FIELD PLUS No.9
12/36

10Field+ 2013 01 no.9国際保健分野における、医学と人類学の協力関係——その難しさ イギリスの学術雑誌「ネイチャー」によれば、この11年あまりで文化人類学や社会学といった社会科学の研究者は11%も増えたという。だが、社会科学が気候変動や持続的開発、そして保健といった現代の課題の解決に貢献しているとは言いがたい。こうした問題はみな人間の行動の変化に関わっているというのに、だ。 国際保健分野においては文化人類学者と医学者の協力関係が欠かせないが、どちらの側もその関係のあり方に難しさを感じている。なかでも人類学者の方法論、とりわけ質的研究法は偏見を持たれている。質的研究は、医学者にとっては「面白いが的外れなもの」、政策策定者にとっては「決め手に欠けるもの」と見なされている。医学的観点からすれば、文化人類学者はただ突飛な社会的文脈を扱っているだけで、一般化できない話ばかりを集めているように見えているのだ。そこには、標準化された手法も計測機器も、文化横断的調査をするための互換性もなく、ただ制御不能な柔軟性しかないように見られてしまう。 ここでは、マラリアの予防と撲滅に関する調査の事例をもとに、ふたつの異なる分野の架け橋となり得るものとしてSMART人類学を提案する。SMART人類学 SMART人類学とは、特定の課題に対する(Specic)、計測可能で(Measurable)、応用可能な(Applicable)、要素間の関連性を重視し(Relevant)、限定された時間内に完了する(Time-bound)、そういう条件を満たす人類学的調査のことである。 保健・医療分野における人類学的調査は、文化や行動のさまざまな関連性を明らかにしつつも、得られた発見を応用できるようにする必要がある。こうした分野では、「標準化された手法」による調査、とくに保健プログラムの課題に直接答えられる調査をすることが求められる。こうしたアプローチは実用的な方法だとされるが、同時に理論的視野を狭めてしまうことも危惧される。 また調査は、限られた時間内に実施され国際保健の現場では、集団を対象とした疾病の研究、すなわち疫学的な研究が主流である。民族誌的な発見をそこに応用するために、ここではSMART人類学を提案する。ベトナム−カンボジア国境地域にて、伝統的なパイプをふかす女性。ベトナムの辺境地域にある医療施設にて、フィールドノートを記載している筆者。ペルー、イキトスにて。アマゾン川を舟で移動する人々。ペルー、イキトスにて。アマゾン川流域の漁村に建つ高床式住宅。ベトナム−カンボジア国境付近の村で、蚊帳の配布を待つ女性たち。なければならない。その課題に対して答えを出すためにどれくらいの時間をかけられるのか、ということを決断しなければならないのだ。開発プロジェクトでは、人類学者は最初から関与すべきであって、説明できないことが発生したときに救いの手を差し伸べるためのものではない。 応用可能性と関連性への目配りも大切だ。ガボンでは、医療スタッフが病院で採血した血液を秘密結社の薔薇十字会に売り渡している、という噂があったが、文化人類学的な調査によりそれが、人々の臨床試験への参加を決定する因子だったと判明した。このような民族誌的洞察は重要だが、こうした情報は明白に「医学的な話」でないかぎり、医学者の興味を引くことはない。 そこで、調査で得られた結果を数値化する必要が出てくる。血液バンクにおける血液の不足、人々の献血の意志、病院スタッフへの信頼、ワクチンへの理解といった臨床試験に関わるさまざまなリスクに対する人々の受け止め方を数値化すれば、適用可能な結果として示すことができるのだ。こうした問いは、SMART人類学の「計測可能性」という条件に関わってくる。計測可能性と「予期せぬ発見」 質的研究と量的研究を組み合わせたミックス法に多くの利点があることは、近年ますま国際保健におけるSMART人類学クン・ペータース・グリーテンスパス・インターナショナル、アントワープ熱帯医学研究所翻訳:増田 研

元のページ  ../index.html#12

このブックを見る