重要性が、今は理解できる。インタビュー中の様子。老夫婦一家。辻に立って見た光景。ペンキを塗っている漁師。外国からの支援で建てられた高床式住居。四畳ほどの“津波の部屋”。スリランカインドマータラ県

元のページ  ../index.html#8

このブックを見る