FIELD PLUS No.9
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11Field+ 2013 01 no.9ベトナムにて、マラリアに関する聞き取り調査をする現地スタッフ。ブルキナファソ、ボロモにて。妊娠中のマラリア予防を啓発するためのイラスト。ブルキナファソ、ボロモにて調査を行う筆者。ベトナム、クアンナム省にて。カゾン人の少女が学校の建設の手伝いをしていた。ベトナム、ニントゥアン省の熱帯雨林近くに建設された伝統的な家屋。ベトナム、ニントゥアン省にて、マラリアに関する調査を行う現地スタッフ。右上手に蚊帳が見える。す注目されるようになってきた。質的データは統計的に一般化されることはない。一方、とくに気を遣うテーマや、状況がよくつかめていないことを説明しようとすると、標準化された質問票調査の限界は明らかだ。 ミックス法を使えばより適切な方法論をもって調査課題のさまざま側面にアプローチできるし、また、現代的な課題についての議論を活性化させることができる。ここでは疫学がいうところの「残余交絡」に対する民族誌的な調査の重要性に光を当てたい。残余交絡とは、関連する変数がすべて分かっているわけでもデータが集められているわけでもない場合に、量的調査の統計的解析によってはうまく答えを得られないという事実のことだ。 ベトナム南部のニントゥアン省では、マラリア予防のための長期残効ハンモック(殺虫剤をしみ込ませた繊維を用いたハンモック)の効果を調べた。蚊帳とハンモックの利用については統計的に明らかにできるが、それらの利用に影響を与える人間行動的な変数は人類学的な調査によってしか明らかにできない。調査は当初、その地のラグライ人たちが村で夜を過ごしていることを前提としていたが、調べてみると、人々は村ではなく熱帯雨林で寝泊まりしていた。民族誌的な調査によって、人々が、マラリアに感染しやすい雨季に熱帯雨林のなかで焼畑農耕を営み、そこにセカンドホームを作って滞在していたことが判明したのだ。森林はマラリアを媒介する蚊に多く曝される場所である。 こうした「予期せぬ発見」によって、質問票調査の結果を見直し、森での生活に関する調査項目を加えることができた。以前の調査では93.4%もの人が就寝時に蚊帳やハンモックを使っていると回答していたが、それは「自宅で蚊帳を使っていますか?」という聞き方をしていたからである。調べ直してみると、森では57.9%の人しか使っておらず、ほぼ半分の人がマラリア蚊に曝されていたことになる。この民族誌的発見によって、それまでの疫学的なマラリア曝露の理解は根本的に変わらざるを得なかった。 ブルキナファソではクリニックに検診に訪れた妊婦に、2〜3回にわたってマラリア予防薬を投与する臨床試験を実施している。この調査で分かったのは、10代の女性が妊婦検診をきちんと受けていないこと、とくに、マラリア感染のリスクが高くなる雨季にその傾向が強くなるということだった。つまり、10代の妊婦に薬を届けることが難しいのだ。 もともとこの臨床試験では、10代の妊婦は対象とされてこなかった。10代で、とりわけ初めての妊娠をしている女性は、妊娠の初期には、呪いや不運にさらされやすい弱い存在だと認識されている。したがって妊娠の事実を外部にさらすことは危険であり、とくに家族の外には妊娠を明らかにしない。文化的な「つつましさ」や「はにかみ」の感覚もあって、10代女性の最初の妊娠を隠すことが適切な行動様式として定着しているのだ。そこではコミュニティーの期待とルールによって女性の行動が左右されていて、彼女らは妊婦検診に行くことで妊娠の事実が公になってしまうことを避けたいと考えるようになる。 民族誌的データからは次のようなことが言える。つまり一部の10代女性はまだ気づかれていない存在であって、量的な分析では考慮されないままであった。質的な研究はしかし、妊婦検診とマラリア予防のためには、10代女性こそが対象とされるべきであり、とくに初めての妊娠に先立って、現地社会の脈絡に適合する形で対象とされるべきであるということを示しているのだ。新たな挑戦 SMART人類学は国際保健において分野横断的な調査をするための方法を提案する。この方法を広めるためには、人類学的データに「計測可能な質的データ」を取り入れること、あるいはミックス法を取り入れることが必要だ。民族誌は量的なサーベイによって補完されうるし、同時に、予期せぬ変数や見過ごされていたリスクグループといった残余交絡を示すことで、鍵となる洞察を提供することができる。人類学的な調査は、自らの方法論に求められた質の水準を保ちながら、妥協することなく、分野横断的な調査に馴染ませるように努力しなければならないのだ。ブルキナファソベトナム・ニントゥアン省

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