9Field+ 2013 01 no.9「人の一生」を測る佐藤廉也さとう れんや / 九州大学、AA研共同研究員弟たちと一緒に泊まりがけの蜂蜜採集に同行した少年(写真左)。父親の蜂蜜採集を手伝いながら森の生業技術を学んでいく(16歳、1992年撮影)。竪たて杵ぎねを使い雑穀の製粉をする少女たち。左は6歳の少女、今年から製粉の手伝いを始めた。青年となり父とともに焼畑を伐採する(21歳、1997年撮影)。行政官となり町に暮らす。結婚し一児の父となった。2011年には行政区長となった(31歳、2007年撮影)。ライフヒストリーを語るおばあさん。2007年撮影当時、村の最高齢(89歳)だったが、2010年に亡くなった。7人の子を産み、うち3人が成人まで生きた。ライフヒストリーから「人の一生」にせまる この20年ほどの間、エチオピア低地の森を移動しながら生きる人々(マジャンギル)の歴史を復元する研究を続けてきた。過去の空中写真などを活用しつつ、人々の移住歴を聞き取りによって集積し、集落の開拓・移住・再森林化のプロセスを復元していく。 聞き取りを続けていると、森と人の歴史がそこに生きる人々の人生の集積によってつくられているのだと実感する。彼らのライフコースとは何だろうか。子供から大人へのプロセスや、結婚、出産、そして老いて次世代へ受け継いでいく彼らの「生涯」はいかにデザインされているのだろうか。次第にそんな疑問が生じてきた。そういうわけで、10年ほど前にライフヒストリーの収集を開始し、出生力や人口動態の分析を続けている。 成人男女へのロングインタビューから、出生地や移住歴のほか、結婚・離婚歴や死亡した子供を含む出産歴などのライフイベント森にひっそりと暮らす焼畑民は、どのようなプロセスで大人になり、何人の子供を産み、どのように生涯を閉じるのだろうか。それは私たちの生涯とどのように異なるのだろうか。ライフヒストリーの分析を通してさぐる。を詳しく聞き取っていく。情報をより正確なものにするために、夫婦や兄弟姉妹に別々にインタビューして語られる履歴に矛盾がないかクロスチェックしていく。 とりわけ苦労したのは年齢推定である。出生記録も住民登録もない彼らの年齢は基本的に「自称」であり、自らを27歳という男性が実は40歳であったというようなこともざらである。筆者はまず同じ地域に生まれた人々をグループ化して相対的な年齢順を明らかにした上で、西暦が確定できるイベントのリストを用いて生年を推定した。10年かかったが、こうして新生児から故人まで900人を超えるデータベースができた。これを用いて、様々なライフイベントが何歳で起こるのかを定量的にみていくのである。少産の焼畑社会 50歳以上の女性の出産歴から、一人当たりの生涯出産数が平均4人に満たないことがわかった。いわゆる伝統社会のなかではかなり低い数字である。その直接の要因は、初婚年齢が高いこと、出産間隔が長いことであった。離婚の頻度もきわめて高い。 隣接する集団では、結婚が男性親族によって厳しくコントロールされ、夫婦の年齢差が大きい社会が少なくない。そうした集団に比べ、マジャンギルは結婚に本人の意思が反映される余地が大きい。夫婦の年齢差も小さく、離婚は主に女性側の意思によって頻発する。また出産間隔が長いのは、「年子を産むと上の子が腐る」と表現される産後の性交渉の禁忌が原因の一つであり、乳児が離乳するまでの間は夫が望んでも妻は性交渉を断ることができる。こうした様々な文化的要因が初婚年齢の高さ、ひいては低出生力に結びついている。大人への長い道のり さらに低出生力の遠因と考えられるのが、彼らの「大人へのなりかた」である。男の子は6歳前後になると、生業技術を、森で遊ぶことから始めて大人になるまでの間にゆっくりと習得する。例えば、最も重要な現金獲得手段である蜂蜜採集について、妻子を養うのに十分とされる量の蜂蜜を採れるようになるのは、ようやく30歳に近づく頃である。大人になるまでの時間が長く、採集量がピークに達する年齢が比較的高いことも、結婚・出産・育児のパターンに影響を与えている。加齢と死因 成人するまで生き延びた場合、70歳以上まで長生きする人も珍しくない。徐々に力は衰えるが、多くの老人は焼畑の伐採を続ける。夫方居住の傾向が強いため息子夫婦との関係が生涯続き、老女は孫の世話をすることで家計に貢献するケースも多い。マジャンギルも私たちの社会と同様、病気によって生涯を閉じるケースがおよそ7割を占めるが、そのほかには他人からの暴力や仕事中の事故によって命を落とすケースも目立つ。生涯を測る意味 成長、結婚、出産、そして加齢、すなわちライフコースのパターンは、人の一生のデザインであり、当該集団の文化を最も端的に示すものではないだろうか。ライフコースは狩猟・採集、焼畑、定住農耕といった生業様式によって異なることが指摘されているが、それが「なぜ」なのかはまだ十分に明らかにされてはいない。ライフコースを決定する要因を一つ一つ検証していくことによって、人の生涯設計のありようを知ることができる。それは私たちのライフコースの意味を考える材料にもなるはずである。エチオピア南スーダンケニアマジャンギルの森
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