FIELD PLUS No.7
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34Field+ 2011 01 no.5Field+2012 01 no. 7フィールドプラス[発行]東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所〒183-8534  東京都府中市朝日町3-11-1 電話042-330-5600 FAX 042-330-5610定価500円(本体476円+税)が少し速く泳いだところで、去りゆくイルカの、尾ビレがただ上下するだけという、つまらない後ろ姿が観察できるだけである。フィンは、イルカに追いつくためではなく、泳ぎ過ぎていくイルカを観察する際のスムーズな姿勢変更のために装着する(図2)。 水中に入るのは、どのイルカが何をしているのかを知りたいため。しかし、その観察時間はとても短く、観察はもっぱらビデオで撮った動画に頼ることになる。図1の上方に写っているのが、そのためのビデオを収める防水パックである。 その上に乗っている銀色の長いバー。これはビデオカメラのステレオマイク間の距離を拡げるために特注したものである。水中での音の速さは実に大気中の5倍。ステレオ録音した動画を再生しても、左右の耳への到達時間差が小さくなるために、ある鳴音が画面中に複数写ったどのイルカのものなのか特定ができない。そのための工夫が、マイク間の距離をヒトの耳の幅の5倍に拡げるこのバーなのである。実際に海中でイルカを撮影している様子が図3である。実はこれは初代の装置で、水中での動作や入水・出水時に、長いバーが若干邪魔になるなど問題点があった。現在、同僚たちは、右側の音は右のマイクに、左側は左にはっきりと録れる遮蔽板を備えた防水パックを特注で作り使用している(図4)。 小さいクーラーボックス、これには生体試料、ずばり糞!を採るためのセットが入っている(図5)。白と赤のキャップのチューブが、海中で霧散するイルカの糞(図6)を「吸い取る」ためのスポイトである。白いキャップの方は、調味料などの小分け用パックで、赤は、キューピーマヨネーズの最小50mlサイズのチューブである。私はこちらがお気に入りで、このソフトな触感が採取成功に故なき自信をもたせてくれる。糞からはDNAやホルモンを抽出できるのだが、港に戻るまでの半日あるいは1日の間、海水に浸かったままで揺られてはその保存によくない。採取後は速やかに上澄みを捨てエタノールに置換する作業を数度繰り返した後、青い実験用チューブに移す。そのためにエタノールも洋上に持参する。また、どのイルカから採取した糞かなどは、ビデオ(図5の中央下)を使って言葉と映像で記録を取る。かつては防水のノートやボード(図5の右)を使っていたが、現在は、防水機能を備えた安価なビデオが多数市販されており、それらを利用している。 毎年、このような工夫を少しずつして期待を膨らませて海へと向かう。しかし、毎年、毎回、海から揚がるたびに思う。「イルカ次第だよなあ」。図1 メッシュバッグと呼ばれる網のバッグにあれこれ詰めて海へと向かう。[発売]東京外国語大学出版会電話042-330-5559 FAX 042-330-5199しのはら まさのり帝京科学大学フィールドワーカーの鞄篠原正典 私は海をフィールドにしている。イルカの棲む海に潜り、行動を観、音を聴き、生体試料を採取して研究をしている。そのため、調査の“鞄”はザルのような網のバッグであり、その中に、水中で行動する器材、記録をとる機材、そして生体試料を採取する道具を詰め込み、船に乗り込む(図1)。 マスクとフィンは海中での視野を確保し行動の自由度を増してくれるフィールド必携アイテムである。フィンは小さく短いものと大きく長いものを持っていく。颯爽と海をゆくイルカと対峙するためには大きな方が…と思いがちで、実際に私も調査初期の頃は、大きなフィンを探し求めたりもした。しかし、大抵の場合、小さなフィンで十分である。観察者がどれだけ必死に海中を泳ごうとも、イルカからみた観察者は“停まって”いるようなものだからだ。観察者図4 右左の音を遮蔽板で撮り分ける防水パック“ハナ”。「ナハナハッ!」とやっているかにみえなくもない外観から、この愛称がついた。図5 海に持っていくクーラーボックスの中身。糞採り道具などを入れている。特に冷やしてもっていくわけではないが、このまま保冷してクール宅急便などで研究室へ送ることもでき、重宝している。図3 海中で発せられたイルカの音を“聴きとる”ために、1mほど離したステレオマイクを用いる。イルカがこんな風に横に一直線に広がっていてくれれば、鳴いた声の主を特定しやすい。図2 過ぎ去るイルカに対し、自分の体の方向を変えながら撮影をする。図6 海中に放たれたイルカの糞。ばらばらのように見えるが、この中に小豆大くらいの塊もあり、それを狙う。糞は、腸内の老廃細胞を多数含み、DNA解析などのための貴重な生体試料である。ちなみに、大気中で嗅ぐと非常に臭い。

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