FIELD PLUS No.9
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17Field+ 2013 01 no.9マイクロクレジットの貸付金を回収している様子(「国際協力NGOシャプラニール=市民による海外協力の会」提供)。たことへの危機感から、活動の中心を一時的な救援活動から持続可能な社会開発へとシフトさせていくようになりました。そして、村単位で農業や養殖、畜産の振興と保健、教育の普及をはかる総合的な地域開発を目指した「総合地域開発プログラム」や、村の中でも特に厳しい状況におかれた貧困住民のみを対象とした「ショミティ・アプローチ(ショミティはベンガル語で「グループ」の意味)」などが考案され、現地のNGOによって全国各地で実施されました。 このようなバングラデシュのNGO活動に大きな影響を与えたのが、ムハマド・ユヌス博士によって提唱されたマイクロクレジット(以下MC)です。ユヌス博士は、貧困層でも適正な条件の下で資金を得ることができれば、外部からの援助に頼ることなく貧困から脱却できるという仮説のもと、貧困世帯に無担保で少額の融資を行う仕組みであるMCを考案しました。そして、1983年にMCの実施機関として、ベンガル語で「農村」を意味する「グラミン」の名を取った新銀行を創設しました。 グラミン銀行が対象としているのは、所有している土地が0.5エーカー(約2000平方メートル)未満の貧困世帯です。これは、資産を持っている人が融資の対象であるこれまでの銀行とは逆の発想でした。グラミン銀行から無担保で融資を受けるためには、まず同村に住む者同士で5人組をつくる必要があります。この5人組はいわゆる連帯責任制度で、メンバーの誰かが貸し倒れると他のメンバーが融資を受けることができません。5人組のメンバーは、村で毎週おこなわれるメンバーミーティングに参加することが義務付けられています。ミーティングは4~6グループを単位とするセンターごとに開催され、ローンの受け渡しや返済はこのミーティングを通じておこなわれます。住民はMCで借りた資金で事業を興すことにより、自らの力で貧困を脱することができると考えられています。マイクロクレジットは何を変えたのか? このようなMCの手法はNGOにどのような変化をもたらしたのでしょうか。MCは、運営のためのスタッフ人件費を貸付金の利子から捻出することができ、組織として利益を上げることもできます。そのため、MCはNGOの間で爆発的に普及し、現在ではグラミン銀行だけでなく、500ものNGOが政府認可のもとMCを実施しています。バングラデシュの農村では、貸付金を回収するために毎日自転車やオートバイで村々をまわるグラミン銀行やNGOのスタッフの姿が見られます。 では、住民にとってMCはどのような存在なのでしょうか。住民の中には、MCを活用して収入が上がったという人もいれば、逆にMCは貧しい人からお金を吸い上げるだけだと否定的な見方をする人もいます。住民は、MCによって気軽にお金が借りられるようになった一方で、複数のMC機関からお金を借りることにより、多重債務に陥る人もでてくるようになりました。また、特に起業の意思があるわけでもなく、他の村人が借りたからうちも借りようかといった程度の認識で借りることもあり、MCが本来予定していた起業を通じた貧困削減という目的とは違う用途に使われるケースも少なくありません。 ユヌス博士がグラミン銀行を創設したころと異なり、今では1つの村の中で複数の機関がMC事業を展開しています。MCが利益を上げられる仕組みである以上、組織維持と利益確保のためにそれぞれの機関が顧客の獲得に熱を入れたとしても不思議ではありません。そのため、それぞれの世帯の状況や、MCの用途を十分に話し合うことなしに、半ば強引に貸し付けるといった事態がおこるようになりました。ハティア島でも、複数の団体がMCを実施していますが、首都ダッカから派遣されてきたスタッフが地域環境を理解せずに無理に貸し付けたために返済が滞り、貸し倒れるケースも多く見られました。例えば、ハティア島ではサイクロンによって発生する高潮に備えて、水害に強いバッファローやアヒルなどにMCにより投資することが推奨されてきました。しかし、これらの家畜は牛や鶏に比べて利益率が低いため、地域のことをよく知らないスタッフは、牛や鶏への投資を勧めます。結果としてサイクロンの被害が発生しなければよいのですが、高潮によって家畜が流されてしまえば、住民には債務だけが残ることになります。地域社会が変わるには 私がこれまで話を聞かせてもらった住民の中には、MCによって生活がよい方向に変わった人もいれば、うまくいかなかった人もいます。この違いはいったいどこから生まれるのでしょうか。私は、バングラデシュの中でも特に厳しい環境のもとで暮らす人たちと多くの時間を過ごす中で、「変わる」という営みは、変えようとする人と変わろうとする人の信頼関係と、地域社会に対する理解がないと実現できないのではないかと考えるようになりました。これはMCに限らず、地域発展にむけた他の取り組みも同様ではないかと思います。近年では、東日本大震災の復興にMCを活用できないかといった議論もなされるようになりました。日本でも、支援に関わる人は現場を歩き、そこで暮らす人たちと多くの時間を過ごし、信頼関係を構築することから始める必要があるのかもしれません。バングラデシュインドダッカハティア島

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