FIELD PLUS No.9
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34Field+ 2011 01 no.5Field+2013 01 no. 9フィールドプラス[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価500円(本体476円+税)[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199さとう ごうゆう明治大学野生の科学研究所研究員り観察しておいて、夜になって密かにフィールドノートに書き留めることもたびたびです。 そういう場所に足を踏み入れるのですから、あまり大袈裟な撮影機材を持っていくのは憚られるので、私は三脚ではなく一脚としても使えるタイプの登山用の杖を持ち歩いています。一脚は、お寺の壁画をフラッシュを焚かずに撮影する時などに威力を発揮しますし、取り付けたカメラを高く持ち上げて撮影するとクレーンを使ったような面白い効果が得られます。ある村で密教舞踊を記録することになった時は、地面に掘った穴に一脚を突き刺して重りの石で固定して撮影しました。ときどき強風に煽られて揺れてしまったのはご愛嬌です。 沢山の文献を手際よく複写するためには、どうしても複写台が欲しくなります。山歩きでも持ち運べるような手軽なものを探していたところ、写真を業としている知人が丁度よいものを紹介してくれました。レンズのフィルターネジ部分に金属枠をはめて、そこに4本の脚をねじ込み、被写体をまたいで撮影する珍しいタイプのものです。これを使って、数百ページに及ぶ本を何巻も撮影しました。 ですが、ある時などは、ほとんど手ぶらで訪れたラマの家に探していた写本があることが分かり、急きょ撮影させてもらえた事がありました。結局、手ブレしないように一生懸命に脇を固くしめて撮影して帰ってきたのでした。 なるべく持ち歩かない。その場にあるものでなんとかする。そして、どうにもならなかったときは諦める。フィールドワークの装備については、そのくらい潔い気持ちでいるのがいいのかもしれません。 調査をする上では、カメラを使って儀礼の映像を記録したり文献を複製したりする必要が出てきます。しかし、ヒマラヤの高山地帯の村落の人々、とくにご高齢の宗教者たちの間には、レンズを向けると必ず目線を逸らすほど写真に対する警戒心が未だに残っています。そんな写真を撮ってどうするのだ? 外側にあるものは写っても、一番大切なものは写らないだろう? 写真などを頼りにしないで、自分で手を動かして体で覚えろ! と言われてしまうのです。儀礼の様子を写真に収めて、論文や記事に載せようという下心などは完全に見透かされているのです。撮りたい気持ちをぐっと抑えてしっかフィールドワーカーの鞄佐藤剛裕 私は、チベットやヒマラヤの高山地帯に伝わっているチュウという密教儀礼について研究しています。この儀礼は、チベットに仏教が浸透しはじめた時代に、村の祭祀を行なっていた宗教者たちがそれまで行なっていた動物霊への返礼としての供犠を仏教の考え方におきかえて作り上げたものです。この儀礼について詳しく知るために、ネパール国内のドルポやムスタンなどの村落でこの伝統を守っている宗教者たちを訪ね、弟子となって儀式や瞑想法を習ったり、古い手書き写本を集めて復刻出版したりというように、参与観察と文献調査を並行したフィールドワークを進めています。密教行者が住んでいた部屋に経典が無造作に残されていた。携帯用複写台を使って撮影したチュウの手書き写本。トヨタ財団の助成によって復刻出版することができた。共同研究者として調査に協力してくれたカルマ・ドゥンジョムさん(右)と筆者(左)。廃虚となったかつての瞑想修行場シャンディン寺の本堂内部。筆者愛用のカメラと携帯用複写台、一脚になる登山杖。

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