FIELD PLUS No.9
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28Field+ 2013 01 no.9chute)に感動してしまい、さっそく流路内に降りてみる。その直後、上のほうで「ドン!」という音がして地響きが伝わってきた。生まれて初めて聞く音と振動だが状況は理解できた。日本語で「やばい、キタ!」と叫び何とか流路の外に出る。その直後、目の前を土石流が落下するように通過。危なかった。冷や汗をかいたが貴重な体験でもあった。この時もう一つ驚いたのは、ブータン人の全スタッフは遠くの岩陰にしっかりと隠れていたこと。君子は危険には近寄らないよ、といった視線でこちらを見ている(または「お前はアホか」という視線)。この時は近くにいた日本人と思わず笑ってしまった。◆安全と快適のために フィールドで最も重要なことは、当然のことながら事故と病気を回避することだろう。フィールドが僻地や紛争地の場合には、単独で動かないことが発生したアクシデントを悪化させない手段である。ただ、そうは言っても私は単独行動をするタチであり、そんな時に調査から戻って家族に会うと毎回自分の行動を反省してしまう。 今回、氷河域の調査で安全のために実際に役立ったものは、携帯型加圧バッグ(ガモフバッグ)と衛星電話である。高山病の患者に使う加圧バッグは、使うことなど無いだろうとたかを括っていたが、実際に使う機会に遭遇した。その時は事前の練習が大いに役立った。ちなみに、高山病対策については参考になる報告書(国際山岳連合医療部会提言集、http://www.jsmmed.org/pg72.html)がフリーでダウンロードできるので入手をお勧めしたい。 トレッキングのスタッフが同行するようなフィールドでは、彼らとも良好な人間関係を築い残せたはずだが、そこに至るまでには㈱RESTECと㈱地球システム科学から参加したプロジェクトメンバーの瞠目すべき活躍があったことをここに特筆しなければいけない。 そして、言うまでもないがこういった長年の努力によって手に入れた「信頼」は良い方向にも悪い方向にも容易に偏るものであり、フィールド研究者の所業はそれらを大いに左右し得ることを我々は忘れてはいけないだろう。◆苦労したこと 現地での暮らしで泣かされたこととして最初に思い出されるのは、電気のプラグとコンセントである。複数の形状が混在し、汎用性が悪く、抜けやすく、且つすぐに壊れる(時に火を噴く)のだ。些細なことだが実は結構な時間をこの問題の解決に費やした。サクッと差し込めて、滅多に壊れない日本のコンセントは世界的に見ると極めて優れていて、そして贅沢品であることを同時に気付かされた。頻発する停電や極細の通信回線にも当初はストレスを感じたが、それには結局は慣れてしまった(慣れるしかなかった)。 次は業務として苦労したこと。SATREPSでは相手国側の研究能力や研究業績を向上させることも成果として求められている。しかし、我々の相手方は最低限の一般業務を最少の労力と最短の時間でこなし、家族との時間を犠牲にしない主義である。そして、人口70万の小さい国の政府機関で、且つ役人の国外留学が多いので、若手の人材は特に限られている。その彼らに対して、研究の動機付けを明確にさせて、主体的・持続的に研究を進める意識を身につけてもらうことはなかなか難しい。そもそも彼らの生活習慣を捻じ曲げてまで研究しろとは厳しく言えないし、そこまでやる立場ではない。怒らず、過度なストレスをかけず、の3年間では研究能力の向上に大きな変化を残すことに限界を感じた。今後の継続的な協力が必要であろう。 氷河域の調査では、トレッキング会社の選定や馬方との交渉に苦労をした。ブータンではトレッキング会社も山岳ガイドもまだまだ発展途上の段階であり、現地では馬とヤクの数が限られるので、いずれも選択の幅が狭い。そのため、キャンプ地の設定や支払勘定の齟齬など、毎回何らかの問題が生じた。その原因としては、こちらの調整力不足と、ブータン人同士での面倒を嫌う相手方スタッフの性格が考えられる。そんな中で特に学んだのは、相互で同意した決定事項がある場合、それがどんな些細なことであっても締結したことを証明できる書面を残しておくことである。◆ヒヤッとしたこと プロジェクトの3年間で、ヒヤッとしたことが二度あった。一度目は2009年秋に最初の氷河湖を調査していた時だ。GPSを担いで湖岸を歩いていたら、足元の砂がいきなり流体となった。流砂(quick sand)だ。腿まで一気に水につかった状態になり、慌てて声を上げるが、同行していたプンツォはかなり前を歩いていて事態に気づいてくれない。まずい。水に飽和された粗い砂に足、腰、腹がどんどん沈んでく。泳ぐように必死にもがき、本来の岸へ上陸。流砂で体が沈みきることはまずないらしいが、この時は気が動転して手の震えが止まらなかった。 二度目は2010年の秋。前日までの大雨の影響でその先のルートが通行不能とのこと。数名で偵察に行くと、沢を渡るポイントが生々しく寸断されている。典型的な土石流の流路(debris ow GPSを背負って氷河上を歩き測量を行う藤田耕二さん(名古屋大)。現地で取得したデータと衛星データから氷河の質量収支を明らかにしている。水没したカメラの最後の一枚。手に持つのはチベット産のラサ・ビールの空き缶。後ろの小道はモレーン(写真奥に横たわる土手)や氷河を戴くモンラカルチュン峠(国境)を越えてチベットへ延びている。

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