FIELD PLUS No.7
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17Field+ 2012 01 no.7台所仕事を手伝いながらの女性たちとのおしゃべりも、フィールドのワークの一部です。染めは親方の経営する工房で行われます。染色は主に男性の仕事とみなされています。括りの終わった生地。括りをしている手元。のものが大事だということを知ったのです。 そのことから、親方は単に物を作るだけでなく、売ることを想定して商品として物を作っている商人でもあるということが分かりました。価格の高い商品を作るために、質の良い生地を選び、良い職人に絞りをさせますし、価格をおさえた商品を作るためには、生地も職人もそれにあわせて選びます。「職人」とは物を作るだけの人、という先入観を持っていた私にとって、その気づきは大切なものでした。その後の調査では、製造に携わる人だけでなく、販売する人にも注意をむけるようになり、絞り染めに関わる一連の仕事がカトリーという集団内で行われ、かつ親族関係をもとにしていることを明らかにすることができました。そして、多くの伝統的な製造業が衰退しているにもかかわらず、カトリーが製造から販売までの仕事を集団内部で保持していることが、産業を継続させることとのできた理由であることも分かりました。よい括りとは何か、触って分かったこと 質のよい絞り染め布を作るためには、よい括りが欠かせません。括りは専門の職人が行います。親方が括りの良し悪しを判定し、職人に支払う工賃が決まります。よい括りのことをカッチでは、「カフワーリー」といいます。親方の奥さんであり、私の調査をサポートしてくれたハキマは、見ればわかるでしょ、と言って、括りの良いものと、悪いものの両方を差し出しました。私はそれを見比べ触ってみて、なんとなく分かったように思っていました。 良い括りがどういうものであるかが分かったのは、もっと後のことです。最初の研究テーマが一段落し、現地を再訪した時でした。私は括りの技法を学ぶための時間をつくり、ハキマのそばに座って括り方を習っていました。私の括りを見た友人が、「美和の括りは良い括りだね。でも所々そうでない括りもあるね」と言うではありませんか。そこで再度良い括りとは何かを明らかにすべく、奮闘しました。職人によって良い括りを説明する言葉が異なるため、きれいに定義するのは難しいことが分かりました。しかし、括りに使う道具や、腕の良い職人が注意を払っている工程の一つは、良い括りをつくるために不可欠なものであることが分かったのです。 左手の薬指につける小さな道具は、ノ(爪)と呼ばれ、布の括る箇所を持ち上げるのに使われます。この道具は人間の爪の代わりです。爪そのものを伸ばし、とがらせて道具として使っている人もいます。そうやって持ち上げた布を右手で三角形におりたたみ、糸できつく括ります。爪を使うことと、この一手間の工程があって初めて、染めた後の絞りの粒が一つ一つ際だつ、美しい絞り染めにしあがるのです。それを理解すると、私の括りも上達しました。絞り染めは日本やアフリカ、南米にもみられる技法で、また技法としては単純なものです。そのなかでカッチの絞り染めの特徴を作っているのは、爪と、おりたたむ工程なのだということが、布に触り、また作ることを通して理解することができたのでした。私も布を触る 私は、親方にならって、できるだけ布を触るようにしました。古い布を見る機会をできるだけ作り、見るだけでなく、可能であれば触らせてもらうようにしました。また、お財布が許す限り、古いものも新しいものもできるだけ購入して、手元におくことを心がけました。そうすると、ゆっくりと時間をかけて、また何度でも布に触ることができるからです。計測や撮影も気兼ねなくできますし、また繊維や技法で分からないことがあると実物を持っていって、専門家に尋ねることもできます。このように、数多くの布に触れる経験を重ねたことで、少しずつ染織品に対する眼が養われていきました。技法に関心がわいて、日本で染色や織りを習いに行ったことも理解を助けてくれました。カッチ以外で作られた布を見た時に、素材や技法について類推がつき、比較を行えるようになってきて、布を見るのが楽しくなっていきました。布を触ることで、染織品の特徴を理解するための核心がつかめるようになってきたと言えます。 あらゆる研究分野において、研究対象を理解するための核心があると思います。文化人類学の主たる調査方法は、一つのフィールドで深く長く調査を行うことですが、そこでの調査を軸に他の事例との比較を行っていくことが大切です。カッチでのフィールドワークで、布を研究対象にするときの核心がつかめるようになってきたことは、私にカッチという一地方にとどまらない、研究の視野を世界に広げていくための視座を与えてくれました。

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