FIELD PLUS No.9
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8Field+ 2013 01 no.9国際保健医療協力のモノサシ、現地のモノサシ杉田映理すぎた えり / 東洋大学、AA研共同研究員バイクタクシーの「兄ちゃん」たちと再会して。地域のヘルスセンターで順番を待つ人たち。大気の違いか、アフリカ独特の空があるように思う。ピーターが死んだ この夏、1年ぶりにウガンダ、マナファ県の自分の調査村を訪ねた。今回は短い滞在だったが、昔お世話になった自転車タクシーの「兄ちゃん」たちにも再会した。時代とともに田舎にもバイクが流入し、彼らも数年前にはバイクタクシーの運転手に昇格していた。「兄ちゃん」たちと立ち話をしていると、突然「2か月前にピーターが死んだ」と言われた。バイクの事故かと尋ねると、事故は大したことがなかったが、破傷風が原因だったと聞かされた。 10年以上前からの思い出が一挙に蘇った。ピーターはよく自転車の後ろに私を乗せて、ガタガタ道を調査対象の家まで連れて行ってくれた。研究支援機関に私が提出しなければならない領収書に、最初は自分の名前が書けず、それを練習してなんとか強い筆圧で記名できるようになっていった。「病」に関する私のインフォーマントにもなってくれた。今は働き盛りで、子どもも何人かいる。その子たモノサシは、長さなどの数値を測る機能を持つだけでなく、ものを測るための尺度を示す。モノサシの原義に従えば、状況に応じて、文化に応じて尺度は変わり得るのである。「普遍的」なモノサシで数値化するだけでは、こぼれ落ちる実態が多くあるはずだ。ちはどうなるのだろう。 アフリカと長く付き合っている人はきっと誰もが感じているのではないだろうか。よく人があっけなく亡くなる。この間まで元気だった人が、「日本だったら助かるのでは」と思うような病気でコロッと亡くなる。子どもも、大人もだ。もっとも、病名が特定されない場合も多い。国際保健医療協力 「日本だったら助かるのでは」、つまり苦しまずに済む病、助かるはずの命があるのであれば、治療手段や予防手段を支援したい。これが国際保健医療協力の原点だろう。途上国と呼ばれる国への開発支援はとかく批判されやすいが、「生老病死」の中でも特に病・死をなんとかしたい、と考えるのは自然なことではないだろうか。 ただ、国あるいは組織として支援を行う場合、どの地域が最も支援を必要としているか、どの病気への対策の緊急性が高いのか、優先順位の決定と理由付けが求められる。また、開発支援で一般的な「プロジェクト」の形態をとる場合、期間と目標が定められ、プロジェクトの成果やインパクトを評価することが必要とされる。 そこでよく指標とされるのが、特定の病気の疾病率や死亡者数、患者の来院数など、「比較」が容易な数値である。「プロジェクト開始前は**%だった5歳未満児の下痢症の疾病率がXX%になった」等の表現は評価報告書でよく見られる。国際保健医療協力は「数を測る」ことを求めるのである。病を測る しかし、「病」はそれほど容易に捉えられ、数値化できるものなのだろうか。医療人類学では長く指摘されていることだが、現地の人の病気観と西洋医学の疾病分類は必ずしも一致しない。例えば、ウガンダの私の調査村では、下痢を主症状としながらも西洋医学には該当するもののない病名がいくつもある。また、歩き始めた頃の子どもが患う下痢は、「カマケンデロ」という呼称こそあれ、病気とはそもそも見做されない。そのため治療を求めることもしない。つまり病を捉えるモノサシはそれぞれ文化特有のものが根付いているのである。 さらに、病気に罹ってヘルスセンターを訪ねるのは、一部の場合である。「伝統的な病気」と分類される病を患えば、伝統医のところへ行く。自宅治療も多い。保健省に集約されるのは、公的なヘルスセンターのデータだけである。プロジェクトで独自にベースライン調査や評価調査を行っても、指標を割り出すための定量的分析に主眼を置いていると、現地の多面的な「実態」を捉えることは難しい。「数を測れる」ものだけで良い? 「数を測る」、すなわち数値化を否定するつもりはない。確かに開発支援の現場では、限られた資金を公正に投入し、効果を測定する必要がある。そのためには普遍的なモノサシを用いて「数を測る」のは便利である。 しかし、最近ことに成果主義、評価重視が叫ばれる風潮にある中、数で測れないと「客観性を欠き」、サンプル数が不十分だと「代表性を欠く」と断じる傾向が強まっているのではないか。 数値が捉えられていない側面が多いことは、上記のとおりである。様々な地域を対象とする開発支援の現場でこそ、普遍性に欠けるそれぞれ文化特有のモノサシで測ることを厭わず、人々の声を拾い、逆に人間の言葉ばかりに頼らない観察結果も記録していくことが大切なのではないか。評価重視のこのご時世であればこそ、測り方の対話を始められないものだろうか。ヘルスセンター内では無料で薬を処方してくれる。記録はもちろんペンとノート。ビクトリア湖マナファ県南スーダンケニアブルンジルワンダタンザニア コンゴ民主共和国ウ ガ ン ダ

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