FIELD PLUS No.9
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19Field+ 2013 01 no.9勘案して、その個体がなにをしているか、したいか、私にはだいたい想像がつくようになった。人間どうしと同様に誤解もあるにせよ。 五感で見方を変える 百聞は一見にしかず、と言う。一見には、五感を使って体験、経験する意味も含まれるのだろう。  例えば、学生時代に小さな漁船の舳先で一晩中海水漬けになりながら行った東シナ海の孤島沖での体験は、朝ご飯を食べた記憶に集約される。船縁から透かして見ると、どこまでも透明な海中に大魚がびゅんびゅん行き交っていた。朝日を浴びる甲板にあぐらをかいて、船長さんが釣り上げさばいてくれたキハダマグロの刺身に、醤油をかけ炊きたてご飯と食べた。それほど旨いものは、ついぞ知らない。食後は、船縁につかまって用を足し、その同じ海でまた泳いだ。足のつま先から頭のてっぺんまで、体の中も外も、海と一体となった心地よさが、五感をまとめての経験として残っている。  キツツキの行動を研究していたとき、ぶり縄という木登り道具を使って、ときどきカラマツを10mほど登り幹にとり着いて周囲を眺めた。どこまでキツツキの身になれたか怪しいものの、下に薮があれば、そこへは不用意に飛び込みたくない、ということは感じられた。奄美大島でルリカケスをかすみ網で捕獲したとき、そばにくちばしの痕のついたアマミアラカシのあおいドングリが6つ落ちていた。奄美育ちで幼少のときからおやつは山で調達していた知人が、ドングリの匂いを嗅いだ。倣って私も嗅いだら、鳥の体臭がした。1つは匂わない。5つ頬袋に入れ、1つくちばしにくわえて運んでいたことが確認できた。鳥の匂いは、30分ほどでドングリから消え去った。  一つの感覚から、別の感覚へ、観る手段を変えると、新たに見えて来ることは、よくある。 情報に変(換)える 鳥の声(音)を記録する方法は、ことばや楽譜に写すことが古来行われていた。エジソン氏の録音技術が生まれ、音を物理的に記録再現できるようになった。私が研究を始めた頃、単一乾電池で動くカセットレコーダーが出現した。当時、数秒の録音を音の波形や、時間と波長と音圧の図形に表せる機械は何百万円もして、買えなかった。今では、パソコンとフリーソフトでも、長時間の録音を図化できる。野外で良い鳥の音を録るために、数年前まで、高価な、直径45cmのパラボラ集音器を備えたマイクを愛用していた。今は、安価なICレコーダーやマイクの性能が秀れ、長期間、長時間の自動録音もわずかな電池でできる。50台ほど使って音の記録を録っている。台数がだんだん、音声ファイルがどんどん増えるのが悩みの種だ。  秩父の森に建てたブナの大木の冠に顔を出す鉄塔の上で、知人が、リアルタイムの自然音をインターネット配信し始めた。居ながらにして、遠くの山中や海浜の、今(十数秒遅れながら)の音が伝わってくる。リアルタイムの音は、情報として独特の意味をもつ。鳥の声を、新しい技術によって情報に変えると、より多くのことがらを共有できるようになると思われる。 自分が変わる 大学に進学するころ、国破れて山河あり、の言葉を念頭に、自然環境の基礎研究をしたいと、思った。思いはそれなりに叶い、いろいろ経験し、学びつつ、変わるべきところは変えて、でも、念頭には同じことがあった。大震災、津波、福島第一原発事故の後に、阿武隈山地に入り始めて、自分の芯からなにかが変わるのを感じた。山河があり、人の足跡があるのに、人の姿が消えていた。何度も通い、そこで起こりつつあることを体感し吟味してみると、日本各地でも同様のことはゆっくりと起こっているように思い直された。山で野生生物とつきあってきて、予感はしていた。「過疎化」と一言では言い表せない、人と自然との関係の大きな変化が、また起こっている。それが、人の避難で、あらわになっているのかもしれない。  ICレコーダーを組み込んだ手作り防水自動録音装置を現地に仕掛けて、鳥の声などを記録し続ける。人の出す音や風雨などの環境音も、記録される。ここで見聞することは、自分を変えそうな予感がする。五歳で手にした『あふりかのたいこ』(瀬田貞二・作、寺島竜一・絵)は、今でも印象深い。世界はいつも変わって行くということを、絵本が伝えてくれたように、ボンゴボンゴ、トムトムトムというような音の記号でみなに知らせたい。音の情報は、世代を超えて伝わっていくだろう。参考: 秩父山地ブナ林の音、ライブ配信は、 http://mp3s.nc.u-tokyo.ac.jp/TETTO_CyberForest.mp3 で、早朝4:30〜8:00などの時間帯に聴くことができます。 http://mp3s.nc.u-tokyo.ac.jp/OTSUCHI_CyberForest.mp3 では、大槌海岸の音がいつも聴けます。奥秩父山地の天然林。ブナ、イヌブナ、ツガ、ウリハダカエデなど多種の大木が混じり、新緑・紅葉はいちだんと美しい。奄美大島湯湾岳山麓の照葉樹林。常緑樹林も、実は新緑が美しい。ルリカケス。瑠璃色と栗色がくっきりと美しい鳥で、存在感がある。奄美の固有種。上野動物園でも間近に見られる。北阿武隈高地の景観。田畠雑木林などが混在していろいろな生物がいる。耕作されなくなった田畠はいずれ雑木林になっていくだろう。秩父(埼玉県)阿武隈山地(福島県)奄美(鹿児島県)

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