27Field+ 2013 01 no.9頃までに発生したものであり、今後の発生頻度が上がることは考えにくいこともわかってきた (Global Environmental Research, Vol. 16, No.1. http://www.airies.or.jp/publication/ger/contentsE16-1.pdf)。 そもそもSATREPSプログラムは国際共同研究であると同時に、現地への技術移転も強く求められるため、通常以上に相手方との連携が重要視された。したがって、鉱山局に駐在となった私に課せられた任務の一つは、両国のメンバーを快適につなぎ合わせることであった。研究面も含め、3年間でどれほど本来の責務を全うできたか自信は無いが、細いなりにも橋渡し役は果たせたと思っている。◆プロジェクト無事完遂の要因 無事にプロジェクトを終えることができたのは各メンバーの努力と同時に、両国の間に二つの「信頼」が存在したおかげである。 一つ目は相手国から日本への信頼である。海外のどんなフィールドでも、その地域が日本へ抱くイメージの良し悪しで、現地の活動のしやすさが変わってくる。その点で今の両国は良い状態にある。これは日本からの長年の国際協力によるものと言っても過言ではない。特に農業部門では1960年代の故・西岡京治氏から続く指導があり、その他に行政、地方電化、教育、医療等でも幅広く援助がおこなわれている。 もう一つは日本人によるヒマラヤ氷河研究に対する鉱山局からの信頼である。ややもするとフィールド研究は地元の迷惑を顧みず独善的な搾取になりがちだが(例えば、宮本常一・安溪遊地『調査されるという迷惑』みずのわ出版、2008年)、1990年代から始まったブータンでの活動はその点にできるだけの配慮をしてきた(はずである)。鉱山局に赴任した直後の私に対して、当時の局長が「多くの外国人研究者は成果を持ち出すだけだが、日本人はまだまし」と言ってくれたことは印象的であり、同時に襟を正すこととなった。これに過去のJICAの青年海外協力隊、シニアボランティア、専門家の実績も手伝い、本プロジェクトが実現に至ったと言えそうである。 なお、今回のプロジェクトでも良い関係を後に の末端部は、その部分が停滞し融解していることを示す。2010年の氷河域調査のメンバー。9月26日、ようやく雨季(モンスーンシーズン)が明けた。背後は標高5330mに横たわるツォリム氷河湖。左下の写真の湖と違い、氷河からの濁った表流水の寄与が少ない湖はこのように青く澄んでいる。そして、いっそう神聖な対象として崇め奉られる。ブータン・インド国境の活断層調査で鉱山局スタッフに指導する熊原康博さん(群馬大)。視線の先には大きな断層崖(過去の地震の痕跡)がある。首都ティンプーの王宮で鉱山局スタッフに地下水探査の説明をする大橋憲悟さん(㈱地球システム科学)。この調査はブータン国王直々の要請があって急遽実施された。キャンプサイトの位置について馬方たちと一時険悪なムードとなった。当然その後は仲直りした。馬方たちが前進を拒んだのは、以前その先で人の死体が見つかったため、とのことだった(竹中修平さん撮影)。
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